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スランプの、ど真ん中。 

この記事はご注意ください。
書きたい>届けたいに振り切れています。
完全に日記のように、私の内なる声をただただ吐き出す時間です。
マイナスな部分と向き合う時間であり、答えのない内省なども含め、行き当たりばったり書き殴るお時間です。
場合によっては、読まれる方を不快にさせたり、読んでいて胃もたれするかもしれません。
気分が優れない方や、ネガティブな感情に引っ張られたくない方は、読むのをお控えください。
ここから先は自己責任でよろしくお願いします。


どん底にいた時、自分にはnoteしかない。

そう直感的に思えた。
まぁ、ある種、noteに逃げ込んできた。
とも置き換えられる。
組織で通用しない自分というか、組織に守られていた自分ともいうのを自覚し、何にも属さないたった一人の人間となったとき、この無力さや気持ちのやり場がほしかった。

過去の慢心や、余裕がなかったという言い訳、どんな理由であれ、人を傷つけてきた自分。そんな大っ嫌いな自分ですら、結局、自分を守りたくて、逃げ込んできた。
結局、自分が一番かわいいんかい。自分、自分って、自分ばっかだな、おい。

そんなこれまでの過ちや、実力不足や責任能力の無さから目を背け、人生から逃げてきた情けない永い言い訳をとにかく書き殴りたかった。

すべての膿を出し切るため。そして、泥臭く再起を果たしたいと願って。


――そんな想いから、早1ヶ月半。
どん底からは脱していない現状には変わりない。
けれど、それでも心境などの小さな変化を受け止めつつ、noteを書くことで内省というか、内なる声に耳を傾けている。そんな日々を過ごしている。


同時に、noteじゃなかったら、ここまで自分と対峙できていないと思う。怠けて、何もしないで無気力に過ぎてゆく日々を送ってたか、早々に無理して復帰して自滅していたか。だからほんとにありがたい、noteという拠り所は。



ただ、自分の中で一つ問題が発生した。
奮い立ってから、あっという間に、月日が経とうとしているが、がだ。

端的にいうと、
なんというかね、ここにきて書きたいけど、書けない。

例えるなら、100m走でスタートダッシュかまして、80m付近くらいから急激に失速する選手みたいに。
いわゆる、あの時の熱量のまま書けていない問題が生じた。名付けて爆走スランプ。
なんとなくの感覚でいうと、メンバーシップレビューの記事も有料記事も読者に届けたいが、なにかとすぐに進まなくなる。

そのただただ書くのと、誰かの価値になる記事の境界線を素人ながらにすんごい感じてる。お金をもらうってそういうことだから。まだまだ理解しきれていないんだろうけど。

でも、なんかな。noteだけはそうじゃなくてもいいんじゃない?全部が全部、資本主義取り入れる必要あるかな?って内なる声はうるさいんだよな。
 たとえば、とにかく感情が動いたり、誰かを疑似体験できたり、文字から何か得られたら、すんなりチップを送り合えたら最高だな、なんて思ったり。
おっと、また脱線しそう。ここらへんの話しはまた後日。

ファミリーレストランのドリンクバーを嗜み、昼下がりを愉しむマダムたちの会話並みに、すぐ次から次へと話しが脱線するクセがある。話したいことで、頭がごちゃごちゃ。
寄り道はここまでで、スランプの話しに戻すこととする。

どん底のあの時の気持ちや話しを出せば、確かに熱量ある記事を書けると思う。絶望して、ほんとに地獄のように苦しかったから。本人にとっては相当にせっぱつまった心でいたから。

トランプで例えるなら、ジョーカーを持っていたから。でもね、何度も何度もあの当時のことを、ずりばいして記事を書きたくない。
ババ抜きで、ジョーカーが巡ってくるように、ジョーカーが手札にきたなら書くしかないかというタイミングでのみ、書く程度に留めておきたい。

