花岡みずき(27)、カスタマーセンターからの逆襲
ソフトニットフリースを通常着にしたら、それはもう冬なのだ。
断じてユニクロの回し者ではない。
だが、もう冬なのだ。
日々猛然と「食」に邁進する私。
その身体は、一端の熊をも凌駕するほどに肥大している。
奴ら以上に、今期の冬眠を安泰に過ごせるのはこの私だ。
我が贅肉の前にひれ伏せ、森の動物たちよ!
ここ最近も貪欲に食物のカロリーを吸収し、邪悪な力……ではなく贅肉を増大させておりますが
皆様いかがお過ごしだろうか。
お子さまがたは休み時間には鬼に、放課後は宿題に、ご自宅ではクリスマスプレゼントの発注締切に追われ忙しくされていることだろう。
お客様各位
霜寒の候、皆様のご健康を心よりお祈り申し上げます。
さて本年も年末恒例一大イベント、「クリスマス」が近づいて参りました。
つきましては、注文書は可及的速やかにご提出くださいますようお願いします。
なお、ご注文のお品物に関しましては予算・生産状況にともない大幅に変更させていただく可能性もございます。
あらかじめご了承ください。
寒い日が続きます。
くれぐれもご自愛ください。
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株式会社Sun Tack Rose日本支社
カスタマーセンター 花岡みずき
住所:カチコミ防止の為非公開とさせていただいております。
TEL:担当者、お客様からの電話恐怖症の為お電話での問合せはご容赦ください。
Mail:返信には5年ほどお時間頂戴しております。
URL:https://note.com/yomogi_feb
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同僚のみんなー!
そして社長ー!
見てるー?
シゴデキ⭐︎カスタマーセンターの私はたった今、お客様各位にご理解&ご了承依頼のメールを送信したぞー!
お客様もといキッズの皆様にもわかりやすいように、全ての感じにルビを振った!
完璧!
これで安心して受注センターは受発注処理に、倉庫部門は在庫管理に、配送センターはサンタクロースの手配に勤しめるな!
いやあ、我ながらよく頑張った!
ボーナス、期待してきるぞ。
というわけで、残業することなく退勤!
まごうことなき退勤!
「!」がうるさい!
【「!」:オッタマゲーションマーク】
エクスクラメーションマーク及びビックリマークの別称。
これを言い出したらおじさんの証。
「“!”のことを“オッタマゲーションマーク”って言い始めたらそれはおじさんの始まり」
byドランクドラゴンの鈴木拓氏にそっくりな数学教師
──本当はマーケティング部門で働きたい。
商品企画もしてみたいし、まだ見ぬヒット商品の原石発掘だってしてみたい。
全国的に金曜日。
私は飲み会の誘いを断り、滞りなく改札を通った。
『かいけつゾロリ』に夢中の小学生の背負ったままのランドセルに腰のあたりを圧迫されながら、お疲れモードのサラリーマンや単語帳にかじりつく高校生と共に電車の中で揺れている。
流行のリサーチの為、入社以来私は公共交通機関で音楽を聴くことをやめた。
常に聞き耳を立てている。
今や知らない小学生はいない『理解ダマン』シリーズだって、私は退勤時の車内で知った。
知った時点で上司に仕入れ提案をするべきだった。
二の足を踏んだことを今も後悔している。
あの時は珍しく座席に座っていた。
右隣に同い年くらいのイケメンが座っている。
そのイケメンが御茶ノ水あたりから猛然と耳をほじり始めたのだ。
それも小指で。
そしてそのほじりカスを前に立つおじさんの革靴にすっ飛ばしている。
おじさんの革靴に降り積もるほじりカス。
いよいよ席を立とうかと思ったが、いわゆるワンホン美女が私の左肩に全信頼をおいてすやすやと美しく眠っている。
まさにスリーピング・ビューティー!
