DecagonのエンタープライズAI構築戦略──オープンソースモデルの活用とAGI後の展望
▶ 元動画: https://www.youtube.com/watch?v=cO1f2wOxSH4
概要
a16zのポッドキャストの今回のエピソードでは、AIカスタマーサービス企業Decagonの共同創業者であるJesse氏とAsha氏を迎え、エンタープライズ向けAIアプリケーションの構築手法について議論が交わされました。2026年前半に支配的だった「AnthropicやOpenAIといったフロンティアラボが最後のスタートアップになる」という見方に対して、両氏はアプリケーション層の重要性を強く主張します。
対談の出発点は、Jesse氏が執筆し話題となった、オープンソースモデルとクローズドモデルの選択に関する記事です。Decagonは当初、フロンティアモデルを使用していましたが、音声エージェントの低レイテンシ化と挙動の制御を追求する中で、徐々にオープンソースの小規模モデルへの依存度を高めていきました。現在では、ワークフローの90%がオープンソースモデルで構成されており、特定のタスクに特化させることで、汎用性は劣るものの、対象タスクでは最先端の大規模モデルを凌駕する性能と、優れたコストメリット、速度を同時に達成しています。
この技術的選択を支えるのが、モデルの微調整を専門とする研究チーム「Decagon Labs」の存在です。急速に変化するモデル環境の中で、単なる一過性の移行ではなく、モデルを継続的に訓練し、旧モデルを廃止しながら、進化し続ける「モデル工場」としての機能を果たしています。両氏は、エンタープライズ企業もいずれはオープンソースモデルの事後訓練に乗り出すだろうと見ていますが、その道のりは自社の経験に照らしても平坦ではないと指摘します。
対談は、製品開発の具体的手法から、AGI(汎用人工知能)が到来した後の世界におけるアプリケーション企業の存在意義、さらには組織文化や採用戦略に至るまで、多岐にわたるテーマへと展開されました。
オープンソースへの移行と「より賢く、より安く、より速く」の実現
Decagonがオープンソースモデルの採用を本格化させたのは、約1年以上前のことです。事業拡大に伴い大企業との取引が増え、数百万規模の顧客との対話を高速で処理する必要性が生じたこと、そして音声エージェントを立ち上げた際に、応答の精度に加えてレイテンシ(遅延)が極めて重要な要素となったことがきっかけでした。Jesse氏は、レイテンシの低減とエージェントの挙動を思い通りに制御する唯一の方法は、小規模なモデルを用いることだと説明します。
問題は、フロンティアラボが提供する小規模モデルが、そのままではDecagonの求めるタスクに十分な性能を発揮せず、きめ細かな制御も難しい点にありました。そこで、オープンソースの小規模モデルを微調整して使う手法に乗り出し、結果的に大きな成功を収めます。エージェントの仕事は、話題の分類や悪質なユーザーの検知など、多数のタスクの集合ですが、個々のタスクは大規模モデルのような万能な知能を必ずしも必要としません。そのため、特定のタスクに特化して微調整を施した小規模なモデルの方が、そのタスクにおいては大規模モデルと同等かそれ以上の性能を発揮するのです。
この結果、「より賢く、より安く、より速く」という、通常はトレードオフの関係にある三つの要素を同時に実現できるようになりました。Asha氏は、「しばしば語られる、賢いが高価なモデルか、賢くないが安価なモデルかという二択は誤ったトレードオフだ」と断じます。実践においては、微調整した小規模モデルが特定タスクで最先端の大規模モデルを凌駕する性能を示し、しかも安価で高速になるからです。
ただし、この手法が万能というわけではありません。Decagonが最近発表した「Duet Autopilot」のように、何百万もの会話を分析してトレンドを発見し、対話モデルの改善案を自律的に生成・テストするような、複雑で探索的なタスクにおいては、依然としてフロンティアラボの大規模モデルの高い知能が不可欠です。現在のDecagonのワークフローは、90%がオープンソース、残る10%は新規プロジェクトや新製品のためにクローズドな最先端モデルを併用する形となっています。
モデル工場としてのDecagon Labs
モデルのオープンソース化が進む一方で、その微調整は決して容易な作業ではありません。Jesse氏は、良質なデータセットの整備に加え、自社のタスクに完全に特化した評価基準(eval)を独自に構築する必要があると強調します。公開評価セットをそのまま使うのではなく、実際の顧客アウトカムに紐づいたエンドツーエンドの評価が不可欠なためです。
