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Vol.582「彬子女王と瑶子女王の疑惑」

(2026.7.28)

【今週のお知らせ】
※「ゴーマニズム宣言」…本来、わしはギャグ漫画家である。どんなことでもギャグにするし、おかしいと思ったら何でも批判の対象とする。誰が相手でも「王様は裸だ!」と言うのがその役割である。しかし、皇統問題について描くときは、それを封印し、あくまでも品位を保ち、皇族方の批判は一切しないということを、自らルールと課して描いてきたのである。だが、そうしている間に、男系派はデタラメ言い放題のロビー活動で国会議員を洗脳してしまい、前代未聞の「愛子さま排除法」を成立させてしまった。事ここに至ってはわしも封印を解いて、これまで批判を控えていた対象についても、批判を解禁せざるを得なくなった。その、今まで控えていた批判の対象とは「三笠宮家」である。旧宮家養子の養親候補である(三笠宮)彬子女王と、その妹・瑶子女王に関する疑惑とは?
※泉美木蘭の「トンデモ見聞録」…今月26日、奈良県明日香村の飛鳥宮跡、橿原市の藤原宮跡を中心とする19の遺跡群「飛鳥・藤原の宮都」が、ユネスコ世界文化遺産に登録された。6世紀末から8世紀初頭にかけて、推古天皇の飛鳥時代から、持統天皇が築いた藤原京、そして元明天皇による平城京遷都まで、天皇を中心とする中央集権国家が形成されていく約120年の歴史を伝えるものだ。奈良県が地元の高市早苗首相は、この件にさっそく反応し喜びのメッセージを発表。しかし、高市は、国家形成の歴史を世界へ誇っておきながら、女帝たちの功績を踏みにじり、その歴史を破壊する反逆行為に手を染めている張本人である。飛鳥・藤原のいったい何を理解しているというのだろうか?
※よしりんが読者からの質問に直接回答「Q&Aコーナー」…なぜ高市を始めとする権力者はかくも天皇を嫌い、なくしてしまおうと考えるの?同じ“保守系”の新聞で女性・女系天皇賛成の読売新聞と、男系カルトの産経新聞…この差はどこから来るの?眞鍋かをりがネット番組で(SNSでの愛子天皇推しを)「この流れ、誰か意図的にやってるのかな?」と発言するようになってしまった原因とは?中道改革連合への風当たりが強くなっていることをどう思う?「銀だこ」のようなタコ焼きは邪道?…等々、よしりんの回答や如何に!?



1. ゴーマニズム宣言・第610回「彬子女王と瑶子女王の疑惑」

  言うまでもないが、わしは漫画家である。
 何の権威もない「漫画家」であるからこそ何ごとにも囚われず、時には乱暴な表現を使ってでも自分の主張をすることができたのだが、近年は皇統問題を語るとき、批判とバッシングの区別が分からない人もいるので、批判的な表現にあえて自ら規制をかけていたところがある。
 しかし、もう自主規制などしてはいられなくなってきた。

 現在「小林よしのり漫画ブック」で『ゴーマニズム宣言リバイバル』という連載をやっている。1992年にスタートした旧ゴー宣を最初から読み返して、34年の歳月を経た今どう思うかを語り下ろすという企画だが、改めて見ると、本当にこれを自分が描いたのかと驚かされることばかりである。
 何しろ、毎回の言い草があまりにも野放図というか、言いたい放題である。
 それには、「コンプラ」なんて言葉すら存在していなかった時代の産物という面はある。人は誰でもその時代の空気と共に生きているものなのだ。
 だがそれと同時に、当時39歳のわしと、現在72歳のわしとでは全く立場が変わっているということもある。
『ゴー宣』を描き始めた時は『おぼっちゃまくん』が大ヒット中だったとはいえ、社会時評とか、ましてや思想を語るような専門性は何も持たない、単なる一漫画家という立場であり、そんな男がおこがましくも世の中にモノ申すというのは「傲慢」と見られかねなかった。
 だがわしはそれは重々承知の上で、むしろそれを逆手に取って、傲慢であろうと言わせていただこうということで「ごーまんかましてよかですか?」と仁義を切ってから主張をした。それが『ゴーマニズム宣言』だったのである。
 そしてそんな立場だったからこそ、旧ゴー宣の初期は誰に対しても、何ごとに対しても、自分の感性だけで遠慮会釈なく斬りまくることができたし、読者にもそれが痛快に見えて人気が出たわけである。

