時間とともに深まる美「萩焼」 / 茶陶の世界④
日本の茶道(茶の湯)において、茶碗は茶席の主役ともいえる存在です。中世から近世にかけて、多彩な焼き物の茶碗が生み出され、それぞれに独自の歴史と美意識が宿っています。このシリーズでは、代表的な茶陶の種類について、その起源・歴史的背景から造形・技法、特徴、美的価値、さらに茶人との関わりまで包括的に論じます。
今回は使い込むほどに味わいの変化する「萩の七化け」で有名な「萩焼」について解説します。

萩焼の歴史
萩焼(はぎやき)は安土桃山時代末期から江戸時代初頭にかけて誕生した日本の伝統陶芸です。その始まりには朝鮮半島から招いた陶工たちの存在が大きく関わっています。豊臣秀吉の朝鮮出兵(1592–1598年)に伴い、多数の陶工が来日しました。萩を治めていた毛利輝元も1604年、萩城下の松本村に御用窯を築き、李勺光(りしゃっこう)・李敬(りけい)兄弟という陶工を招聘しました。彼らが焼いた井戸形の茶碗は高麗茶碗に似た風情で茶人に珍重されました。以降、萩藩(長州藩)は御用窯を保護し、萩焼は藩の庇護のもと茶の湯の器として発展しました。
幕末から明治維新にかけて時代が変わると、藩窯だった萩焼は庇護を失い衰退の危機に瀕しました。明治以降、御用窯は民営化され経営が悪化しますが、その窮地を救ったのが十二代坂倉新兵衛(1871–1927)です。彼は途絶えかけた萩焼の技術を守り復興に尽力し、「萩焼中興の祖」と称えられました。その尽力により萩焼は再興を遂げ、昭和以降は伝統工芸として新たな発展を続けました。
1957年には萩焼の伝統技法が「選択無形文化財」に選定され、昭和後期には十代・十一代三輪休雪兄弟が人間国宝に指定されるなど、萩焼は国内外で高い評価を受けました。現在では萩市や長門市など山口県内に多くの窯元が点在し、400年以上続く萩焼の伝統が受け継がれています。
萩焼の技法と特徴
萩焼の最大の特徴は、その素地(土)と釉薬にあります。山口県内で採れる白土の大道土(だいどうつち)や鉄分の多い赤土の見島土(みしまつち)など、数種類の陶土を調合して使用します。伝統的な登り窯で時間をかけて焼成しても胎土(たいど)は完全には緻密化せず、わずかに水を吸収する多孔質のままです。そのため冷却時の収縮差で釉薬に細かな貫入(かんにゅう:釉の表面にできる微細なひび)が生じ、液体が染み込む独特の風合いが生まれます。
釉薬は主に長石や木灰を原料とした灰釉で、萩特有の長石釉や枇杷(びわ)色の釉薬を掛け、焼成によって乳白色から淡桃色を帯びた温かみのある色合いを生みます。焼成中のわずかな条件変化による窯変(ようへん)で、色調や模様に微妙な変化が現れるのも萩焼の醍醐味です。
焼き上がった萩焼の土は柔らかくざっくりとした手触りで、高台(こうだい:器の底部の輪状の台)は無釉のため素地の土色と粗い質感が露出しています。素地に含まれる小石が焼成中に熱膨張して釉薬をはじく「石はぜ」という現象が起こることもあり、荒々しい景色(焼き上がりの表情)として愛好家に親しまれています。
萩焼の器は絵付けなどの装飾を施さない一色釉の素朴な佇まいが基本ですが、焼成時の条件変化や使い込むことで現れる貫入の変化が一点一点異なる景色を生み、深い味わいを与えます。特に、長年使うほどに器の色合いが変化していく現象は「萩の七化け(はぎのななばけ)」と呼ばれ、萩焼ならではの醍醐味とされています。

