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茶の湯の最高峰「井戸茶碗」の魅力と歴史 前編 / 茶陶の世界⑥

日本の茶道(茶の湯)において、茶碗は茶席の主役ともいえる存在です。
中世から近世にかけて、多彩な焼き物の茶碗が生み出され、それぞれに独自の歴史と美意識が宿っています。
このシリーズでは、代表的な茶陶の種類について、その起源・歴史的背景から造形・技法、特徴、美的価値、茶人との関わりまで包括的に論じます。
今回は高麗茶碗の王様「井戸茶碗」の魅力について前編後編2回に分けて解説します。


井戸茶碗とは何か

井戸茶碗(いどちゃわん)は、もともと李朝時代前期(16世紀頃)の朝鮮半島で焼かれた庶民の日用雑器の茶碗が、日本で茶の湯の道具として見立てられたものです。
韓国では食器や祭器として使われた素朴な焼き物でしたが、室町時代末期に日本へ伝来するとその飾り気のない簡素な美しさが茶人に愛され、侘び茶の思想にかなう茶碗として珍重されました。
茶の湯の世界では「一井戸、二楽、三唐津」(一番が井戸茶碗、二番が楽焼、三番が唐津焼)とも称され、井戸茶碗は他の茶碗よりも高い評価を受けました。
千利休の弟子・山上宗二が記した『山上宗二記』(1588年)にも「井戸茶碗、是天下一ノ高麗茶碗」とあり、当時すでに高麗茶碗(朝鮮茶碗)の王座を占めていたことがわかります。
現代では、八碗ある国宝茶碗の中で唯一の朝鮮産として「大井戸茶碗 銘 喜左衛門」が国宝に指定されており、井戸茶碗は茶道史に欠かせない名器として知られています。


井戸茶碗の造形美と特徴国宝 大井戸茶碗 喜左衛門

国宝大井戸茶碗 喜左衛門

この作品が国宝大井戸茶碗「喜左衛門」です。
粗い胎土に淡い枇杷(びわ)色の釉薬が掛けられ、全体に細かな貫入が走っている。
器形は口縁に向かって開いた朝顔形で、高台は竹の節状に力強く削り出され、その周囲には白く乾いた梅花皮(かいらぎ)が浮かぶ。
これらはいずれも井戸茶碗に典型的な特徴であり、大ぶりな「大井戸茶碗」に顕著に現れる要素です。
以下に井戸茶碗の美的特徴を挙げます。

  • 枇杷色の釉調と貫入:井戸茶碗の釉薬は薄い琵琶色(淡い黄褐色)で、素地の粗い土に溶け込み透明感があります。
    高火度で焼かれた長石質の透明釉はところどころ縮れてひび割れ(貫入)を生じ、複雑な斑紋(景色)を生み出します。
    この細かな貫入や釉のムラが経年で茶渋を含んで独特の風合いを帯び、侘びた趣きを深めます。
    釉薬が素地に密着せず縮れて剥離した部分は「梅花皮(かいらぎ)」と呼ばれ、白く粉を吹いたような質感が高台付近に現れます。
    本来は偶然の焼成効果ですが、茶人はこの梅花皮を景色として好みました。
    枇杷色の釉に梅花皮が咲く様子は、井戸茶碗特有の渋い景色といえます。

  • 器形と轆轤目:井戸茶碗は口縁に向かって大きく開く開放的な椀形をしています。
    横から見ると朝顔の花のようにすり鉢状に広がる姿で、見込み(内側の底)は深く削り込まれています。
    胴部から腰にかけて轆轤(ろくろ)成形時の指跡である轆轤目が3~5段ほど残っており、この螺旋状の筋が井戸茶碗の約束事の一つです。
    ろくろ目が残ることで手作りの躍動感が感じられ、素朴な中にも力強さを与えています。
    大井戸では特に轆轤目が太くはっきりと残り、腰部分に大胆な段差を作って景色となっています。

  • 高台の形状:井戸茶碗の高台(底の環状の台)は「竹節高台」と称される独特の形状です。
    高めでどっしりとした高台側面に節状の凸凹があり、まるで竹の節のような力強い意匠になっています。
    高台内には轆轤の渦痕がそのまま残り、中心に「兜巾(ときん)」と呼ばれるこんもり盛り上がった跡が見られるものもあります。
    この兜巾は隣り合う茶碗を窯で重ね焼きした際に支えとして置かれた土の付着痕とも言われ、高台内の景色の一つになっています。
    高台まですっぽり釉が掛かって土見せしないものが上等とされ、釉薬の縮れた梅花皮が高台の内外にびっしりと生じた例は名物井戸の条件として喜ばれます。
    例えば重要文化財「井戸茶碗 銘 細川」では、小ぶりながら高く削られた竹節高台の内外に鮮やかな梅花皮が現れ、井戸茶碗の条件を完備していると評されています。


このように井戸茶碗には、「肌が枇杷色」「細かな貫入」「竹節状の高台」「高台周りの梅花皮」「胴に轆轤目」など七つの約束事があるとされます。
素朴で安定感のある造形に渋い色調の釉薬が調和し、どっしりと落ち着いた風格を醸し出す点が井戸茶碗の造形美の魅力です。


井戸茶碗の種類(大井戸・小井戸・青井戸・山瀬井戸)

