妖怪字引き網
実は私の正体は妖怪なので、その話をしますね。
【字引き網】
関東地方、東京都のやたらコンパクトな地域に出没する妖怪。
全国に存在する可能性もある。
夜な夜な辞書をめくる音を立てる。
人の言葉の揚げ足を取り続ける存在。
元々児童の姿をしていたがいつの間にか人間のアラウンドサーティの姿に擬態している。
最近、また児童の姿をした字引き網が確認されている。
草木も眠る丑三つ時。
パラリ、パラリ…
紙をめくる音が響く。
暗闇にぼんやりと少女の姿が見える。
おおよそ7〜8歳ほど。
漫画本ほどの大きさだが、
万が一にでも足に落ちて来たら悶絶必至の厚みの本をいやに熱心にめくっている。
パラリ、パラリ…
殊に、縦書き本の後ろの方のページを執念深く見つめている。
パタン…
左の口角をほんの少し上げた少女と目が遭う。
両手をギリギリと握る。
額に脂汗がにじむのが分かる。
少女のくちびるがわずかに動く。
「…しりとり、しませんか…?」
返事をしようと息を吸い込んだ時にはもう、
その姿はどこにも見当たらなかった。
1.妖怪直伝⭐︎しりとり必勝マニュアル
口喧嘩弱弱タイプの字引き網はいつもいつでも、いじめっ子四天王戦の1人目で敗北していた。
ある日、給食を待つ時間に班のメンバーで“しりとり”とかいう対人式言葉遊びゲームをすることに。
その中で私は
「ラ行から始まる言葉、ひやむぎの色付き麺並みに少ねェ」
ということに気づく。
つまりこうだ。
【対人式言葉遊びゲーム必勝法】
◽︎ラ行で終わる言葉を選び続ける
◽︎ラ行で始まる言葉を知っておく
要は、口喧嘩では勝算が見込めないので
この給食待ちの5分間だけでも“勝者”として君臨してやろうという作戦である。
ラ行で終わる言葉と
ラ行で始まる言葉を
夏の乾麺ストック場のそうめん並みに増やすことだけを考えながら歩いていたら
電柱にぶち当たりました。
電柱に相当な数の脳細胞を殺されたが、
恐らく命に別状がなかったので今の今まで生きているわけだ。
だから私は帰宅して辞書を開いた。
私「お母さーん、“リアカー”って何ィ?」
母「そんなの辞書で調べな。」
私「じゃあいいや。」
元々、
辞書を引くくらいなら知らないままでいいという人生諦めっぷりでその名を轟かせていたワタクシ。
そんな私が突然辞書を引き始めたものだから、
夏だというのに母が
「雪が降る」
と謎に空模様の心配を始める。
そんな母を見て、
「母、イカれるの巻」
と心の中でナレーションしていたことを今になって反省している。
─ある日の対人式言葉遊びゲーム
班員A「しりとりのり」
班員B「りんご」
私「ごきぶり」
いじめっ子「きもっ!りす」
班員A「すずめ」
班員B「めだか」
私「からすうり」
いじめっ子「また“り”?」
(3分ほど続く戦い)
私「倫理」
いじめっ子「んんんんんん…もうやだァ!!!“り”ばっか“り”!」
理詰めならぬ“り”攻めで陥落したいじめっ子、
敗北台詞が
「“り”ばっか“り”!」
ってなかなかやりおるな。
でも褒めてなんかやらない。
(以下妄想)
私「チェックメイトだ。」
いじめっ子「うう…」
私「クラスメイトをチェックメイト!日々のヘイト許さへんぞ!ヒウィゴ!」
─なお、一番少ないのは「る」始まりの言葉。
次点で少ないのが「ぬ」です。
ヌードル、ヌル(null)、|負け犬、濡れ衣…
しりとりであいつにもこいつにも勝ちてェ!