茶陶としての価値と茶道との関係
茶の湯における侘び・さびの美意識の中で、萩焼は古くから高い評価を受けてきました。千利休自身は萩焼を見ることはありませんでしたが、利休が理想とした質朴な茶陶の精神は萩焼にも通じています。事実、江戸時代以降に茶人たちの間で「一楽二萩三唐津」という言葉が生まれ、京都の楽焼、長州萩の萩焼、肥前唐津の唐津焼が茶碗の三名陶として格付けられました。
楽焼の黒茶碗に象徴されるように侘び茶の世界では派手さのない静かな趣が尊ばれますが、萩焼の柔和な色合いと素朴な風合いもその美意識に適っています。とりわけ萩の白や淡い桃色の釉薬に映える抹茶の若草色は互いの色彩を引き立てあい、目にも美しい対比を生み出します。
鑑賞のポイントと用の美
萩焼の器を手に取ると、まずその柔らかな手触りと適度な重量感に独特の風合いを感じます。高台は無釉で土肌が露出しており、そこから素地の色合いや粗い土味(つちあじ)を確かめることができます。
器の表面をよく見ると、細かな貫入が蜘蛛の巣状に走っているのがわかります。新品の萩焼ではこの貫入が白っぽく目立ちますが、使い込むほどに茶や酒が染み込み、次第に着色していきます。この経年変化こそ「萩の七化け」であり、最初は生成り色だった器肌が年月とともに薄茶色や飴色へと移ろう様子を、茶人たちは自ら器を育てる楽しみとして味わってきました。
萩焼はまさに使ってこそ生きる器であり、「用の美」を体現する焼き物でもあります。萩の茶碗は最初、水が漏れることがありますが、使い続けるうちに茶渋が貫入を埋めて漏れは止まります。「萩の茶碗は漏って一人前」と言われるように、そうした変化を受け入れながら器を育てること自体が萩焼の醍醐味なのです。
飾って眺めるだけでなく、日々の茶の湯や食卓で実際に使うことで萩焼の真価が発揮されます。萩焼ならではの温かみのある口当たりや手馴染み、そして長年使い込んで初めて現れる侘びた景色を楽しむことができるからです。このように鑑賞と実用が一体となったところに萩焼の魅力があり、使い育てることで生まれる「用の美」に多くのファンが惹かれています。
名碗たち
萩焼の歴史の中で、茶人垂涎の名碗も数多く生み出されました。江戸時代初期に作られた茶碗は総じて「古萩(ふるはぎ)」と呼ばれ、初期萩焼を代表するものです。李勺光・李敬らが手がけた井戸形茶碗は高麗茶碗にも匹敵する趣があると賞玩されました。
現存する古萩の名品には、由緒ある茶家に伝わったものや大名に献上されたものも多く、その幾つかは国の重要文化財に指定され美術館に収蔵されています。萩焼は明治期に一時停滞しましたが、大正から昭和にかけて十二代坂倉新兵衛らの尽力で再び優品が生み出されました。
昭和期には十代三輪休雪が萩白釉(通称「休雪白」)を開発し、弟の十一代休雪(三輪壽雪)がそれを大成しています。彼らの創作した白萩の茶碗や荒々しい作風の「鬼萩」の茶碗は、現代日本の陶芸を代表する名作として知られています。中でも十一代三輪休雪(壽雪)の代表作「鬼萩割高台茶碗」は、粗い土と厚い白釉、力強い割高台の造形が融合した傑作で、萩焼の新たな可能性を示した作品と評価されています。
このように古典的名碗から現代の創造的作品まで、萩焼には多彩で歴史的価値の高い作品群が存在し、美術館や茶道資料館などで公開されています。

現代の代表的作家
萩藩御用窯の流れを汲む坂倉新兵衛家は、十二代が明治期の萩焼復興に尽力した名門で、代々その名を受け継いできました。現在は十五代坂倉新兵衛(号:坂倉一景)が窯元を率い、伝統的な萩の茶碗から現代的な作品まで幅広く制作して萩焼の革新を牽引しています。

一方、兼田昌尚(1953年生)は、粘土を内部から刳り貫いて成形する独創的な技法で厚手の素地に白萩釉を掛けた雄大で力強い作品を生み出し、国内外で高く評価されている作家です。

