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物差しが凶器と化す日

 人との距離の測り方がわからない私は、今日もまた崩せない壁と共に過ごしている。
近づいても近づいても届かなかった痛みと、
近づき過ぎて相手も自分も壊してしまった痛みとが、ずっと渦巻いている。

立花たちばな市役所市民課の釜神かまがみです。」
「ねえ!さっきっから防災が“うわんうわん”いってるんだけど…」
「申し訳ありません。この後、災害時の放送の訓練を行うことについての予告を放送しておりまして…」
「そう……いつもね、何言ってるのかわからないの! 防災のための無線でしょ? いざという時どうするつもりなの? それから……」

 受話器を持ったまま肩をすくめたり、深々と頭を下げたり、回線の向こうの市民のご意見を一心に受け止めている。
これが私の仕事である。
今は、防災無線が何を言っているのかわからないというご意見の対応中。
この電話をとる数秒前、私も一市民として全く同じことを考えていた。
なんなら、防災無線が流れるたびに同じことを思っている。
同意見でありながら、同意見の人間からお叱りの言葉をかけられている。

 防災無線は防災無線の方で、訓練の予告を発信している。
考えてみれば、災害というものは予告もなしにやってくる。
それに向けての訓練にも関わらず、予告する。
頭ではわかっていても、以前から違和感を拭い去れずにいる。
月に一度の組織ぐるみの狼少年、という印象だ。
万が一、予告していた日時に本当の災害が起こったら一体どうなってしまうのだろう。
思考は菓子をねだる駄々っ子の如くごろごろと暴れている。

「いやーー!! 本当に、ごもっともです! あの、私もね、実は思ってたんですよ。何言ってるかわからないなあって。」

 身体が一瞬、二センチほど宙に浮いた気がした。
隣の席で同期の島さん、いや、美空さんが受話器に向かって共感している。

「そうなんです! さっき同じ放送私も聴いてましたけど全然わかりませんでしたから。ええ! ねえ。わかりませんよね! ふふっ。」

 彼女も“例の予告”のご意見対応に追われている。
とは言え、彼女の口は“すみません”とも“申し訳ないです”の形にも動かない。
深々と頭を下げたりもしていない。
なんなら、笑っている。
恐らく受話器の向こうの市民も笑っているのだろう。

「……てる?! ちょっと?! もしもーし!」
「しっ失礼しました。あの、私から防災安全課に伝えておきますので……」
「どうだか! でもまあ、頼みましたよ!」

こちらは市民の怒り、一向に収まらずである。

「で、あなた名前なんだったかしら? カマ……」
釜神かまがみです。」
金網かなあみ?!」
「あ、えっと、失礼しました。釜飯の“釜”に神様の“神”でカマガミ……」
「ふ……カマ…釜神さん……ふふ……そう!釜神さんね、わかった! ふふふふふ……じゃあ、頼んだからね! ちゃんと伝えてくださいね! ふーふっふっ……」

 受話器を置いた市民は恐らく今頃、腹を抱えて笑っているに違いない。
防災無線への怒りと、私の苗字の珍妙さとで頭を掻き乱されながら大いに笑っているはずだ。

予告された災害と、わかりにくい苗字のことで
重ね重ね詫びる自分がだいぶ滑稽で笑えてくる。
とはいえ表面に出てくる時には苦笑いという表情にしかならない。

 苗字など記号に過ぎないとは思いつつも、嘲笑じみた笑いの対象になるのでできれば言いたくないのだ。
できることなら、“立花市役所市民課 釜神紫織”ではなく、“立花市役所市民課 立花紫織”のような役名みたいなものが欲しいと常日頃思っている。

「はーい、失礼しまーす!」

 少し遅れて、美空さんも市民からのご意見対応を終えた。
私の方を見て、少し舌を出しいたずらっ子のような顔をしてみせた。
キャスター付きの椅子に座ったまま近づいてきて、
「ねえねえ、今日お昼パスタ行かない? 奈々も誘って三人で! 新しいお店できたの!」
と言う。
もうそんな時間か、と時計を見ると短針が十一よりは頂点に近いが長針はまだ八のところにいる。
小声にしたつもりなのだろうが、席三つ分先の課長がこちらを見て笑っている。
笑いのツボが浅すぎる課長は、肩を揺らしながら資料の山を崩している。
十代の女の子を“箸が転んでもおかしい年頃”なんて言うけれど、課長は今、“資料の山が崩れてもおかしい年頃”なのだろう。