さらに、モデル業界の進化の速さも、継続的な研究開発を要求する要因です。新しいモデルが登場するたびに、それまで不可能だった新しいユースケースが見えてきます。Decagon Labsは、新しいモデルの登場から、それを自社タスクに最適化したモデルが生み出されるまでの時間を圧縮する、「モデル工場」としての役割を担っています。モデルは一度作って終わりではなく、絶えず新たなモデルを訓練し、時代遅れとなった古いモデルを廃止していく、動的なプロセスが回っているのです。
この研究開発体制において、モデルの訓練や評価に関わる多くの要素は、ユースケースと極めて密接に結びついているため、必然的に内製化が進みます。評価基準を顧客の成果に直結させるには、単一タスクの巧拙だけでなく、複数のモデルが連携して最終的なアウトカムを生み出すシステム全体を評価しなければならず、このような評価手法はDecagonの独自セットアップに固有です。そのため、モデルの訓練や評価に必要なインフラの多くをゼロから構築してきました。一方で、ラベル付きデータの取得やデータセットの多様性の測定といった、多くのAI企業に共通する汎用的なタスクは、外部ベンダーから購入する選択を取っています。この内製と外注の判断軸は常に、「最良のモデルをいかに速くプロダクションに投入できるか」という一点に収斂されています。
コストよりもパフォーマンス──トークノミクス論争の誤解
Decagonのモデル選択を語る上で、コストはあくまで副次的な要素に過ぎません。意思決定を突き動かしているのは、レイテンシの低減とパフォーマンスの追求です。コストはそれに伴う歓迎すべき副産物であり、両氏は「トレードオフを強いられることなく、すべてを手に入れている」と表現します。トークノミクス(トークン経済性)を巡る議論がSNS上で盛んですが、それはビジネスのすべてをフロンティアモデルに依存している企業にとってこそ切実な問題です。いったんオープンソースに軸足を移し、問題を分解し、モデルを高速に訓練・展開する方法論を確立してしまえば、コストへの切迫感は大きく後退します。
成長段階の企業として、コストに対する責任は当然持ちつつも、最優先事項は成長そのものです。顧客が関心を持つのは、提供される会話エージェントの品質であり、その一回の会話を成立させるために何トークンが消費され、いくらのコストがかかったかではありません。Decagonの単位は「会話」というアウトプットであり、時間の経過とともに、品質を高めるためのモデルコールの追加やチェックの多重化、並列処理の強化によって、会話あたりのトークン使用量はむしろ増加しています。真にコスト最適化が至上命題となるのは、市場を勝ち取った後の段階だというのが両氏の共通認識です。
アプリケーション層の不死性
2026年前半を席巻した「AIの発展により、フロンティアラボが最終的な勝者としてすべてを飲み込み、既存のアプリケーションは単なる薄いUIに過ぎなくなる」という言説に対し、両氏は明確に異を唱えます。その根拠は、AIモデルがいかに高度化しても、それを現実のエンタープライズ環境で運用するために必要なソフトウェアの厚みにあります。
モデルに「何をしてはいけないか」を教え込み、破滅的な誤動作を防ぐためのガバナンス機能、数百人規模のチームがエージェントの振る舞いを協調して監視・改善するためのワークフロー、金融サービスなどの厳しい規制下でテストとコンプライアンスを確保する仕組み、何百万もの会話からインサイトを抽出し他のチームと共有する分析機能。これらは、AIモデルそのものの性能とは別次元の、アプリケーション層が提供すべき価値です。フロンティアラボ自身もアプリケーション機能を強化していくでしょうが、それらは比較的汎用的なものにとどまります。カスタマーサポートのような中核的な領域では、深い統合、ビジネスロジックの捕捉、テストと実験の実行、会話レビューと品質保証、コンプライアンスチーム向けの監視ツールといった、垂直に深く切り込んだ機能が必要になるのです。
Asha氏は、たとえAGIが到来しても、AIエージェントは仕事を保存し、情報を引き出し、物事を推論するための場所を必要とし、ソフトウェア全体が根底からなくなるとは考えにくいと述べます。人間をAGIと見立てれば、人間もまたデータベースやCRMといったソフトウェアを必要としてきました。人間が作業するためだけに作られた特定のSaaS企業は圧力にさらされるかもしれませんが、ソフトウェア全体が意味のある形で消滅することはありません。もしかすると長期的には、アプリケーション層の企業は特定の業種に特化したラボのような存在になるかもしれませんが、それは事業の終焉ではなく、進化の一形態です。Decagonにとって、現時点でCRM(顧客管理)システムを自前で構築する計画が一切ないのも、エージェント層にやるべきことが山積しており、システム・オブ・レコードとしての既存ソフトウェアは共存し続けるという確信があるからです。