葛藤に葛藤を重ね、どくべきかどかぬべきか、検討に検討を重ねる。
そんな時、向かいから聞こえた子育て世代と思しき二人の女性の会話。
「……たしもハマっちゃって! 根っからの文系なん……」
「本屋……たまたま平積……のー!」
ああ!
電車の走行音……
仕方のないことに腹を立てる。
おじさんの革靴はどんどん白くなってゆく。
「……子さ、理科……のに好き……って!」
「……ダマンって……」
「理科ダマン、早速子どもに買って帰ることにする!」
ようやく鮮明に聞き取れた。
すかさずメモを……と思ったところ、
突如として右隣が採れたてのいきのいい生しらすの如くビチビチと跳ねるような震えるような動きをし始めた。
ズオオオオオオという効果音をつけたくなるような、おじさんの怒りに満ちた視線が右隣に降り注いでいる。
完全に怒りの業火の巻き添えをくらい大火傷を負った私は、せっかく聞き取れた大ヒットの予感しかない商品の名称をすっかり失念した。
あまりのショックに一時的に記憶喪失に陥ったのだろう。
翌日、“大人も子どもも楽しめる、文系も理科が好きになれる何か”
とにかくこの大枠だけでも上司に伝えるつもりでいた。
「花岡さん、ちょっといい?」
先手を切って声をかけてきたのは直属の上司、佐倉さんだ。
とにかく几帳面な性格で、乾いた布巾ですら角にぴったり合わせないと全身蕁麻疹が出るほどの神経質ぶりである。
その声の温度の低さに私は背中を丸め、縮こまりながら近づいていく。
理路整然と書類や資料が揃えられたデスクに、シワひとつないネイビーのストライプのスーツをシャキッと着こなす佐倉さんの背筋はどんな物差しよりも真っ直ぐに伸びている。
目にも止まらぬ速さで、音もなくキーボードを叩いている。
私はこれを忍者タイピングと呼んでいる。
「あ……あの……」
声をかけると忍者タイピングはぴたっと止まった。
「これ、読んでおいて。」
佐倉さんは一枚の紙の両端を持ちピンと張らせ、差し出している。
その視線はは真っ直ぐに私の瞳孔を突き刺している。
受け取った時の姿勢のまま、ギシギシと壊れたブリキのロボットのように自席に戻る。
恐る恐る紙に視線を落とす。
「商品の使い方がわからず問い合わせた際、花岡さんという方が説明してくださいました。とても親切でわかりやすく、助かりました。ありがとうございます。これで、孫と楽しく遊べそうです。」
え?とキョロキョロとする私に、佐倉さんが一瞬微笑んだ。
滅多に来ない、お褒めのメールをあの佐倉さんはわざわざ印刷して渡してくれたのだ。
有頂天の私は“大人も子どもも楽しめる、文系も理科が好きになれる何か”を完全に忘れてしまったのだった。
思い出したのは、通勤電車の壁に貼られたポスターを見た時だった。
ちょうど、お褒めのメールに有頂天になってから二ヶ月後のことだ。
あの悔しさだけは、絶対に忘れない。
相変わらずグイグイと腰を小学生のランドセルに押されながら、私は目の前の『理科ダマン』新刊のポスターを見つめながら思い出していた。
──四谷、四谷です。お出口は……
ぞろぞろと大学生が流れ込んでくる。
ラクロス部だ。
大きめのエナメルバッグとクロスケースとで突如として車内の密度は高まった。
申し訳なさそうに荷物を自分の身体にぴったりと寄せる学生たちを見て、ふと、部活に明け暮れた学生時代を思い出す。
練習の後、チームメイトと食べるピザまんは格別だった。
グゥゥ……
ああ……なぜ、なぜラクロスの思い出ではなくピザまんのことを思い出しているの?
