その喧嘩、買ってもいいけど転売します
「人様の家の粗大ゴミを見て泣く馬鹿がどこにいる!」
「ここにいる……」
「宮尾……お前って奴は……」
「だから、私は宮尾じゃないですって。」
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隣の家の住人(80歳代)が、ついにキャットタワーを処分した。
私は泣いた。
よく見なくたってわかる。
白いキャットタワーに残る、灰色の毛。
これは間違いなく、キリッとした涼しげな目元が麗しい彼の毛だ。
丸い顔に三角の耳、とろりととろけるような手触りの背中の毛。
ごろごろと鳴る喉の音。
そして私を“宮尾”と呼ぶ、少し気まぐれな声。
カラカラカラカラカラカラカラカラ……
シルバーカーを押す彼女は、また少し小さくなったように見える。
キャットタワーを前に嗚咽する私を見つけ、近くまで来る。
相変わらずの無表情だ。
そして開口一番、
「ポンが盆に死んだ」
である。
それ、気に入ってるのか……!
もはや彼女のキメ台詞と化している“ポンが盆に死んだ”。
これを言われるたびに私は、心強さだけが足りない篠原涼子状態に陥る。
“ポン”というのは、隣の家のアラナイが可愛がっていたアメリカンショートヘアの雄猫である。
そして私のことを“宮尾”と呼び続けた、唯一の存在である。
「宮尾」
すまない。
単なる鳴き声だ。
奴は灰色のアメリカンショートヘアで、これがまた端正な顔立ちをしている。
(中略)
“ハンサム”。
(中略)
猫でありながら犬のような人懐っこさも持ち合わせた空前の人たらし。
ある日はこちらには目もくれず、ツンとして去って行く。
またある時は自らそばに来て腹を出し
「撫でてくれ」
と言わんばかりにグネグネと身体を捻る。
そしてゴロゴロと喉を鳴らしてここぞとばかりに媚を売る。
買わない理由を見つける方が難しい媚を。
そんな彼は今年の盆に、先祖をストーキングしたまま帰らぬ猫となった。
「いつまでも置いておいても仕方ないじゃない?だからね、出したのよ。ポンが盆に死んだもんだから。」
彼女ときたらまたこれを言う。
しかも、淡々と。
「盆に死んだポンはこれが初めてなの。」
そうか、盆に死ぬポンはレアなのか。
そうかいそうかい……
って納得している場合ではない!
なにが「そうかいそうかい……」
だよ!
一度でも心の中の縁側で熱い緑茶をズーズーすすりながらふむふむと首を縦にゆっくり振って腑に落ちまくった自分をぶん殴りたい!
“盆に死んだポンはこれが初めて”って、
「こんなの初めて」みたいに言うな。
どこのエ●漫画だよ。
それも無表情で。
どうでもいいが、そういうことを致す時に
「“こんなの初めて”って言っとけば万事解決!」
とキャピついていたぶりっ子のことを思い出して
「ふ……前代未聞だな!」
と言ってみたら、相手が戦闘不能になったという経緯がある。
これは、前向きな犯罪対策であるから頭の片隅にでも入れておいてくれ。
これは、豆知識だからな。
あ。
豆ったってそら豆とか花豆みたいなご立派なサイズ感の豆ではなく、レンズ豆くらいのペラッペラの豆な。
レンズ豆の話をしたいわけではないのでとりあえずインド方向に置いた鍋に突っ込んで火にかけておく。
書き終わる頃には食べ頃だろう。
「ところで、柿、もらえないかしら?」
いや、話飛びすぎだろ。
ポンの話はどうした。
というか、ここんところ私の顔を見るたびに
「柿くれ」しか言わないよな?
そう。
このアラナイ、この季節になると毎年
妖怪柿婆に変身してしまうのだ。
というわけで、
柿が欲しいアラナイvs盆に死んでいないポンの詳細が知りたいアラサー
の世界一くだらない戦いの火蓋が切られてしまったのだった。
ちなみに、私は柿を渡すつもりは毛頭ない!
ボッサボサのロングヘアを振り乱しながら言っている!
