おばあさんになった座敷童子
「ご利用、ありがとうございました。」
機械的な女性の声。
もう何度目だろう。
私の脳内ではいきものがかりが「ありがとう」だけでワンマンライブを始めている。
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いきものがかり Tour2025 ファイナル
「ありがとう」
@ATMホール
“ありがとう”って言われたくて あなたを見つめるけど
差し込んだ通帳 すでに10回以上 ほら
その声が 隙間埋めていく
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これはただ、
「ありがとう」の一言が欲しかった座敷童子が
人間のおばあさんへと姿を変えたお話である。
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第一章
どことなく空っぽな「ありがとう」
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─この日、私はただ1枚の1万円札が必要だった。
光のシャワーがはじけ過ぎており、
μ'sのメンバー全員が同時にお金をおろせるだけのATMがある銀行まで行くのも1,2,Jumpくらい軽々でなければ嫌だったので
徒歩3分のソロアイドル専用ATMにやって来た訳である。
【μ's】
『ラブライブ!』に登場する架空の9人組女性スクールアイドルグループ。
1.高坂穂乃果
2.絢瀬絵里
3.南ことり←推し
4.園田海未
5.星空凛
6.西木野真姫
7.東條希
8.小泉花陽
9.矢澤にこ
ここでまさかの先客。
ビーサンのアネキである。
そして私の後ろには白ブラウスのアネキ。
ATM横のクリーニング店から1人のシルバーヘアの男性が現れて白ブラと話始めた。
シル男「あ〜、あのばあさんまだやってんのかァ…」
白ブラ「“まだ”ってことはそんな前からですか?」
シル男「俺がねェ、来たのが8:50だからかれこれ1時間くらいじゃあないかなァ…」
現在10:03である。
白ブラ「今日は“Xデイ”でもないのに、何かしらねェ…」
シル男「そうだねェ、“Xデイ”ならわかるんだけどねェ…」
その“Xデイ”とやらの場合は、1時間以上ATMを陣取る可能性も低くはないようだ。
しかし、シル男が1時間以上クリーニング店に居座っていた理由は“Xデイ”以上に謎である。
いけないとは思いつつクソデカ聴き耳の要塞を築き、
ATMから聴こえる機械的な「ありがとうございました」と
シル男と白ブラの会話を同時進行で聴いていた。
この時ほど聖徳太子に憧れたことはない。
そして変温動物にも憧れた。
そもそも、聖徳太子のことを思い出したのも5年ぶりくらいだと思う。
自分が恒温動物であることを恨んだのも久方ぶりである。
マルチタスクがてんでだめな私は
同時に複数の音を聴くことができない。
どれだけ大きな聴き耳の要塞を築いたとて、
「ありがとうございました」
を認識している間はあくまでも
頭の中は
無味無臭の「ありがとうございました」のみで満たされている。
“Xデイ”の真相が入り込む余地はない。
しかし、
機械的な「ありがとうございました」の無味と無臭の狭間で、私は確かに聴いた。
向井理さん演じる水木しげる氏が浮かんでは消え浮かんでは消える中、間違いなく聴いた。
“給付”というワードを。
Xデイ=年金給付日
謎は解けた。
引き延ばしに引き延ばされて、ディナーの後まで謎が解けなかったらどうしようかと思っていたものだから、ほっとした。
ほっとしたところで依然として
“機械的ありがとうございました”は続いている。
血の通わぬ「ありがとうございました」が恐怖に変わり始めた頃、
私の身体の水分はほとんど天に昇っていた。
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第二章
失くした草履、拾ったビーチサンダル
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空虚に響く、
「ありがとうございました」
を聴いているうちに、
私の中に一つの疑惑が生まれた。
彼女はかつて、座敷童子だったのかもしれない。
草履をビーチサンダルに履き替えてまで、
「ありがとう」を求めてATMまでやってきた。
ビーサンのばーさんとして。
【座敷童子】
家に福をもたらす小さな霊的な存在。
旧家に出没するとされた子どもの妖怪。
5~10歳の幼童。
いたずらや祟り、そして化けることはせず、
座敷童子がいるうちは家運は繁盛、出没しなくなると傾く。
出没を家の誇りとして大切に扱う。
世間はこれを羨む。
成り上がりの家にはけっして出没しない。
誰かの幸せを願い、見守っていた。
ただの一度も感謝されることなく。
座敷童子が一番ほしいものを手に入れることなく歳を重ね、
おばあさんの姿になった。
…そして彼女は気づいてしまった。
ATMという機械が
無限に「ありがとう」と言ってくれることに。
そう、彼女が欲しかったのはたったのひとこと。
「ありがとう」である。
それも、血の通った、体温のあるありがとう。
彼女はきっと、
忘却の彼方へと追いやられてもなお
健気に生きてきた幼子なのだ。
姿が見えなかったのではない。
誰もが見ようとしなかった、見向きもしなかった、
ないものとして無視をした存在。
私は心の中で彼女にこう語りかけた。
「…“ありがとう”って言われたかっただけなんだろ?
じゃあいつでも俺んとこに来いよ。
もうこんなことしなくたっていつだってでっかい声で言ってやる、ありがとうって。」
返事はない。
でもそれでいい。
見向きもされない者同士に、言葉など必要ない。
私は彼女で、彼女は私。
写し鏡のような存在だ。
そう、私は妖怪字引き網。
あなたの心を埋める「ありがとう」を
いくらだって探してみせる。
光の当たらぬ冷たい世界を私は知っている。

【あとがき】
さも悲しいことかのように
光の当たらぬ冷たい世界を私は知っている
などと書いているが、
毎日毎日暑すぎるので、本当の意味で光の当たらぬ冷たい世界に行きたい。
とはいえ秋が来て少しずつ肌寒くなってくると
また陽の光を欲するのだから、人間というのはわがままな生き物である。
…いや、私は妖怪だった。
字引き網だった。
設定ブレブレである。
今宵もやはり、娘は録画した「ゲゲゲの鬼太郎」を観ている。
…そういえば、鬼太郎にそっくりな同級生がいたな。
と余計なことを思い出す、夏休み後半戦一歩手前。
魑魅魍魎が飛び出してきそうで開けられずにいる娘の図工用絵の具バッグ。
現実の方がよっぽど恐ろしいとはこのことである。
妖怪絵の具がびがびとのまだ見ぬ戦いに引ける限りの腰を引いてこう。
◽︎NHK
「ゲゲゲの女房」
https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0009010580_00000
◽︎いきものがかり「ありがとう」
◽︎遠野時間
神の使いか、不吉の兆しか?本当の「ザシキワラシ」の姿に迫る!
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