帰ってきたドッペルゲンガー
私は学友に命を狙われていた。
そうとも知らず、のんきに刻み海苔マシマシの明太スパを吸い込んでいた。
1.色違い
「さっき8号館にいた?」
カナからメッセージが届く。
「1号館にいた」
探偵はBARにいるけれど、私は1号館にいる。

大学時代の私の昼食といえばたいてい刻み海苔マシマシの明太スパだった。
明太子スパゲッティでも明太パスタでもなく、
あくまでも明太スパ。
母が作るそれの次点で美味い、私のお墨付きである。
私の居場所を知ったカナがわざわざ1号館にやってきた。
カナ「あれ?髪色…」
私「あー、そうそう。昨日ね。」
カナ「明太スパリスペクトカラーじゃん!」
私「べ、別にそういうことじゃないんだけど?」
カナ「向こうは相変わらずミルクティーブラウンだよ。」
カナが目を離した隙に
テーブルに落ちた刻み海苔をつまんで食べる。
ミルクティーブラウンの女こと私と瓜二つ、いわゆるドッペルゲンガーというものがもっぱら話のタネになっていた。
もしかするとミルクティーブラウンサイドでは頭が激ヤヴァ万華鏡の女が話題にのぼっていたかもしれない。
とりわけカナは心霊現象だのオカルトチックなものにどハマりしていたものだから
ドッペル当事者の私よりも…
よりもではない。
私はそういった類のものに全く興味がなかった。
富士急ハイランドの戦慄迷宮でお化け役のスタッフに
メイク方法を質問してガン無視される程度にはバケモンを信じていなかった。
バイト先にくるバケモンの方がよっぽど怖いと思っていたからだ。
それはさておき、
カナはドッペルゲンガーの目撃情報を逐一送ってくる。
私のドッペルゲンガーに遭遇した後、
必ずと言っていいほど私の様子を見に来る。
その度に触れるのは髪色の話。
当時の私の情緒と髪色の不安定さは見事なまでに一致していた。
夜の闇より深いブルーブラックになってみたり、
青木ヶ原樹海にも馴染む緑色になってみたり、
ドフラミンゴの上着をも凌駕するピンク色になってみたり、
思い返しただけでもめまぐるしい。
山の天気や乙女心より、私の髪色の方がよっぽど変わりやすかった。
だから、彼女と私は格ゲーの1Pと2Pが如く、いつでも色違いだった。
会ったことはないけれど。
2.エスカレート
日を追うごとにカナからの連絡は増えていく。
別の日には
「インドカレー屋行った?」
その日私は部屋に引きこもっていた。
そして昼ごはんは蕎麦だった。
しかも十割蕎麦。
にも関わらず私は自分の体臭チェックをしていた。
また別の日には
「一緒にいた男誰?」
その日私は無自覚に山手線4周の旅をしてしまい、
JR東日本に謝罪していた。
【電車で寝過ごした場合の対処法】
寝過ごしに気づいた次の駅で降りて駅員に
寝過ごした旨を説明。
多くの場合、無賃送還の措置をしてくれる。
一緒にいた男…?
謝罪相手の駅員の方は確かに男性だった。
私「駅員さんだよ」
カナ「え?あの紺Tの男駅員なの?」
私「山手線無限ループかましたから学校行ってない」
アサミから連絡がきた。
「カナ、最近授業出てない。」と。
4.疑念
カナ「今どこ?ドッペルが研究棟にいる。」
私「今電車」
それまで、私なのか否かを確認するような内容だったカナからのメッセージが、
ついに
ドッペルゲンガーの所在報告に変わった。
そして、私が学内にいないということがわかるとあからさまに既読がつかなくなった。
「まさか…な。」
ある一つの疑念が浮かんだが、
あまり心地の良いものではないので
石を詰めて沈めておいた。
3.殺意
2限の倫理学を終え、メモしたパワーワードに吹き出しつつ
5分後にはこの手中に収まる予定の明太スパを想像しニヤついているとカナから
「今学食来て!いるから!」
と電話がきた。
一方的に切られた電話。
私の背後では、いつものようにパリピたちが“いかにも”なノリで、パリピとしての義務を果たしていた。
たいてい教場の後方でブチ上がるという義務を果たしている。
この日は“ミナミン”のバースデーパーティーでフロアを盛り上げていた。
私はこのパリピたちの要らぬ使命感に毎度辟易していた。
今日も今日とて「うっせぇわ」。
あの時まだAdoさんの“あの歌”が世に出ていなくて本当によかった。
時が違えば間違いなく私が
「やっべぇわ」になっていた。
社会的に終了していた可能性すらある。
その魂が山手線4周どころか無限に内回りと外回りを繰り返す世界線が生まれていたかもしれない。
パリピへの辟易のベクトルはいつの間にか
自分の“おしまい”具合へ向いていた。
幻聴の逆、静寂という幻想に包まれた私の脳裏を過ぎるジンクス。
「ドッペルゲンガーに出会うと死ぬ」
【ドッペルゲンガー】(独)Doppelgänger
肉体から霊魂が分離・実体化したもの。
その人物の「死の前兆」と信じられた。
芥川龍之介も自身のドッペルゲンガーを見たという記録が残されている。
パリピたちが
「ミナミン!ハッピーバースデー!」
パァァァアンッ!!!!
