男と女のさが。
はじめに
本記事には、性や男女関係にまつわる表現が登場します。
過激さを目的としたものではなく、あくまで人間の本質を考えるための“生活レベルの話題”として扱っています。
性的表現が苦手な方は、前ページへとお戻りください。

男という生き物は、あまり正しくない。
こう話しをはじめると、
私がどんな人生を歩んできたか、
何をしている人なのか、
あれこれ知りたくなるかもしれない。
今回は、いつもと違うテイストのnoteをあなたへ贈る。
私の恋愛は申し訳なくて、情けない。
こんなフラれ方をしてきた。
こちらの記事でも触れているが…
「本当は何考えているの?いつも何考えているか、分からないよね。」
「また、友達と飲み? 友達多いから何? ほんと男性脳だよね。男友達と生きろ。」
「いつも利他的なのに、たまに恐ろしいほど利己的なときあるよね。そんな人に、“人として”とか語ってほしくない。」
「そんなに自分のやってる仕事がえらいの?そんなに誇りを持っているなら、誰かと生きる道より、仕事に生きる道を選んだら?」
そう、恋愛も致命的なコミュ障を発揮。
繊細なくせにプライド高くて、もっぱら男性脳で横柄。
ただ、さらにたちが悪いのは、日常において、「その思考をとにかくオープンに見せたら嫌われる。」という思いから隠し、偽り、生きてきてしまった。
その方が、みんなはじめは受け入れてくれるから。
でも、だんだんと「俺は俺。俺が俺が。」のマインドが片鱗を見せる。
いま思えば、モテたいがゆえの虚栄心から、ピエロを演じていた。
そして、関係性が親密になればなるほど、理屈っぽい発言が多くなる。
ああ言えばこう言う。
付き合いが長くなればなるほど、そのフラストレーションは彼女らを限界にさせ、感情を爆発させてしまう。
やがて、女性らは泣きながら、幻滅するのだ。
「思ってた人と、ちがった。」と。

懺悔。
私も誰よりも自分という人間は、“変な人だな”と思っている。そんな自分を変えようと、偽ろうとした後悔が、今なお残る。
その結果、バツイチというところまでたどり着いたのだが、数年かけて、事実を、現実を、すべてを受け入れることに、ようやく成功した。
そして今、こんなどうしようもない人間が、どうしようもないことを書く。
「こんな人もいるのか。」と謎の安堵感を得てもらうために、このnoteを書いている。
開き直るわけではないけど、生きていれば、一つや二つ、大なり小なり、男女関係のトラブルはあるものだと思う。
フラレたり、裏切られたり、報われなかったり。
で、傷ついたりする。
そんなときに聴く、沁みる歌詞は重い。しんどくて、泣くしかない。
泣くのもいいけど、こういう、あんまり意味のない読み物を読んで、「くだらん。」と興ざめすることも、時には心のサプリだったりもする。
何か琴線に触れるかもしれないし、触れないかもしれない。
男と女にまつわる話について、脈略もなく、赤裸々に。
誰よりも失敗してきたからこそ綴れる想いを、心のうちを、オープンにしてみる。
こんな想いで綴ったので、ぜひ読んでみてください。
「男女の“違い”がわかると、人間関係はすこしだけ楽になる。」
「読んだあと、自分のダメさを責めなくなるはず。」
「なぜ恋愛でつまずくのか──理由が見えると、心は軽くなる。」
「“わかりあえなさ”を受け入れると、驚くほど生きやすい。」
「あなたの過去の失敗も、きっと意味を持つ。」
「どうしようもない感情も、言葉にすると整っていく。」
「恋愛の沼から抜けられない理由が、やっと腑に落ちる。」
「男と女を理解しようとすることで、自分自身もほどけていく。」

◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
◼️ 指の長さが、男か女かを決める。
この世に生まれてくる前に、すでに人生の“設定”がいくつか決まっているらしい。
たとえば、指の長さなんていう、どうでもいいようで、どうしようもない決定事項。
人差し指より薬指が長ければ、だいたい男。
ほぼ同じか短ければ、だいたい女。
そんな雑なくらいのルールで、私たちは振り分けられている。

母の胎内でどれだけテストステロンを浴びたか──
そんな“見えないシャワー”の量で、男として生きるのか、女として生きるのかが、静かに決められてしまうらしい。
つまり、性というのは本人の意思とは無関係に、
生まれる前のわずかなホルモンの差で振り分けられてしまう。
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