フォワードデプロイの進化と製品化へのこだわり
Decagonの成長を語る上で欠かせないのが、フォワードデプロイ(FD)エンジニアとエージェントPM(プロダクトマネージャー)の役割の変遷です。一時期シリコンバレーで流行した「AI企業はフォワードデプロイ・エンジニアを大量雇用すべきだ」という風潮に対し、Asha氏はこれを「罠」と断じます。初期段階のAI企業にとってFDが必要なのは、誰も正しいワークフローを知らない未開拓の領域で、顧客と共に初めてのワークフローを発見するための一時的な手段に過ぎないからです。
ワークフローが確立された後は、それを製品に組み込むことが最も重要であり、さもなければ企業は高コストのコンサルティング事業に陥ってしまいます。Decagonでは、FDエンジニアの仕事は単なる顧客対応に終わらず、彼らの学びをコア製品に反映させることに根本的な価値があります。ある顧客のために開発した機能が、次の10社が無償で使える基本機能となるのです。エージェントPMも同様に、製品のどこが壊れているのか、どのような機能をコア製品に追加すればエンタープライズ環境で展開可能になるのかを顧客と共に理解し、その成果物をプロダクト改善へと結びつけています。
この「製品化」への執念は、具体的な機能進化にも現れています。顧客ごとにエージェントの業務手順書 (AOP) を手作業で書く負荷を軽減するために開発されたのが「Duet」であり、稼働後のエージェントの会話を分析し改善案まで自律的に提案するのが「Duet Autopilot」です。これらはすべて、FDの現場で生まれた「痛み」を製品機能という「価値」に変換した好例です。当初エージェントの構築には、AIに手順を教えるAOPの作成、システムやAPIにアクセスするためのツール作成、多様な状況をシミュレートするテストの作成、そして本番稼働後の会話を手動で読み込む作業といった膨大な工数がかかっていました。Duetは、こうした一連の作業を代行する、より大規模で低速な第二のエージェントです。文字起こしとドキュメントを渡すだけで最適な手順を考え、テストやシミュレーションも自動生成し、稼働後は何千もの会話を分析して改善案を自律的に提案します。これは推論モデルの能力向上によって初めて可能になったことであり、モデルが特定のタスク向けに訓練されていないにもかかわらず、それらをうまくこなせるほど汎用化してきていることの証左でもあります。実はAOPsそのものも、もともとはコードで記述していた手順をプレーンテキストで書けるように製品化した成果でした。
こうした思想の背景には、Asha氏がかつてPalantirで導入戦略担当者として体得した経験があります。Palantirの共同創業者Shyam Sankar氏は社内向けに「フォワードデプロイ・エンジニアは痛みを食べ、製品を排出する」と語っていました。シリコンバレーで安易に濫用されるFDという概念の危うさは、無償のコンサルティングと実際のプロダクト開発を混同する点にあります。Palantirのように最初から巨額の契約を獲得し、それに見合う労力を投入できる企業は極めて稀であり、あらゆるAIのユースケースを引き受ける過度なFD戦略は、スケーラブルなプロダクトを見いだせなければ、単なる現代版のコンサルティング企業を演じるに過ぎません。創業から約3年を経て、かつて「GPTのラッパーに過ぎない」と揶揄されたDecagonが、このFDのプロダクト化を徹底したからこそ、今ではエージェントPMという職種自体が業界で一般化しつつあります。
エンタープライズセールスにおけるスピードと透明性
大企業への販売戦略として、両氏は競合との比較において「ブラックボックス」ではなく「ガラスボックス」であることの優位性を強調します。競合他社にFDを依存した結果、新しい業務手順の構築に時間がかかり、エージェントの内部動作が不透明になり、年間でわずか3つの手順しか構築できなかった顧客が、Decagonに移行した初月で7つの手順を立ち上げた事例は、その差を如実に示しています。その顧客はDecagonの製品上で、1か月という短期間に7件もの新規ジャーニーを立ち上げることができました。
