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Vol.552「時勢には逆らえない」

(2025.10.14)

【今週のお知らせ】
※「ゴーマニズム宣言」…人は自分の生きる時代を選べない以上、それが自分にとって好都合だろうが、不都合だろうが、今の「時勢」の中で生きるしかない。人はどんなに不本意であろうと、「時勢」を無視して生きることはできないのである。石破の「戦後80年所感」みたいに、後世の人間が「なぜあの時代にうまくやれなかったのか」なんて言ったって全く無意味だ。その時代の中で、自分がどう生きるかということを考えるしかないのである。80年以上前と同じように現在も、誰にも逆らうことができない「時勢」がある。公明党の連立政権離脱で「高市首相」の誕生は全く不透明となり、どことどこが連立を組んで、誰が首相になるかということがいろいろ取りざたされているが、時勢でいえば、国民民主党の玉木代表を担いで政権交代しようという方向に進んで行くしかないだろう。「愛子天皇」実現のために、今の「時勢」をどう分析すべきだろうか?
※泉美木蘭の「トンデモ見聞録」…2024年、フジテレビ「ザ・ノンフィクション」で、がんに全身を蝕まれた44歳の日本人女性が、夫とともにスイスへ渡航して安楽死に至るまでを追った回が放送された。番組の歴代最高作のひとつと評され、現在、公式YouTubeで全編公開されている。日本には「安楽死」と「尊厳死」という言葉があり、厚労省の見解で明確に区別されている。ここにもうひとつ、スイス型の「死の手助け」という概念がある。さらに、医師が直接注射して死をもたらす「積極的安楽死」を認める国もある。海外では「安楽死」はどのように考えられているのか?超高齢化社会が確定し、スイスに渡航してまで思いを遂げる人が出ているいま、社会全体で「死について」議論すべき時が来ている。
※特別寄稿!茅根豪「結局は理解されなかった保守の定義」…「60代までの西部邁の熱心な読者」という茅根豪氏が、西部邁氏の弟子を自称している知識人らを徹底批判!皇統問題に対する主張を見ても明らかなように、西部邁は自分が打ち立てた保守思想を弟子の誰にも理解されなかった。それを頭のよい彼が見抜けなかったはずはなく、自死の原因の一つと想像される言論の虚しさが、可愛がっていただろう弟子たちにあるのではないか?日本で保守思想を理論的に確立したのが西部邁であることは疑いがないが、その最も重要な部分は理解されていないと言わざるを得ない。果たして、西部邁の最大の功績とは何か?真の「保守の定義」とは何だろうか?



1. ゴーマニズム宣言・第581回「時勢には逆らえない」

 いつの時代にも「時勢」というものがある。
 人は自分の生きる時代を選べない以上、それが自分にとって好都合だろうが、不都合だろうが、今の「時勢」の中で生きるしかない。
 人はどんなに不本意であろうと、「時勢」を無視して生きることはできないのである。

 石破茂が首相退任直前の「最後っ屁」のように「戦後80年所感」なるものを発表したが、とっくに敗戦という結果が出て、80年も経ってから後出しジャンケンで「なぜ、あの戦争を避けられなかったのか」なんて言っても、完全に無意味である。
 その時代には、その時代の時勢があったのだ。
 1930年代には「これからは全体主義の時代だ」と、誰もが信じていた。国家が生き残るためには全体主義化するしかないというのが歴史の必然だと思われていて、いちはやくその流れに乗らなければならないとして「バスに乗り遅れるな」というスローガンが唱えられ、日本はドイツ・イタリアとの「三国同盟」へと向かっていった。
 それこそが世界史の流れであるというのが、当時は日本のみならず世界中の認識だった。それがその時代の時勢であり、その方向に突き進むしかなかったのである。

 国内事情においても、その時代の時勢があった。当時の民衆は、政治の腐敗と無為無策に心底ウンザリしていて、軍隊の清廉さと実行力に対して圧倒的な支持が集まっていたのだ。
 軍隊の暴走を抑えるための文民統制の制度がなかったというシステム上の問題はあったが、それは些細な問題だ。それよりもずっと大きかったのは、当時が「帝国主義」の時代だったということだ強国は弱小国を植民地支配することが当然とされていた時代だったのだ。
 弱肉強食、食うか食われるかの時代に、反戦平和なんて訴えられるわけがない。戦争する力のない国は侵略され、植民地にされるしかなかった。
 侵略する側になるか?侵略される側になるか?の二者択一しか許されなかったのが当時の時勢であって、そこで日本人は侵略する側を選択したのだ。
 それはもう、全部仕方がないことだったのであって、戦後80年も経った今の日本人が、しかも石破ごときが偉そうにどうこう言ったところで何の意味もない。もしもその時代にタイムマシンで行ったとしたら、結局はその時代に全く逆らえず、何もできないに決まっている。

 わしは『戦争論』の冒頭(P33)で、こう言った。
「だったらおまえがその当時の人間だったら何かできたのか?」
「人は時代の条件と気分の中にしか存在しない」
「時代の必然性を無視して『失敗しやがって』と言える者こそが無責任で信用ならない連中なのだ」
「歴史の中のどの先人たちもぎりぎりの状況の中でぎりぎりの選択をおこなってきた
 時代に恵まれ 時代に見離されながら…」
 発表から27年も経つが、たったこれだけの認識すら定着せず、いまなお「無責任で信用ならない連中」ばかりが大量生産されているというのが現状である。

 そして80年以上前と同じように現在も、誰にも逆らうことができない「時勢」がある。
 公明党の連立政権離脱で「高市首相」の誕生は全く不透明となり、どことどこが連立を組んで、誰が首相になるかということがいろいろ取りざたされているが、時勢でいえば、国民民主党の玉木代表を担いで政権交代しようという方向に進んで行くしかないだろう。
 自民党から公明党が離れた時点でそういう勢いは決まったようなもので、高市早苗は哀れだけれど、もう仕方がない。
結局、高市はとにかく人心掌握ができない人だったのだ。そう考えると、並み居る豪族たちを従えていた卑弥呼や、神功皇后や古代の女性天皇はすごかったのだなと改めて思う。
 安倍晋三だったら何を言おうが何をやろうがみんな支持していたし、公明党もついていった。ところが安倍の「コピー」と言われるほど安倍と同じことを言っている高市には、誰もついていかないのだ。

 高市に人心掌握の能力がないことは、一般大衆にも見えているようだ。たとえイデオロギーが同じでも、人が違えば大衆の反応は全く違う。そもそも思想信条や主張なんか、誰も注目しちゃいないのだ。ただ安倍晋三は血筋が良くてちょっと見栄えがよかったという、ただそれだけだ。あとは「アベノミクス」という号令がなんとなく威勢が良くてものすごく効いたのだ。
 しかし「サナエノミクス」なんて言っても何のインパクトもないし、単に安倍のマネと思われて終わりだ。高市はとにかく人物に魅力がなかった。「女性」という要素も一切プラスには働かなかったのだ。
 それでもネトウヨはまだ高市に期待していたのだが、自民党総裁になった途端に靖國参拝を取りやめたところで、すっかりドッチラケになってしまった。
 ところがそれでも公明党から見れば、たとえ靖國参拝をやめても高市は超右翼で危険な存在だったのだ。

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