 私は鞄の中のサンドイッチをカーディガンで隠しながら冷蔵庫まで運んだ。
その途中、ふと
「谷本さん、今日パスタで大丈夫かな?」という考えが過ったが、電話が鳴っていることに気付き、聞きそびれた。
自席に戻った私はまた市民の皆さまに珍妙な苗字を告げ、ご意見に耳を傾け深々と頭を下げるのである。

◇◇◇

「お前のくせに笑うな!」
今でも忘れない、小学校一年生の四月。
入学早々帰りの玄関でクラスの女の子にそう言われた。

 私は覚えたての、アニメのキャラクターの数え歌を歌っていた。
その独特のリズムがとても心地よくて、面白くて、つい口づさみたくなったのだ。
実は当時、私はそのアニメを観たことがなかった。
子どもが100人いたら、そのうち98人は知っていると言えるほど人気のアニメ。
恐らく一般的な家庭よりアニメに割く時が少なかった。
それもあって、流行に疎かった私はクラスメイトたちが歌うのを教室の片隅で聴いて覚えたのだった。

 周囲に誰もいないことを確認して、覚えたての数え歌をこっそり歌ってみた。
なんだかうれしくなって、覚えた部分だけを何度も繰り返しながら上履きを脱ぐ。
下駄箱から靴を出そうとした時に、後ろから飛んできたのがこの言葉だった。
まるで、背中を思いきり蹴られ、階段の下に転げ落ちていくような痛みを覚えた。
「……ごめん、なさい……」
私は歌うことをやめ、どうやら無意識に浮かべていたであろう笑みも顔から足元へ転げ落ちていた。

 この時から、笑うことが苦手になった。

 クラスではすでに、仲良しグループの前身のようなものが生まれつつあった。
背が高く、上の学年に兄弟姉妹のいる子が輪の中心の片鱗を見せる。
大人社会で言えば、コネがある人がのし上がっていくといった構図だ。
その上容姿端麗、コミュニケーション能力高め、そういう“ハイスペック”な人間が統率者となるのだ。

 背も低く、一人っ子、かつ引っ込み思案の私は必然的に“その他大勢”に属すことになる。
それに、同じ保育園から一緒の小学校に上がったのは私ともう一人の男の子だけ。
加えて、小学校入学と同時に母が仕事を辞めたものだから学童保育に通うこともなかった。
所属コミュニティが極端に少なく、コネは皆無と言っても過言ではない。
完全に出遅れたわけだ。
正確に言えば、その他大勢の中でも“いるけどいない”といったポジションである。
よって、どこにも属さぬ宙ぶらりんの状態で過ごすこととなる。

 一人っ子だからか、生まれ持った性格か、
一人でいること自体は全く苦痛ではない。
むしろ一人で絵を描いたり、本を読んだりする時間が好きだ。
とは言え、当時は“一人でいること”がよしとされないムードがあった。

 例えば、皆で連れ立って行くトイレ。
授業と授業の間の五分休憩、
「一緒トイレ行こー!」コールがあちこちで上がる。
いわゆる連れションで、いかに多くの子を引き連れているかが権威の象徴となっていた。
権威を振りかざす側になれない子は、より高い権威を持つ子の取り巻きになることで自身の地位を確立することに必死だ。

 そして、トイレでは個室の中と外とで誰かしらの悪口が行ったり来たりしていた。
耳を塞ぎたくなるような言葉が飛び交い、涙を流しながら個室から出てくる子もいる。

「釜神さんって、何考えてるのかわからなくて怖いよね。」
「全然笑わないし。」
「ていうかいるのかいないのかわかんない!」
「いてもいなくてもよくない?」
「いなくていいよ! 怖いもん!」

 私のくせに笑ってはいけない、そう信じて笑顔を封印してきた。
それが今度は笑わないことを咎められる。

 この時から、愛想笑いが上手くなっていった。

 用を足したい人より、用のない人で溢れかえるトイレ。
誰が並んでいて誰が並んでいないのかを判別することも、また聞きたくもない悪口が降ってくるという二重苦を味わいたくなくて入学早々膀胱炎になった。

 おかげで、市役所のトイレに行列ができていたり、
旅先のSAサービスエリアのトイレの長蛇の列に並んだ時、
「この中で本当にトイレに用があるのはこの中の何人ほどだろう。」
と考えてしまう。

 私としては、クラスメイトはクラスメイトであってそれ以上でもそれ以下でもない。
同じ教室にいるからといってそれは果たして“友だち”と呼べるのか、甚だ疑問であった。
おおよそ六歳の子どもがここまで考えるのか、多くの大人にとっては疑問だったのだろう。
親であっても理解することはできなかったのだから。

