46番目の不実の紅
白状します。
私は、元・アイドルです。
それも、不動のセンターでした。
メンバーカラーは、不実の紅。
キャッチコピーは「あなたに私は堕とせない」。
主なファン層は……大学教授。
グループ加入が決定したのは大学三年のバレンタインの午後。
私は大学付近のインドカレー屋で、真緑の唇を半分舐めたところで目を見開いた。
──……46合格
印籠の如くスマートフォンを掲げる私。
沸き立つ友、どよめくインド人、さんざめく店内!
「おめでとう!」
「बधाई हो!」
しかし、不安と重圧で押しつぶされそうだった。
それ以上にお祝いムードに気圧されて、私はこの夜酒に溺れた。
──進級、おめでとう!
「何もおめでたくはなァァァァアい!!!」
「え?」
「あのさあ……おめでとうって何? おめでとうじゃねえのよ、だって私まだ……国文学講読Iの単位持ってないんだよ?」
「いや何それ。」
「何それじゃねえよ! 科目名は気にするな! “I”! いーち!」
「国文学科の学生が一年生でとるべき科目じゃん……」
「お、さすがよくわかっているな!」
「でも進級できてるんだから良くない?」
「いやまあ……」
「言っても、俺あと48だよ? しかも田中先輩なんてもう一留だってよ?」
泣きそうな顔でマウント取ろうとするな。
あと田中先輩は一流の三留、俺らとは格が違うんだ。
……って、おい!
人のことを褒めたり貶したりしている場合なのか?
あの日の俺……じゃなかった、私よ!
人様のアパートでくだを巻き、膝を抱き、米を炊き(なぜだ)、とにもかくにも一晩中荒れた。
※翌朝飯の炊ける匂いに宿酔性ブチギレをかましたことを先に報告しておきます。
翌朝驚いた。
SNSに、目線を黒塗りされた私の写真が猛然と拡散されていたからだ。
まあしかしそこは大手。
あっという間に収束していた。
というのは冗談で、正確に言うと
「ほろよいでガチ酔い」という当時の私の真のキャッチコピーと共に、目が座り赤鬼も逃げそうなほどに赤い顔の私の写真がグループLINEに流れていただけだった。
こうして私は加入前から飲酒トラブルを起こし、
握手会ことゼミをすっぽかし軽井沢で豪遊という名の文豪的卒論執筆に励み、時折熱愛報道などをやらかしつつも、試験という名のライブは全て出席し、ファンを沸かせた。
その証拠に一年間、私は不動のセンターとして君臨し続けたのだから。
しかし、もうアイドルとしての限界を感じていた。
なぜかって……?
替えがきかないからだ。
私が病に倒れれば全てのイベントは止まる。
そんな重圧に、もう私は耐えられない。
だから、このバレンタインに照準を合わせてきた。
決めていたのだ。
今日こそ冬元康先生に、卒業を申し出るって。
──不穏な泡音を奏でる我がスマートフォン。
浮き出る青いSマーク。
「ッハァァァア! チョコをくれ!」
「チョコレートをくれ!」
叫ぶ我らは勇侠残単位捕獲者(?)。
【チョコ】
単位のこと。
我が大学は取得単位数及び成績発表が毎年バレンタインデーに行われる習わしがある。
よって学生たちは単位のことをチョコ、並びに愛の告白などと読んでいた。
窓の外は雪。
降り積もる白にうんざりしている。
「ねえ、菱川君。私が言ったこと、覚えてる?」
「さすがにソロでセンターってのもダサいから加入しないってやつ?」
「一言一句完璧に澱みなく言い切るのやめろ?」
おい、理不尽だぞ。
二十代前半だから、若気の至りだから、とかでは済まないくらい理不尽だぞ。
そしてお分かりいただけただろうか。
私が所属していたアイドルグループは残単46。
メンバーは私だけだ。
つまりはソロアイドル。
不動のセンターもなにも、私がどこに立とうがそこがセンターになっちまうんだ。
だって、私しかいないのだから。
だから言ったではないか。
私がいなければ全ての活動が止まると!
「でもさ、その実何単位分突っ込んでたの?」
「マックスよ、マックスの48。」
「2単位余ったらくれよ!」
「そんなシステムねえよ! しかも経営学となんの互換性もないやつしかねえわ!」
こっちだって卒業できるかできないかの瀬戸際だというのに人様に渡せるわけがなかろうが。
「つうかさ、なんだよ残単46って……せめて8号館の裏の坂46とか、あー……えー……」
「テスっ! テスっ! マイクのテスト中でっ!」
「やめろ? 46の案が飛んだじゃん!」
こんな悪ふざけをしている間にも運命の14時は刻一刻と近づいてくる。
落ち着かず、私は板チョコをかじる。
舌の上、溶けていく感覚こそあれど、味は感じられない。
「そろそろログインを……」
私たちは共犯関係のようにその、禁じられた扉を開く。
【禁じられた扉】
学生専用ポータルサイト。
成績発表日はアクセスが集中し、サーバーが物理的に爆発(大学談)するので発表前の時間にログインしてはならないとされていることに由来する呼び名。
「突破完了。」
「かくなる上は……」
14時まで鬼のリロード。
リロードに次ぐリロード。
「どう?」
「更新はされるね。」
しかし、白い。
窓の外も、画面も、そして吐く息も、面白半分に心配の連絡をよこす輩も。
「チョコをくれ、チョコをくれ……」
受話器越しに我々は、抽象的なチョコレートを渇望し、実像としてのチョコレートを砕き溶かした。
そして、最後のリロード……
悲痛に満ちた彼の嗚咽はチョコよりよっぽど甘かった。
──獲得予定単位総数:48
──本年度獲得単位数………………
48
※内、2単位当該学生卒業要件対象外科目の為46単位分を付与する
総単位数:124/124
判定:学位授与・卒業
私は雪の静寂を乱さぬようパソコンを閉じた。
「……ラストステージだ。」
外へ出る。
一面の銀世界。
足跡ひとつない、真実の白。
私の三半規管は拒絶反応を示す。
どんなに回れどもセンターは私だ。
私しかいないのだから。
ついに身体の均衡が崩れ去った時、私の膝は白に沈む。
綿雪を軋ませ手を冷やす。
その間が少しずつ、少しずつ紅く染まっていく。
「あなたに私は堕とせない……」
医学的根拠のないチョコレート食い過ぎ性鼻血で雪を染めた。
こうして残単46は解散を迎えたのであった。
その後、これに続く者はなかったという。
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こっちはバレンタイン小説
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これ珍しく書いた恋愛小説
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大正時代の文学青年が病んだり病まなかったりします。
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誕生日のたびに遺書を書くヒモ男が世界に向けて悪態をつきます。
【言い訳】
久しぶりに日記的なものを書いた。
難しい。
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こういうのとかどういうノリで書いてたんだろう!
ちょっと、現実逃避が長すぎたと反省している。
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ゆきお様・作
油断しちゃいけない。
優しい顔した言葉のリズムに油断しちゃいけない。
伏線?
ないよ?
みたいな顔して張られている。
ともすれば最後、盛大に転ぶぞ!
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はーい!
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ポテトチップスよりも
お・ぬ・し