Decagonが重視するのは、顧客自身が非技術者であってもエージェントを操作し、高速で反復改良できる自律性を提供することです。チームには非技術系のメンバーも含まれ、彼らが直接ツールを使い、会話の中で何が起きているかを自ら理解できる状態を理想としています。すべてを丸投げしたいと考える依頼型の顧客も存在しますが、それがDecagonのアプローチとは一線を画す違いです。また、創業者自らが営業時間の80%を費やし、大企業特有の複雑なリスク管理プロセスや組織構造をくぐり抜け、いかにして迅速に本番稼働まで到達するかの「プロセスの製品化」にも深く関与しています。この迅速な展開を可能にした背景には、単に市場が熱いというだけでなく、創業チームが顧客の抱える恐れと価値観に対して深い共感を持ち、きめ細かく伴走してきた事実があります。
営業担当者の仕事は、社内チャンピオンを育成し、組織内を巧みに渡り歩くことであり、創業者はその動きを加速させるために、プロセスや組織構造、製品面で常に新しい構成や巧妙な戦術を考案する役割を担います。さらに、市場の変化があまりに速いため、見込み客や既存顧客と多くの時間を過ごすことにはもう一つの理由があります。モデルの能力が常に変化する中で、他社の事例に触れた顧客から「これがあれば良いのに」というフィードバックを直接得られる、そのフィードバックループに極めて近い場所に居続けることを、両氏は決して手放したくないと考えています。
こうした大企業がDecagonをパートナーに選ぶ決め手となっているのが、微調整の本質に対する理解です。多くの人は微調整を顧客ごとのカスタマイズだと思い込みがちですが、Decagonの微調整作業の大部分は、カスタマーサービスという自社のユースケース全体を最適化するためのものです。話題の分類といった汎用的なタスクに膨大な研究リソースを投じる価値があるのは、まさにその領域を専門とするDecagonだからこそであり、一企業が自前で同様の微調整に乗り出すのは合理的ではありません。一方で、企業固有の業務手順をAIに教え込むのは、微調整ではなくコンテキスト(プロンプト)の中で行われます。手順が変わるたびにモデルを微調整し直すのは現実的ではないからです。このビジネスロジックの捕捉と運用こそが、モデルそのものの性能とは別次元で、アプリケーション層が提供すべき中核的な価値なのです。
また、両氏はエンタープライズ営業の経験がなかったにもかかわらず、短期間で学習曲線を乗り越えられたと振り返ります。この分野への投資を説得する必要がほとんどなく、「自社こそが正しいアプローチである」と伝える会話が中心だったため、自然に身についた部分が大きかったと言います。創業当初から営業主導の姿勢を崩さず、市場投入戦略がプロダクトを形作るというDNAを持ち続けてきました。初期のセールスチームには、当時すでにこの分野で働いておりDecagonの動きを遠くから見ていた人材が、コールドアプライ(飛び込み応募)で加わったケースもありました。非伝統的な営業バックグラウンドを持つ人材や、アイビーリーグ出身のアスリートといったプロフィールがチームの強固な基盤を形成しましたが、急速な拡大に伴い、イネーブルメントや組織構造の面では今も追いつこうと努力を続けている段階です。
大企業との契約を迅速にまとめられたもう一つの要因は、展開プロセスそのものの製品化にあります。金融サービスなどの規制業種では、単に「製品を渡して1年後に稼働すればよい」というわけにはいきません。Decagonは、最初のミーティングから100%の本番稼働に至るまでの道のりを極めて詳細にマッピングし、モデルリスクプロセス、テストプロセス、初期ロールアウトの方法、問題の捕捉と修正、再発防止策といった具体的なプロセスを提案できる状態を作り上げました。テクノロジー製品の価値と同じくらい、この展開プロセスを共に考え抜く姿勢が、大企業の信頼を勝ち取る上で決定的に重要だったのです。
市場の拡大とAGI以後の展望
Decagonの事業領域は、当初のカスタマーサポートから、「AIコンシェルジュ」として企業と顧客のあらゆる接点を担う方向へと拡大しています。初期に販売したユースケースがカスタマーサポートに集中していた理由は、それが初期顧客の最大の課題の一つであり、かつ当時のモデルの能力の限界がまさにそこにあったからです。しかし、モデルが改善されると、顧客企業は「問題が起きた時だけ学習するAI」と「購買相談をするAI」を分ける理由はないと考えるようになりました。
具体的な事例として、ある顧客はカスタマーサポートでDecagonを導入した後、製品知識が既に蓄積されているのだから、インバウンド営業(質問対応、ディスカバリー、適切な営業担当者への割り当て)にも使いたいと依頼してきました。また別の顧客は、顧客アカウントに問題が見られた際にプロアクティブに連絡するなど、業務ワークフローにDecagonを使い始めています。営業リードの資格審査や特定のカスタマーサポート質問も、結局はビジネスプロセスに従うエージェントの一環に過ぎません。