「柿は、絶対に渡さん!」
柿をよこせと迫り来るアラナイを見て見ぬ振りをして
「盆に死んだポンはこれが初めてなの」について考察を始めた。
私「ひとつ、よろしいですか?」
◽︎盆に死んだポンは、件のアメリカンショートヘア(灰色)のみである。
↓
◽︎このポン以前にも亡くした存在がいる。
↓
◽︎盆に死んだ“猫”ではなく“ポン”と言っている、つまり盆以外に死んだ“ポン”が複数存在している。
◽︎15年前に死んだのは“ポン”ではなく“旦那”。
↓
◽︎旦那は“ポン”候補から除外可能。
以下、杉下右京(相棒)でお送りします。
右手の人差し指を立て、妖怪柿婆に身体の左側を見せゆっくりと歩く右京はいつも通り、推理を展開する。
「あなたは、“盆に死んだポンはこれが初めて”とおっしゃいました。ということはつまり、あのポン以外にも死んだポンがいるということではありませんか?」
向きを変えた右京はさらにこう続ける。
「そしてあなたは以前、こうもおっしゃっていました。15年前に旦那様を亡くされていると。その際、“旦那は15年前に死んだ”そう、はっきりとおっしゃいました。つまり、旦那様はポンではない。ということになるのではァないでしょうか……あくまでも、僕の推測の域をでませんがねェ。」
正面を向き、目力で眼鏡を割らんばかりに力強く続ける右京。
「さらにあなたは、“盆に死んだ猫”ではなく、“盆に死んだポン”が初めてだとおっしゃっている!これは要するに以前にも死んだ“ポン”が存在するということ!」
そこへ鑑識の米沢守がやってきて右京に耳打ちした。
「なるほど、どうもありがとう。」
米沢は、ちらりと妖怪を見たのち去っていく。
「こちらのキャットタワー、処分なさるおつもりですね?随分と年季が入っている。いつからお使いですか?」
「いつだったかしら?ところで柿……」
答えを濁すアラナイに、右京は声を荒げる。
「しらっばっくれるのもいい加減にしなさい!!!!」
思いの外大きく発せられた自身の声にハッとして我に帰る。
「……失礼、僕としたことが。」
右京はこっそりと米沢にキャットタワーの製造年を調べさせていたのだ。
そして、毛髪のDNA鑑定も。
「最後にもうひとつだけ、よろしいですか?細かいことが気になってしまう。僕の悪い癖……」
そう言いつつも、全く悪びれる様子のない右京である。
「あなたは頑なに、“猫”ではなく、“ポン”とおっしゃっている。ここで僕は思いましたァ……!」
眼鏡の奥の眼光が鋭い。
「盆に死んだポンは猫、盆以外に死んだ猫もポンなのだと……!」
???「んん?それってー、どういうことっすか右京さん。」
「おやおや、亀山くん。いつからそこに?」
ズコオ!!という効果音が最も適しているような動きで亀山は言う。
「やだな右京さん、ずっと一緒にいたじゃないですか!」
「そうでしたか……気づきませんでしたね。君は案外、尾行の天才、ということかもしれませんね。」
「へへ。嬉しいんだか悲しいんだかァわかんないっすね!」
人差し指で頭を掻いてはにかんだ。
「で、盆以外に死んだポンも猫、というのは?」
「そうでした。それですがね、あなた、今までの飼い猫全ての名前を“ポン”にしていた。違いますか?」
「ええ、そうよ。」
彼女はあっさりと認めた。
「あのポンで10代目。その前は三毛猫、さらにその前は黒猫。その前も三毛猫だったわ。サビ猫もいたし、真っ白のもいた。ハチワレもいたわね。最初に買ったのはキジトラ。三匹連続でキジトラよ。あの頃はご飯もよくなかったからすぐ死んだの。」
無表情だが、シルバーカーのハンドルを持つ手に力がこもり始めている。
思い出だ。
思い出が彼女の中を駆け巡っている。
今、彼女の情緒の上を十匹の猫が代わる代わる走り回っている。
「やはり、そういうことでしたか。」
「え?どういうことっすか?」
依然として事態を飲み込めていない亀山は尋ねる。
「こちらのキャットタワー、ところどころ直した形跡があるんですよ。それに、よく見るとところどころ茶色や黒の毛が刺さっている。“盆に死んだポン”は灰色、黒、白、この三つの色の毛でしたね。茶色はない。そこで僕は考えました。」
「ポンは全員、猫だってことに。」
「亀山君……君という人は……」
最も言いたかったところをあっさりと持っていかれ、少々不服な右京である。
「ちなみに、このキャットタワーが製造されたのは1987年。今から38年前です。」
「最初の三毛猫のポンのころに買ったの。懐かしいわね。」
「しかしまたなんで捨てるんです?直してでも使ってきたのに。まだ使えそうですよ?」
「もういいのよ。私も来年九十歳。次のポンの最後はみてやれないのよ。“婆が盆に死んだ”、なんて猫は言わないでしょう?」
私の身体からサスペンダーは外れ、眼鏡も木っ端微塵に消え去り、亀山薫も姿をくらました。
ウェーーーーーイ!!!