 ところが実際に連載を進めていくと、わしの言論の前に既存の知識人が全然無力だったという、思いもよらない現実が露呈してきた。「小林よしのりは、竹やりで戦っていた言論村に核兵器を持ってきた」と評した者までいたほどだ。
 最初は漫画家が無謀にも知識人に「死闘」を挑んだという図式のつもりだったのが、そうやって戦って勝ち進んでいくと、知らず知らずのうちに望みもしないのにわし自身に「権威」がついてきてしまった。そうなるともう無責任に自分の感性の赴くままに表現するというわけにはいかず、自分の発言が世の中にどのような波及効果を及ぼすのかということまで意識して発言しなければならなくなった。
 しかも『天皇論』以降、皇室に関わる問題を描くことになると、より一層神経を使わなければならなくなった。そこでわしは品位はあくまでも保ち、皇族方の批判は一切しないということを、自らルールと課して描いてきたのである。
 本来、わしはギャグ漫画家である。どんなことでもギャグにするし、おかしいと思ったら何でも批判の対象とする。誰が相手でも「王様は裸だ!」と言うのがその役割である。
 それをわしは封印し、あくまでも品位を保ち、自ら手かせをつけたような状態でこれまで皇統問題について描いてきたのだ。

 ところがそうしている間に、男系派はデタラメ言い放題のロビー活動で国会議員を洗脳してしまい、前代未聞の「愛子さま排除法」を成立させてしまった。
 これは、天皇皇后両陛下の実のお子様(1親等)である愛子さまを「女だから」というだけの理由で排除し、36~38親等という全くの赤の他人を「男だから」というだけの理由で天皇になれるようにするという、究極の男尊女卑である。
 そして、正統な皇統に属する人々を排除して、根拠も全く怪しい「男系」とされる人物に取って代わらせようという暴挙である。
 これは革命である。よりによって、国会議員が「男系革命」を起こしてしまったのである。
 事ここに至ってはわしも封印を解いて、これまで批判を控えていた対象についても、批判を解禁せざるを得なくなった。
 その、今まで控えていた批判の対象とは「三笠宮家」である。
 
 三笠宮家とは昭和天皇の弟の崇仁(たかひと)親王(2016年、100歳で薨去)が起こした宮家であり、その長男で「ヒゲの殿下」として知られた寛仁(ともひと)親王が継ぐはずだったが、寛仁親王は2012年、66歳で父親よりも先に薨去したため、三笠宮家を継承できなかった。

宮内庁HPより

 その寛仁親王の妃となったのが麻生太郎の実妹・信子妃殿下で、その間に彬子(あきこ)女王瑶子(ようこ)女王という二人の娘がいる。麻生太郎にとっては姪である。
 なお、彬子女王・瑶子女王と愛子さまの関係は「父親のはとこ」という遠縁である。読者の中で「父のはとこ」を知ってる人なんて、どれだけいるだろうか?
 寛仁親王と信子妃は折り合いが悪く(寛仁親王のDVが原因といわれる)長く別居状態にあった。娘たちは父親の側に付き、もはや修復不可能な家庭内不和があったという。
 三笠宮家は崇仁親王の死後、百合子妃が継いでいたが、その百合子さまも2024年に101歳で薨去。その後は信子さまが独立して「三笠宮寛仁親王妃家」を創設。一方で彬子女王が三笠宮家の当主を継ぐという、前例のない分裂に至った。
「家庭内不和」で宮家が分裂というのもムチャクチャな話だが、ここで見逃せないのは彬子女王が未婚のまま宮家を継いだということである。これは「女性宮家」以外の何物でもない。政府はあれだけ「女性宮家」を否定しておきながら、ここでは何の議論もないままシレっと「女性宮家」を成立させているのである。

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