この拡大を可能にしたのは、モデルが指示に従う能力が格段に向上したことです。カスタマーサポートではモデルが従うべき厳格なパスを設定できますが、営業資格審査では自由回答形式の発見質問をする必要があり、会話が流動的になります。そのため、モデルが合理的な内容で間を埋められるほど賢くなったことが、応用範囲の拡大を支えています。両氏は、結局のところDecagonが構築してきたのは「優れたカスタマーサポートを行うエージェント」ではなく、「優れたビジネスプロセスを実行するエージェント」であり、これこそが様々なユースケースへの柔軟な展開を可能にしている根源であると説明します。
技術の進歩が速すぎるため、12ヶ月の詳細なプロダクトロードマップを厳密に持つことは非常に難しいと両氏は認めます。構築したいテーマの方向性は明確にあるものの、可能であればそれらは今すぐにでも構築してしまうべきだという姿勢です。
対談の中盤では、AGIの到来とキャリアの未来についても深い議論が交わされました。聞き手の一人が、a16zのチームメンバーがフロンティアラボへ転職しようとした際、長期的なキャリアの魅力を説こうとしたところ、「AGIが来ればキャリアは不要になる」と返答され、衝撃を受けたエピソードを披露しました。これに対しJesse氏は、AGI以後もキャリアは確実に存在すると断言します。その理由は、ほとんどの仕事が本来的に人工的に作られた抽象化の層の上に成り立っており、人間はこれからも他の人間のために何かをするからです。インフラ構築や食料生産のような極めて本質的な仕事を除けば、仕事は消えるのではなく、その姿を変えていくに過ぎません。両氏はその後、AIは仕事を奪うかもしれないが、キャリアを殺すことはないと述べました。
Decagonの顧客企業では、コスト削減を目的とするケースもある一方で、AI導入で浮いたリソースを、より能動的な顧客満足度向上や収益創出活動、あるいは新たな顧客接点の開拓に振り向ける事例が多く見られるといいます。これは、効率化で余剰が生まれると需要そのものが拡大する「ジェボンズのパラドックス」の実例とも言える現象であり、人間はAIによって単純反復的な業務から解放され、より創造的で人間らしい、新しい仕事にシフトしていくというのが両氏の見解です。
AGI以後のDecagonの競争優位性(モート)について問われると、短期的にはエンタープライズのリソースと協働する能力こそが鍵だと両氏は答えます。モデルの実際の能力は、現在エンタープライズ内で活用されている水準をはるかに超えていますが、「モデルにすべてへのアクセスを与えればすべてを解決してくれる」という世界は、実務的にはまだ到来していません。モデルが完璧でミスをしないと仮定しても、エージェントに何をして良いのか、何をしてはいけないのかを教え、破滅的な誤動作を防ぎ、何百人もの社内専門家が協調して期待通りの振る舞いを確保し、規制の一線を越えないようテストし、数百万の会話から洞察を抽出するためのインフラとソフトウェアが必要です。こうした周辺環境が、エージェント自身によってその場で構築されコモディティ化されてしまう未来については、「3年後に考えよう」とAsha氏は笑みを浮かべます。
AIネイティブな組織と文化
採用面では、AIによって「1人でユニコーン企業を築ける」といった極論も見られますが、現実はむしろ逆です。AIコーディングスタートアップが積極的に採用を拡大しているように、誰もが高性能なツールを手にした今、競争に勝つためには、それらを使いこなして他社の3倍のプロダクトを開発するしかありません。その結果として、AIの進化はDecagonの採用計画を縮小させるどころか、むしろ必要性を一層高めています。
現在見えている最大のボトルネックは、実は技術側ではなく「採用」であると両氏は明言します。Decagonは膨大なトークンを消費しており、トークン料金は非常に高額ですが、AIエージェントに自社の業務をやらせないのかという質問に対しては、AIが「何を構築するか」「何を除外するか」といった判断や、「完成したか」というセンスを持つにはまだ至っていないと回答します。特定の実行ステップの一部は外部委託できても、最終的な意思決定は依然として人間が行う必要があるのです。
さらに、ロードマップを3分の1の時間で完了できるようになったとしても、採用を止めるのではなく、3倍のものを構築するという計算が働きます。誰もが同じ計算をするため、全員が採用を続け、より多くのものを生み出す方向へシフトしていく必要があります。この効率化はモデルの消費者にとって素晴らしいことですが、当社の採用計画を実質的に変えてはいません。