 その証拠に、父はたまに顔を合わせたかと思えば
「友だちはできたか?」
「本を読んでばかりじゃ一人になるぞ。」
「同じクラスの子はみんな友だちなんだから……」
こんなことばかり言うのだ。
 大人になった今では、自分の子どもが孤立して悲しい思いをしているのではないかと心配する親心だったのだろうと考えられはする。
ただし、合点はいっていない。

 休み時間のたびに大盛況だったトイレは父が言うところの“みんな友だち”の弊害である。

 存在こそ地味であったが、率先して小学生特有の下品なからかいの対象になりにいくような珍しい苗字のせいで悪目立ちしていた。
「オカマなの? 女なのに?」
だの
「神様だったらみんなの願い叶えてみろよ!」
なんていうのは日常茶飯だった。

考えてみると保育園の頃を除けば、大人になるまで両親や親戚以外から「しおり」という名前で呼ばれた記憶がほとんどない。
 周りの子たちが下の名前に「ちゃん」をつけて呼び合うのが、少し羨ましかった。
散々一人で結構、といった空気を醸し出し、孤高の狼のふりをしていたが実は疎外感を感じていた。
自分だけ苗字に「さん」づけで、よそよそしくて。

 私が「しおりちゃん」と呼ばれなかったのは、同じクラスの鈴木しおりの存在が大きかったと思う。
“鈴木”というスタンダードな苗字に、明るい性格、アーモンドアイに、ほんの少し茶色がかった髪をポニーテールにまとめている。
こちらの“しおり”はみんなの人気者だ。
いつも輪の真ん中にいて、「しおりちゃん」と呼ばれていた。
それでいて、彼女だけは私を見放すことはなかった。
私がどれだけクラスメイトたちから無視されていても。

「ねえねえ、何描いてるの? 見てもいい?」
「この間読んでた本、真似して借りちゃった! 主人公がさ……」

 彼女は、あれこれ私に話しかけてくれた。
あまり人と話すことが得意ではない私も、彼女とは話すことができた。
上手く返事ができなくても、にこにこと微笑んでいてくれた。
言葉が出てこない時には、
「もしかして、この虹の先にはリボンでできたお城がある……とか?」
のように言葉にしてくれた。

 まるで超能力者みたいに、私の心の中を読み取っていく。
ただ、不思議なことに互いに名前を呼び合ったことがない。
それこそ会話の始まりは、「ねえ」とか「あのさ」だった。

 そんな日々を1年以上続けてきたある日、彼女が手紙を渡してくれた。
実は憧れていた、可愛らしいメモ紙を折り、中央にキラキラのペンで「Dear●●」と書かれたあの手紙だ。

表には、Dearしおり
裏面の右下には、fromしおり
と書かれている。

 いわゆる丸っこい文字やギャル文字ではない。
習字を習う彼女の書く字は、国語の教科書のお手本のように整っている。
その整った文字がキラキラと輝いているのがどうきも面白い。

 手紙をもらった嬉しさと相まって笑顔が溢れた。
はっとして反射的にその笑顔を消す。
キョロキョロと辺りを見回す。
笑顔になったことが周囲に知られていないか確認せずにはいられないのだ。

 机の下、腿の上でコソコソと手紙を開いてみる。

「今度からおたがいのことシオってよばない? うちらだけのよび方! どおかな? いい? ダメ? お返事まってるよ→」

 もちろん、いいに決まっている。
お手本のように綺麗な字のせいで、ギャルになりきれていないシオが少しおかしくて、ほんの少し笑ってしまう。
それでもそのキラキラ輝く文字の一つ一つが、私を持って書いてくれたものだと伝わってきてつい、指で撫でてしまった。

 あいにく私は可愛らしいメモ紙もキラキラのペンも持っていない。
自由帳を慎重にちぎり、色鉛筆でシオが好きな黄色い犬のキャラクターを描いた。
その少し不恰好なメモ紙もどきに返事を書き付ける。

「もちろんだよ!よろしくね→シオ」

 書き終えてから、メモ紙を手紙に変える折り方を知らないことに気付く。
彼女が渡してくれた手紙の折り目をたどり、同じ形にたたんでいく。
だいぶ苦戦した。
そして、やっとの思いで折り上げた。
彼女がしたように、
表には、Dearしおり
裏面の右下には、fromしおり
と書いた。