随分と大きく鳴った腹の音に、頬が紅潮するのを感じる。
私の左斜め前に立つ、明るめの茶髪をポニーテールにまとめたひときわ小柄な女の子と目が合った。
彼女は照れくさそうにぺこっと会釈をしてくれた。
……こりゃあ聴こえちまったな。
あまりにも恥ずかしかったので、「こりゃあ」だの、「聴こえちまった」だのと外には出さない心の中の言葉であるにも関わらずおどけてみたりする。
空腹と恥ずかしさの狭間で揺れながら、もう一度鳴きそうな腹の虫を指でグイグイと押し込む。
相変わらず腰はランドセルで押されている。
これぞまさしく、お腹と背中がくっつくぞ、である。
ガタンッ…!
新宿駅を目前に、電車が大きめに揺れる。
「ごめんなさい!」
先程の子だ。
随分と大きく見えるクロスケースを必死の形相で押さえている。
──あれは何?
彼女が押さえるクロスケースに、何やら妙なラバーキーホルダーが揺れている。
まるまるとしたシルエットにボサボサのロングヘア……
グレーのスウェット……
あれは確か今年の夏、下北沢に集う若者の間でほんの少しだけ話題になった『残念なアラサー図鑑』に載っていたような……
ひたすらに記憶を手繰り寄せている。
腹の虫がもう一度、大きく鳴いた。
もう腹の虫に構っている場合ではない!
なんとしてでも思い出したい。
あれは絶対に、流行の原石だ。
私は確信している。
そして、何がなんでもクリスマス商戦に滑り込ませたい。
シューー……ガゴンッ!
停車直前、いつもより強めに電車が揺れた。
慣性の法則が私に味方する。
件のラバーストラップがひっくり返ったのだ。
視力には自信がある。
二十七歳にして、裸眼視力両目一.六だ。
グッと目を凝らす。
スナイパーの瞳でラバーストラップをとらえる。
“はらぺこアラサー”
そうだ!
はらぺこアラサーというキャラクター名だ。
私は急いでスマートフォンを取出し、検索窓に“はらぺこアラサー”と打ち込む。
どうやら“はらぺこアラサー”はその語感とキャラクターデザインのゆるさから絵本として展開されたらしい。
どおりで彼女のクロスケースで揺れていたラバーストラップのキャラクターをそれと認識するのに少々のタイムラグが生まれたわけだ。
──新宿、新宿です。
全くをもって最寄りでもなんでもない新宿駅で私は福引のガラポンから飛び出す玉の如くホームに飛び出した。
「はらぺこあらさー、はらぺこあらさー」
頭の中で唱えながら紀伊國屋書店まで走る。
児童書コーナーへなだれ込む。
……はらぺこあらさー、はらぺこあらさー。
もう、口に出ている。
腹を空かせたアラサーが、『はらぺこあらさー』を必死に探している。
書店員が私の肩を叩く。
「あの……」
「はい?」
「こちら、お探しですか……?」
少し気の弱そうな男性が申し訳なさそうに一冊の本を差し出している。
ホリック・エール『はらぺこあらさー』
これだ……!
私が探していたのはこれだ……!
「ありがとうございます!」
勢いがつき過ぎて半ばぶんどるような形で彼から受け取ったその本を私は開きもせず、
「買います!」と言い再び彼の手に戻す。
お付きの者と、女王様といった雰囲気でレジへと進んでいく。
「九百八十円です。」
ジャラジャラと音のする重たい財布には、確実にぴったり払えるだけの小銭が詰まっているのに逸る気持ちを抑えきれず唯一の紙幣・福沢諭吉で支払う。
支出したのに重量を増す財布の皮肉を今日に関しては一切感じなかった。
私は『はらぺこあらさー』を手に持ったまま店を出て右方向に向かう。
エスカレーター手前の煉瓦造りの壁のところに陣取って、戦利品を開く。
──おや、ベッドの上に185cm/200kgのアラサー。
お月様が、空から見て言いました。
お日様が昇る、少し前の肌寒い日曜日の朝です。
ドスンとベッドから185cm/200kgのアラサーが落っこちました。
※降りた。落ちてはいない。失礼過ぎるだろ!