「人生、ジョーカーだけじゃ語れないからね。」







···余韻と苦笑。



noterのパイオニアの皆さんの記事をみると、3ヶ月というのが、一つの登竜門。


noteが3ヶ月続かない人の気持ちがよーく理解出来てきた。
例えるなら、交際前のイメージとのギャップにきゅんきゅんし、相手が何をしても、初めて知ることにときめく。
そんな付き合いたての期間は過ぎたようだ。noteとも。

スランプを認め、まずはnoteから離脱しないために何をしようか考えてみる。
すると、なぜか、今までの恋愛でフラレてきたワードの数々がフラッシュバックした。

「本当は何考えているの?いつも何考えているか、分からないよね。」
「友達多いから何? ほんと男性脳だよね。男友達と生きろ。」
「いつも利他的なのに、たまに恐ろしいほど利己的なときあるよね。そんな人に、人としてとか語ってほしくない。」
「そんなに自分のやってる仕事がえらいの?そんなに誇りを持っているなら、誰かと生きる道より、仕事に生きる道を選んだら?」




うぐぐ





しんど。




でも、これが全て。
女性の言葉はストレートに突き刺さるし、核心を突いている。

昨日の記事に出てくる星野源さんのエッセイ本、その名も「蘇える変態」

実は、この本を購入した理由も以前、付き合っていた方にフラレた言葉がきっかけだった。

「なんでそんなにハムスターが滑車を回すように生き急いでいるの?何者になりたいの?正直、よろずさんといると息が詰まる。前に話した星野源さんの本の話し覚えてる?きっと忘れていると思うけど、その本から余白を学んだ方がいいよ。


頭の中は、映画「モテキ」のワンシーンを思い出していた。

「私、幸世君じゃ成長できない」
常に誰の前でも笑顔だったみゆきが初めて涙を見せたシーン。ダイスケと不倫の関係であることを幸世に問われ、「正しいと思ったことなんて一度もない」と弱音を吐いたみゆき。ヒロインのギャップが全開になった場面。
戸惑い、何とかしようとする幸世に対して目も合わせず、体育座りでうつむいたまま、涙ながらにみゆきが放ったこのセリフ。

痛烈。痛快。なんて言葉にしていいかわからない。
幸世が私と重なった。言葉にならない。


こんなとき、どうしょうもない気持ちを伝えるとき、日本人でよかったなと改めて思う。

あとは心中お察してください。と言えるから


これまでと同じ過ちをおかさないためにもnoteとはね、ほどよくいいあんばいで付き合っていくことを選びたい。

今、いいあんばいを探るその過程にいる。過程にいるときはつらいから、いろんな方法でそこから早く抜け出そうと試みがち。ただ、やみくもにとか、がむしゃらにやると必ず失敗する。
そうではなく、仮説と検証的なところは試みてもよいのかなーと経験則からは思っている。軌道修正できる範囲の話しでね。

ただ、たいてい藻掻いているうちはうまくいかないのもわかってる。

結局は、時間が解決してくれるのを待つしかない。わかってはいるんだけどね、その重苦しい時間の経過をじっと耐えて待つというのは、なんともやりきれんよね。

そんな模索をしつつも、無理ない程度にスランプな今も、気持ちが軽くなることをやっていきたい。マイペースすぎるくらいに。

その気持ちを軽くする一つとして、始めたのは、家にある本を読み漁ること。そして、読んだ本から得た気づきをnoteに書くことを始めてみた。

スランプの中でも、仮設と検証を試みたい企画を思いついた。メンバーシップレビューを完成させたい。
そのモチベーションにも繋がればなという1人よがりな企画。また自分語りかよ。結局、何も変わってないなと思われる企画かもしれない。

企画力しかない、質も量も何もない素人の挑戦と思って、見届けていただけたら幸いだ。乞うご期待。



全然順調でもねえし色んな問題や壁が立ちはだかるけど、それを共に悩んだり乗り越えたり、全然乗り越えられなくてまた悩んだり。そんなことを君と一緒に歩めるのだから、結構、俺は幸せです。

佐藤二朗さんのツイートより



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よろずさん。|繊細無職の生存戦略 「チップは洋の文化、心付けは和の文化。どちらも深々と感謝します。特に心付けの場合は、感謝の傘を差し上げます。」

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