とクラッカーを放った瞬間、私は駆け出した。
Ready Steady Goだ。
言わば死出の旅。
疑念が確信に変わる。
カナは私を殺そうとしている。
“ドッペルゲンガーを使った殺人トリック”。
いつからだ。
カナはいつから私に殺意を抱いていたのだろう。
合宿先で夕陽に染まる海を眺めながら
全く無関係の船を“シーシェパード”扱いしたあの時からか?
…それとも朝焼けに照らされるゴキブリのご遺体を一緒に見たあの時からか?
カナの殺意の起点を探しながらも私は冷静だった。
学食のパスタは最後の晩餐にふさわしくない。
だから私は学食のではない、いつもの明太スパを買った。
ひとつ違うことと言えば、海苔マシマシを忘れた。
私の海苔マシマシの分だけカナの殺意もマシマシだったのかもしれない。
左手に明太スパ、右手にコーヒー。
今でも忘れぬリュックのチャック全開スタイルで
テニサーの要塞こと学食へ突入した。
迫り来る醤油ラーメンの香りに左手の明太スパが萎縮している。
ぐるりと見渡すと、満面の笑みで手招きするカナと
穏やかな表情のアサミがいる。
おおよそアサミは私の最期を見届けに来てくれたのだろう。
カナ「よもぎ!こっち!」
テーブルには餃子が2個、皿の上で平静を装っている。
着席と同時にひとくち明太スパを吸い込んだ。
いつもの味。
ただ、海苔が足りないだけ。
カナが小声で
「ほら、あそこ…」
と言った。
ほとんどテニサーの恋愛事情でかき消されていたが、目線でわかる。
カナの目線を追うと…
ミルクティーブラウンの女がいる。
ここまでくると、人間は意外と冷静なもので、
彼女がすすっているものが
“味噌ラーメン”か“とんこつラーメン”だろうと余分な推理を始めた。
そして向こうのテーブルにも餃子の皿がある。
ここまで誰かを凝視したのも初めてだ。
ついに彼女がラーメン丼から顔を上げる。
4.遭遇
私があまりにも視線を送り過ぎていたからだろう。
バチっと目が遭った。
時が止まった。
目をかっぱらいてこちらを見ているミルクティーブラウンの女。
目をかっぱらいで明太スパを吸い込んでいる女。
二度見、三度見ではない。
一度見のロングランだ。
私は口を明太ソースだらけにしたまま動けずにいる。
カナ「ね、そっくりでしょう?」
身体が動かない。
死んだ?
「ドッペルゲンガーに出会うと死ぬ」
そうか、身体が動かないのはそういうことか。
口いっぱいに広がっている明太スパの味は幻想か。
最後まで残る感覚は“聴覚”、あれは嘘だ。
“味覚”だ。
皿の上の餃子が消えていることに気づく。
“視覚”も残っている。
アサミがもごもごと口を動かしている。
沈黙を貫いていた彼女は虎視眈々と餃子を狙っていたのか、そうか。
何やらミルクティーブラウンの女が目をかっぱらいたまま自分の顔を指さして、その後私の方を指さして、また自分の顔を指さしている。
忙しない。
その忙しなさもまた自分を見ているようで若干イラッとする。
イラッとしていたら向こうがこちらに向かって歩いてくる。
自分も死ぬかもしれないのに。
「試さずにはいられない」
よりによってそこも似ているのか。
私の脳内の山手線が高速で4周を終えたと同時に、
ミルクティーブラウンの女が
私の顔をして声をかけてきた。
ミルクティーブラウンの女「明太スパ、美味しいですよね。」
私「あ、食べます?…食べかけだった。ごめんなさい。」
おおよそドッペルゲンガー同士の会話ではない。
なんかもっとあるだろう。
一番そう言いたげなカナをよそに私たちは続ける。
私「今食べてたのって味噌ラーメンですか?」
ミルクティーブラウンの女「よくわかりますねー!コーン沈んでて…」
しばらくこのくだらない会話が続いた。
彼女のコーンはマシマシだった。
耐えきれなくなったカナが言った。
「2人、そっくりだよね?」
私たちは同じ顔、同じタイミングで頷いた。
5.事実
結局死ななかった。
友人が1人増えただけだった。
カナもまた、授業に出るようになった。
強いて言えば、あの日以来アサミが餃子マニアとして覚醒してしまい
餃子食べ歩きの旅に、度々駆り出されるようになったこと。
カナのドッペルゲンガーへの情熱は全て、
アサミの餃子への執着に住み替えられたようだ。
殺されかけていた私と“ミルクティーブラウンの女”改めマヒロは
インドカレー屋で一緒にサグカレーナンセットを注文する仲になった。
最近私はまたドッペルゲンガーに怯えている。
向こうは全く気にしていない。
なんなら8歳の頃の私を“自分”だと思い込んで平然と生きている。
娘だ。
あまりにも私に似過ぎている。
初めてドッペルゲンガーに出会った日、私は死ななかった。
ドッペルゲンガーを育てている今、私は死んでいない。
でも、人間はいつか死ぬ。
ドッペルゲンガーに出会おうが出会うまいが死ぬ。
娘の寝顔を見ながら
いつか先立つ自分を想像する。
そこで眠っているのは、本当に娘か?
気付いたら朝の光に包まれていた。
眠っていたのはどっちだ。
両方か。
↑
大学には私のドッペルゲンガー以外にも
リアム・ギャラガーに憧れ過ぎた男もいる。
【参考資料】
◽︎映画.com
「探偵はBARにいる」
◽︎dmenuニュース
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