井戸茶碗は茶人たちにより大きさや風合いによっていくつかの種類に分類されています。
主な分類には「大井戸」「小井戸(古井戸)」「青井戸」などがあり、これらを満たさない類似品は「井戸脇」と呼ばれます。
さらに日本では朝鮮から移入された井戸茶碗に加え、朝鮮人陶工が日本で焼いた井戸風の茶碗も存在し、特に肥前国唐津の山瀬地区で作られたものは「山瀬井戸」と称されています。
以下に各種の特徴を解説します。


  • 大井戸(おおいど):井戸茶碗の中でも特に大振りで、口径が15cm以上にも達するものを指します。
    形が大きく堂々としており、茶碗の中でも最高格とみなされます。
    多くの有名な名物茶碗はこの大井戸に分類され、実質的に「井戸茶碗」と言えば大井戸を指すほどです。
    枇杷色の釉にところどころ緋色(赤み)がさしたグラデーションを呈し、見込みには不規則な貫入模様、外側は口縁から白い釉が垂れて景色を作るなど、雄大で変化に富んだ景色が特徴です。
    高台は厚く大きく、周囲と内側に見事な梅花皮が生じて粗い赤茶けた土が覗く例もあります。
    大井戸は侘茶の世界で「最高の茶碗」と位置付けられ、その風格から桃山期の武将たちにも愛好されました。

大井戸茶碗 有楽井戸 by 東京国立博物館HP
  • 小井戸(こいど):大井戸に似た姿ながら一回り小ぶりな井戸茶碗です。
    口径が12~14cm程度のものを指し、「古井戸(ふるいど)」とも呼ばれます。
    大井戸よりも浅めの椀形で、やや控えめな趣ですが、轆轤目や梅花皮など井戸茶碗の特徴は備えています。
    小井戸の中には、高台に高麗茶碗特有の目跡(同時に焼いた別の碗を重ねた痕跡)が残るものもあり、それが景色として珍重されます。
    小井戸は数が少なく有名なものも限られますが、中には大井戸に勝るとも劣らない風情をもつ佳品も存在します。

小井戸茶碗 六地蔵 by 鶴田純久の章HP
  • 青井戸(あおいど):釉調に青みを帯びた井戸茶碗は特に「青井戸」と称されます。
    ごく薄い青灰色から淡黄緑色がかった釉色を呈し、涼やかな印象を与えるものです。
    青井戸という呼称は本来その青みのある釉薬に由来しますが、実際には形状がより開放的で浅く開いたものを青井戸と呼ぶ場合もあり、厳密な定義はやや曖昧です。
    美術館の収蔵品にも釉色がさほど青くないのに青井戸と分類される例があり、名称は便宜的なものといえます。
    一般に青井戸は大井戸に比べて軽やかな作風で、口縁に一箇所「捻り」を加えてアクセントを付けた簡素な意匠が見られるのも特徴です。
    青井戸の中にも優品があり、井戸茶碗のバリエーションとして茶人に親しまれてきました。

青井戸茶碗 土岐井戸 by 文化遺産オンライン
  • 山瀬井戸(やませいど):文禄・慶長の役(16世紀末)で日本に連行または移住した朝鮮陶工たちが、肥前国唐津(現佐賀県)の山瀬地区などで開いた窯で焼いた井戸茶碗風の作品を指す名称です。
    山瀬は良質な陶土に恵まれた地で、朝鮮の陶工が井戸茶碗に似た茶碗を制作したと伝えられます。
    そのため、山瀬で産した井戸風の茶碗を特別に「山瀬井戸」と称し、朝鮮産の井戸茶碗とは区別することがあります。
    山瀬井戸は素地がやや白っぽかったり黒味を帯びたりとさまざまで、井戸本来の枇杷色の土味とは異なる傾向があります。
    また薄手で轆轤目が目立たず、梅花皮の少ない浅い平碗形のものが多いとも言われます。
    一見すると井戸茶碗とは趣が異なりますが、全体に井戸風の風格を備えており、古来「井戸の脇(わき)」、すなわち本歌の井戸に及ばぬ亜流品として位置付けられてきました。
    山瀬井戸は青井戸よりも下位の粗品とみなす文献もあり、井戸茶碗のバリエーションの一つではありますが、格付けとしては井戸脇(=亜流)の扱いです。
    ただし近年の調査では、朝鮮半島南部(慶尚南道河東郡など)の陶器産地セミゴルという地名自体が「井戸(イド)」を意味するとの指摘もあり、井戸茶碗の生産地・系統には未解明な部分が残されています。

唐津山瀬井戸盃 by 小島直喜HP

後編では井戸茶碗の歴史的背景や名碗について紹介していきます。


参考文献

1. 藤田美術館「大井戸茶碗 銘 江山」展示解説(2023年)
2. 石川県教育委員会「陶製茶碗 銘 筒井筒」『石川の文化財』解説(2016年)
3. 荏原畠山美術館「井戸茶碗 銘 細川」収蔵品解説(2022年)
4. 矢部良明 「井戸茶碗」『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館
5. 藝品館骨董品用語集「井戸茶碗とは」(藝品館ウェブサイト
6. Antique shop Chano-yu, “Japan’s national treasure: Korean ido pottery tea bowl KIZAEMON IDO”(Blog article, 2015)
7. Wikipedia日本語版「井戸茶碗」記事(最終更新2023年)(※各種一次資料を参照)


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