ウェーーーーーイ!!!
ホイッ!!!
こっち、オッケーデェス!!!
ウェーーーーーイ!!!
キャットタワーは、わずか三秒で青色のゴミ収集車に飛び乗り去って行った。
あっけねえ。
なぜだかわからないが私は去り行く収集車の後ろ姿と、
ウェーーーーーイ!!!ウェーーーーーイ!!!とその横を生身で並走しているお兄さんを見送りながら慟哭した。
ただの危険人物である。
「“婆が盆に死んだ”、なんて猫は言わないでしょう?笑ってもくれないじゃない?婆が盆に死んだって。ねえ?」
なんつった?
婆が盆に死んだ
私「Pardon?」
婆が盆に死んだ
バーボン!
「私が死んだら、お葬式来てちょうだいね。友だちほとんど死んじゃって。家族もね、だいぶ死んじゃったのよ。私が長生き過ぎるもんだから。」
寂しいこと言うなよ。
でも無表情過ぎてどこまでが本心なのかわかりにくいんだよ!
「わかった。あんたが盆に死んだらバーボンのボトルを抱いて夜ふけの窓に立つよ。」
飲めないからバーボンのボトルは抱いておくだけで十分さ……
やめろ。
窓に立ったらふらふらと行く婆が見えちまう!
気まぐれだが人懐こくて、
つれない態度の日でも私が特に落ち込んでいたら側に来て撫でさせてくれる。
そんな猫だった。
もちろん、特に何もないのに出会い頭に突如として
「シャーーーーー!!!」と喧嘩をふっかけられた日もあった。
ツン、としてこちらには見向きもせず去っていく日もあった。
だから私も拗ねて、彼が「撫でろ」と言わんばかりに身体を捩らせているのを思い切り無視したこともあった。
だけど、やはり
ポンに売られた媚はいくらでだって買いたくなってしまうのだ。
今や手に入らない媚だからこそ、喉から手が出るほどに欲しくなる。
隣のアラナイはことあるごとに私のことを
「精神病」とか「頭がおかしくなったのね」などと粗悪なくせに高額な喧嘩を売りつけてくるもんだから、
「柿はやらん、絶対にだ!」と決めていたのだ。
しかし、いざ夜ふけの窓からふらふらと逝く、それも盆に逝くアラナイを想像したら、突如として弱気モードな篠原涼子に擬態してしまい
気付いた時には柿を三個も渡していた。
ぐぬぬ……
売られた喧嘩を柿三個で買っちまった!
もっと御涙頂戴記事にしようと思っていたのに
途中からテレ朝系ドラマから三人の刺客が送り込まれてきたし、
大御所女優まで乱入してきて
挙句昭和のトップスターまで現れていつも以上に大変なことになっている。
こうして隣のアラナイは一切表情を変えず三つの柿を持って自宅へと戻っていった。
私はからになったビニール袋を抱き自宅へと戻る。
ベランダで洗濯物を回収していたら、また外に出てきたアラナイが叫ぶ。
「精神病は治ったの?あと、また柿、ちょうだいね!」
……二度とやらん!
非売品になるその日まで、私はこの喧嘩を柿三個で買い続けるのだろう。
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はーい!
何が好き?
ポテトチップスよりも
お・ぬ・し