技術的なボトルネックとしては、音声対音声モデルがまだ研究段階にある興味深いフロンティアであり、より小さなモデルを最初から賢くする開発も、我々が注視している進展だとしています。それでもビジネス面で見れば、ボトルネックはモデル側よりも、会社をどれだけ速く構築できるかという点にあります。
社内文化としては、オフィス勤務を推奨し、厳しい労働を美化する「グラインド・スロップ(Grind Slop)」といった言説とは一線を画するとしつつも、それが自然と高強度な働き方につながっている現状を認めています。両氏は、これまで一度もグラインドスロップを投稿したことがなく、懸命に働くのは単にやるべきことが山ほどあるからに過ぎないと述べます。人々がオフィスで時間を過ごすのは、人生の中でも特に楽しい時期であり、自らの才能と潜在能力を無駄にしたくないという思いからです。
主要な目標は良い製品を作り、その分野で勝つことであり、懸命に働くのはその結果の一つに過ぎません。オフィス文化は大切にしていますが、週末の出勤を義務付けたことは一度もなく、オフィスにいる時間の長さよりも、コミュニケーションの最大化を重視しています。自分たちを異常にグラインド的とも、異常に野心的とも見ておらず、周囲に野心的な人々が集まっているため、それが単に「普通」の状態になっているのです。
チームスポーツとしての一体感も、この文化を支える重要な要素です。エンジニアが初期営業に同行し、営業担当がプロダクトのデバッグを行うだけでなく、APNチームも両極端の業務に関わっています。オフィスにいることでアイデアを出し合いやすくなり、それが機能横断的な協働の楽しさにもつながっているのです。
こうした文化の維持は、規模の拡大とともに新たな課題を生み出しています。最初の100名までは皆が互いを知っているため問題はありませんでしたが、組織が大きくなるにつれ、ビジョンや文化を明示的に伝える新しい仕組みを次々と導入する必要が出てきました。Ben Horowitzからは、A16Zの文化がいかに行動志向であり、曖昧なものは決して掲げられないかという助言も受けています。ニューヨークやロンドン、オーストラリアへの海外展開に際しては、新規採用者をサンフランシスコに数週間派遣することに加え、まったく新しいオフィスには、既存のハブ拠点から社員を数ヶ月派遣し、そのオフィスが独自の文化を確立できる十分な規模に育つまで駐在させるという手法を取っています。
昨年、元VMware CEOのRaghu Raghuramを迎え入れました。彼は投資家としてだけでなく、国際展開能力の構築にも深く関与しています。AI企業が顧客の強い要請により非常に早期から海外に引き寄せられる現象は顕著で、オーストラリアオフィスの開設もその一例です。この背景には、AIが巨大な現象となり、あらゆるバイヤーがChatGPTを試し、取締役会やCEOからのトップダウンの圧力でAI導入を急いでいるという構造的な追い風があります。
創業者自らが語るAI活用と情報発信
対談の最後には、両氏自身のAI活用法にも話題が及びました。Asha氏は、自らの仕事におけるボトルネックが「ビジネスコンテキスト」にあると分析し、議事録や採用情報、進行中の商談といった膨大な文脈を常に収集し続けるAIエージェントを自ら構築したといいます。これにより、新たな採用候補者について相談すると、既存チームのスキルギャップを踏まえた分析を返してくれるなど、質の高い意思決定を支援してくれるようになったと説明しました。また、Jesse氏も、アイデアの壁打ち役としてAIを活用し、以前のように単に同調するだけでなく、今では積極的に「それは悪いアイデアだ」と反論してくれるようになったことで、思考の深化に役立っていると述べています。
情報発信については、Jesse氏がLinkedInとX(旧Twitter)の使い分けについて持論を展開しました。顧客へのリーチという点ではLinkedInが有効だが、Xは世界が何を考えているかを形成する「一本のタイムライン」として機能しており、単なる企業PRではなく、業界の潮流に対する独自の見解を発信する場として価値があると分析しています。
▶ 同じシリーズの前回: AIエージェントが中小医療機関の事務作業を代替する ── Lassieの挑戦 https://note.com/yondo/n/n7e23c5b9e4dd
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