あらさーはおなかがぺっこぺこ。
あらさーは食べるものを探し始めました。
そして月曜日、カマンベールチーズをひとつ見つけて、食べました。
まだおなかはぺっこぺこ。
火曜日、ゆで卵をふたつ食べました。
やっぱりおなかはぺっこぺこ。
水曜日、大きな大きな里芋をみっつ食べました。
それでもおなかはぺっこぺこ。
木曜日、さつまいもをよっつ食べました。
正直お腹はぱんっぱんです。
それでもまだまだなにか、食べたいの。
金曜、みかんをいつつ食べました。
あらあら、おててが真っ黄色!
土曜日、あらさーの食べたものはなんでしょう?
たまごかけごはんと冷凍かぼちゃと梅干しと……
そもそもアラサーはあおむしじゃないだろ!
幼虫でもない!
さなぎか成虫か死骸!
なお、月曜日から金曜日までの食事もフィクションです。
そもそも月曜日からして大嘘をついている。
カマンベールチーズはみっつ食べている。
三切れではないぞ。
みっつ!
丸いのをみっつ!
土曜日なんて、生の柿いつつと、干し柿は十個食べました。
その晩、あらさーはおなかがいたくて泣きました。
次の日はまた日曜日。
あらさーはみどりの生八ツ橋をたくさんたくさん食べました。
おなかのぐあいはよくはないけど、わるくもありません。
もうあらさーはまんぷくですがまだまだたべるつもりです。
あんなにやせていたのにほら、こんなにおおきくふとっちょになったのです。
まもなくあらさーは睡魔におそわれベッドの中で二時間眠りました。
それから布団をどけて、出てくるのです。
「あっ、めたぼ!」
あらさーが、立派なめたぼになりました。
(完)
──月曜日、私は鞄に『はらぺこあらさー』をしっかりとしまって会社へ向かう。
今回こそ、佐倉さんに言うんだ。
土日、休日返上で企画書もしたためた。
満を持して、
「おはようございます!」
と自席につく。
「花岡さん……」
こちらから出向こうと思った矢先、佐倉さんに先手を取られた。
「はい。」
佐倉さんの黒のVネックのニットは、ニットであるにも関わらずシャキッとしている。
視線は私の瞳孔を貫いた後、パソコンの画面へと直角に移動していった。
「これは、一体どういうつもりなの?」
「え?」
お客様各位……
金曜日に、自信満々に作成したあのメールが画面に映し出されている。
Bccで送ったつもりがCcで送信していた。
ごめんなさいでは済まない事態である。
我が背筋にも冬が来た。
窓の外では、気の早い雪がちらちらと舞い始めていた。
(完)
ここのところ、朝が寒い。
布団から出るのが苦痛でならない。
そして、相変わらず体重が200kgもあるので起き上がるのも一苦労どころか二百苦労です。
※苦労はひとつにつき1kg換算
さて、街はすっかりイルミネーションがビカビカと輝いていてまばゆいばかり。
子どものクリスマスプレゼントをどうするか問題というものに今年も頭を抱えている。
あわよくばクリスマスプレゼントにしようと思っていた『英語ダマン』は娘の粘りがちで発売日翌日の金曜日に買っちまったのだ。
我がプレゼントリサーチの旅は振り出しに戻りましたよ、と言うことを言いたかったのだ。
まどろっこしい!
もう、悩むくらいなら冬眠しちまおうかなとか何とか思っておりますが踏みとどまっている。
【今回の記事の愉快な仲間たち】
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本家『はらぺこあおむし』の食事ルーティンとチートデーの摂取カロリーをまとめた。
あおむしをロールモデルにするな!
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オッタマゲーションマークと中野のピンク祭、イマジナリードッグスとの散歩の記事。
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ポテトチップスよりも
お・ぬ・し