「しりとりマスターに俺はなる!」という方は是非覚えておいてくださいね。
2.辞書の要塞立てこもり事件
同期たちが“カフカ”だの“泉鏡花”だのに傾倒する中、私は学内の図書館で
辞書の要塞を作り、籠城していた。
カフカは宍戸カフカ氏しか存じ上げないし、
泉鏡花に関しては、
「オペだというのに麻酔を嫌がるよくわからんご婦人が出てくる小説」
を書いた人ということしか知らない。
私の文学理解などその程度。
人並みにも及ばない。
まあ、妖怪なので致し方無い。
ある日私がいつものように図書館2階窓付近の
クソデカテーブル上に辞書の要塞を築き、
言葉を貪り喰っていたところ、
社会学科のゴーレムが要塞を突破して
「安部公房のさァ」
と声をかけてきた。
てっきりこのゴーレムの製造元の話かと思った。
ゴーレム created by アベ工房かと思った。
しかも、このゴーレムの原動力はいつもはオレンジジュースなのにこの日はりんごジュースだったものだから、故障でもするんじゃないかとワクワクした。
ガソリン車に軽油を入れる感じで。
でもゴーレムは私の期待に沿うつもりは毛頭ないらしく、
いつも通り元気に動いていた。
アベ工房、なかなかやりおる。
文学少年・少女が妖怪字引き網にカフカや泉鏡花による文学ビームを当てられないのと同じく、
妖怪字引き網もまた彼らに字ビームを当てられずにいた。
そして、
「何周回っても辞書はねェ」と言われた。
一体どこを何周するつもりなんだ。
全く意味がわからなかった。
【日本国語大辞典 第二版】(小学館)
全13巻+別巻
発刊:2000年12月 - 2002年12月
販売価格:単冊15,750円
14巻セット220,500円
2024年7月25日、
小学館が改訂に着手すると発表した。
「第三版」のデジタル版の完成を2032年、書籍版の発売を2034年からと予定している。
ちょうど1年前の昨日、全国の字引き網大興奮のニュースが飛び込んできた。
『日本国語大辞典』がパワーアップするというお知らせだ。
これは人間で言うところの
“新作iPhone”のようなもの。
Apple Storeに行列を作るが如く、書店に妖怪が並ぶわけだ。
第二版がリリースされた時、私はまだ子字引きだったもので残念ながら並んだことがないのだ。
次は絶対に並ぶ。
他の字引き網たちとしりとりをしながら。
3.妖怪字引き網御用達ドラマ『舟を編む 〜私、辞書つくります〜』
原作:三浦しをん『舟を編む』
放送:毎週火曜PM10:00〜10:45
【出演】
池田エライザ、野田洋次郎…
【あらすじ】
辞書「大渡海」を完成させるまでの、辞書編集部員たちの奮闘物語。
【NHK公式より】
”言葉は誰かを傷つけるためではなく、誰かを守り、誰かとつながるためにある”
字引き網なら一度は憧れる辞書を作る側、“辞書編集部”の話。
火曜日の22時からやっているわけだが、丑三つ時に辞書を引くという妖怪字引き網の業務の準備があり
リアタイできないため毎週録画して観ている。
字引き網の性癖をグサグサ刺してくる、
“わかってらっしゃる”ドラマである。
ぶっ刺さりポイント
①紙の“ぬめり感”
→指に吸い付くような感触があり、
1枚1枚めくりやすい紙の様子。
辞書のあの絶妙な厚みの紙、用もないのにパランパラン、ペリンペリンやったことありませんか?
…やったことがあるならあなたにも字引き網の素質があるということになる。
劇中では、
製紙会社が持ってきた紙のサンプルから、
これまでのような「ぬめり感がない」と一波乱起きるのだが、これがよい。
本当に事件だから。
刑事ドラマであれば最有力の容疑者逮捕後に同じ手口の犯行が起こっててんやわんやするノリと同等だから。
あの手触りは唯一無二だ。
手元に紙の辞書があるなら
Let'sパランパラン、ペリンペリンだ。
ぶっ刺さりポイント
②“右”の説明-美しきクセツヨ解釈-
「朝日を見ながら泣いたとき、あったかい風に吹かれて先に涙が乾く側のほっぺた」
主人公:岸辺みどりによる“右”の解釈である。
一方辞書的にはこうだ。
【右】
東に向いたとき南にあたる方。
つまり、
南に向いた時の西、
西を向いた時の北、
北を向いた時の東、
だ。
だがしかしだ。
岸辺みどりの唯一無二の“右”。
右に限らず、あのような自分の感覚だけが頼りの言葉の意味を見つけるというのは
ほとんどの字引き網が夢見る言わば
辞書妖怪の集大成とも言える。
たった今私が感覚頼りで“右”を説明するならば
「新しい靴を履いたときに必ず靴擦れができる脚が生えている方が右」である。
それはさておき、
辞書の匂いが好きなので
辞書の香りルームフレグランス
とか
辞書のお香
なんかを販売していただければ字引き網としてはとてもありがたいので是非ともお願いしたい。
草木が起きている未の刻、
パラリ、パラリ…
紙をめくる音が響く。
我が子を辞書沼にひきずりこんだ。
かつての私のように彼女もまた辞書を毛嫌いしていた。
にも関わらずだ。
言葉同士が互いを説明する為に、
互いの名を出したせいで真の意味が迷宮入りする
“言葉のたらい回し”に魅了されたことにより字引き網として覚醒した。
子字引きが録画したゲゲゲの鬼太郎を無限に見ている。
妖怪小豆洗いがテレビの中で、
「あずき研ごうか人とって食おうか人とって食おうかシャキシャキ!」
などとおぞましいこと歌っている。
そして子字引きは小豆洗いの専売特許を口遊みながら、
「あずき研ごうか人とって食おうか人とって食おうかパラペラ…」
辞書を引くのであった。
↑
辞書では言葉のたらい回し、
病院では患者と質問がたらい回しになります。

【参考資料】
◽︎辞典協会
辞典の魅力!
辞典で遊ぶ
◽︎小学館
「日本国語大辞典」
◽︎NHK
舟を編む 〜私、辞書つくります〜
https://www.nhk.jp/p/funewoamu/ts/GZ8RQ7PNJ1/
◽︎WOOD DEPOT
◽︎讀賣新聞オンライン
手触り・色合い、薄さ…「何もしない紙」目指し緻密な技術 [辞書を開く]<7>
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