さらに、三輪休雪家も萩焼を語る上で欠かせません。十代休雪と十一代休雪の兄弟はいずれも人間国宝に認定された名匠で、萩白釉の開発と完成に大きな足跡を残しました。十一代休雪は従来の萩焼のイメージにとらわれない大胆な造形にも挑戦し、萩焼の表現領域を大きく広げました。
現代の作家たちの尽力により、萩焼は古典的な茶陶の枠を超えて日常の器や現代アートの領域にまで広がり、その伝統と魅力が今も発信され続けています。
他の茶陶との比較
日本の茶陶には、楽焼・萩焼・唐津焼など茶人に愛された名陶がいくつもあります。それぞれ朝鮮渡来の陶工の技術を源に持ちながら、日本の風土と美意識の中で独自の発展を遂げ、異なる魅力を育んできました。
楽焼は千利休が愛した黒茶碗に象徴されるように、装飾を排した抽象的で簡素な造形によって侘びの極致を表現します。唐津焼は素朴な絵付けや鉄絵などの意匠を特徴とし、野趣あふれる風合いで日常雑器から茶碗まで幅広く作られました。
萩焼はこの両者の中間に位置し、楽焼ほど極端に簡素でも唐津焼ほど装飾的でもありませんが、白ないし淡桃色の柔らかな釉薬と荒土の質感が織りなす侘びた趣を備えています。茶人たちはそれぞれの焼き物の特性を生かし、濃茶には重厚な黒楽、薄茶には淡く優しい白萩を用いるなど使い分けてきました。
楽・萩・唐津のどれが優れるというものではなく、互いに異なる美を認め合いながら茶の湯の世界で共存してきたのです。中でも萩焼は「使うほどに育つ器」という稀有な魅力を持ち、今も茶人や陶芸愛好家に大切にされています。
まとめ
萩焼は、400年を超える歴史と深い味わいを持つ日本の伝統工芸です。毛利家の庇護のもと朝鮮陶工によって開かれた萩焼は、茶の湯の侘び寂びの精神に支えられて発展し、多くの茶人に愛されてきました。
柔らかな胎土と淡い色調の釉薬が織りなす素朴な美しさ、使い込むほどに表情を変える「萩の七化け」の妙は、他の焼き物にはない萩焼独自の魅力です。鑑賞者は器に現れる細かな貫入や荒い土味に目を凝らし、また使い手は日々の茶の湯で器を育て上げる喜びを味わいます。
古萩の名碗から現代の創造的な作品まで、萩焼は常に時代とともに歩み、伝統を守りながらも新たな美を追求してきました。現代の萩焼作家たちもまたその精神を受け継ぎ、それぞれの感性で萩焼に新風を吹き込んでいます。
侘びた風情と用の美を兼ね備えた萩焼は、一見地味ながら奥深い魅力を秘めており、日本の陶芸文化において欠かすことのできない存在です。静かな茶碗を手にとって一服の茶を味わえば、萩焼が古今の人々に愛されてきた理由をきっと感じられることでしょう。
参考文献
1. 萩のうつわ 「初心者でもわかる『萩焼』の魅力」※(萩焼協同組合 公式noteマガジン, 2023年)
2. 原田茶具商店 「一楽、二萩、三唐津」※(ウェブサイト『茶道具のお話』, 2025年閲覧)
3. 栄匠堂ブログ 「一楽二萩三唐津」※(2019年5月17日公開, 2020年11月6日更新)
4. 萩市観光協会公式サイト 「不走庵 三輪窯」※(萩焼窯元紹介ページ, 2025年閲覧)
5. Robert Yellin, “Japanese Potter – Miwa Kyusetsu XI (Hagi)” (e-Yakimono Online, 2002)
6. John McGee, “Desperately seeking Kyusetsu” (The Japan Times, 2003-12-10)
7. 山口県立萩美術館・浦上記念館 編 『萩焼四百年 —伝統と創造—』図録(2004年)
8. 国立工芸館 編 『人間国宝 三輪壽雪の世界 —萩焼の造形美—』展覧会図録(2021年)
9. 兼田昌尚 作家紹介 「兼田昌尚(Masanao Kaneta)」 (HASABON 作家コレクション, ウェブサイト)
10. Richard L. Wilson, Inside Japanese Ceramics (Weatherhill, New York/Tokyo, 2005). (木村康正ほか訳『カラー版 陶芸入門〈上〉和のやきもの』淡交社, 2007年)