 クラスでは空気同然の私が人気者の「しおりちゃん」に手紙を渡すのを見られてはならない。
だから、私は彼女の席の横を通り過ぎるタイミングでスッと差し出した。
一か八かだった。
気づかれなければそれまでだったけれど、彼女は勘づいてくれていた。

 シオの方を小さく振り返ってみると自分の右目の下と、私の方を交互に指差している。
この時は意味がわからなかったけれどトイレの後手を洗っている時にようやくその意味がわかった。
遠目から見てもわかるくらい、右目の下がキラキラしている。
「あ……」
思わず声が漏れた。
嬉しい誤算として、その日はそのまま過ごすことにした。

 こうして私たちは互いを“シオ”と呼ぶようになった。
クラスメイトは相変わらず私を「釜神さん」と呼ぶけれど、空気扱いではなくなっていった。

 シオから手紙をもらった日、私は嬉しくて嬉しくて例の呪いの言葉・・・・・のこともすっかり忘れて鼻歌混じりにスキップしながら家に帰った。
玄関の扉が開いた瞬間、「ただいま」よりも先に
「お母さん! 今日ね、クラスのしおりちゃんから手紙もらったの!」という言葉が飛び出してきた。
自分でも驚くほど、言葉が溢れてくる。

 ひとしきり、話すと母は
「そっか、よかったね。」
と笑顔だったが、その視線は私とは全く別の方へ向いていた。
「……ごめん、なさい……」
返事はなかった。

 お互いをシオと呼び合うようになった日を境に私は少しずつクラスに馴染み始めた。
それは紛れもなく、シオのおかげだった。

 体育の授業のドッジボール。
「シオー! いけー!」
シオは自分がキャッチしたボールを私にパスしてくれた。
初めてドッジボールでボールを投げるという経験をした。
ビギナーズラックだろうか、相手チームの強いクラスメイトが私の球を取れずアウトとなった。

 前までなら私一人狙い、至近距離から強いボールをわざと顔に当てられて泣くところまでがワンセットだった。
「顔面セーフ!」
そのルールのおかげで私は外野として避難することも許されず、何度も何度も顔でボールを受け止めてきた。

「釜神さんの後ろにいれば当たらない。」
なんて私を盾にしていた子達も今では、
「しーちゃん!危ない!逃げて!」
「こっちこっち!」
と守ってくれる。
例のビギナーズラックのせいか、男子からも一目置かれるようになった。
「しーちゃん、投げてよ!」
こんな依頼までされるようになっていた。

 一方で、私を“しーちゃん”と呼ぶ人が増えるたび、
シオと呼び合う回数は減っていった。
二人でこっそり屋上手前の階段で魔法少女のごっこ遊びをすることもなくなっていった。

気づけばクラスの半数以上が私のことを“しーちゃん”と呼ぶようになっていた。
この頃から、シオの様子が変わってきた。

「ねえ、シオ……」
「……何?」
目が合わない。
「今日一緒に……」
「ごめん、無理。」
明らかに私を拒絶するようになった。

 そしてついに、その日はやってきた。
風邪気味で、鼻をかんだ私はごみ箱の前で固まった。
2年前、私が自由帳で作ったメモ紙もどきでシオに送った手紙がビリビリに破かれて捨ててある。
あの不恰好な黄色い犬のキャラクターの片目が私の方を見つめている。
不思議なもので、感情がある一定の部分を超えると涙すら出ないということを知った。
「……ごめん、なさい……」
再び、呪いの言葉が私の中に戻ってきたのだった。

 小学五年生の秋の出来事だった。
クラスメイトが開け放った窓からは金木犀の花が見えたけれど、匂いは全くわからなかった。

 この日、私はまた「釜神さん」という空気に戻った。
浅はかな自分を悔いた。
異質なものとして排除され続けた私は、多くの人に受け入れられるという経験をしてどうやら浮かれ過ぎていたようだ。
彼女は私の“寂しさ”に気づいてくれていた。
それなのに、私は……

 帰り道、道に落ちていた金木犀の花を集めた。
淡い橙色のそれは、小さくて、砂のようだった。
手に乗せても、風が吹くと飛ばされてしまう。
六時間目の終わり、秋の三時過ぎの空はもう夕方にもたれかかり始めている。
西の太陽の眩しさに細めた目から涙が溺れ落ちた。
まるで長雨のように、とめどなく溢れ続けた。

 その日から私は他人を下の名前で呼ぶことをやめた。
自分自身を守るために。

 自分が苗字で呼ばれていた時、人との間に途方もない距離を感じ寂しく思っていた。
けれどそれはある意味で心を守る手立てでもあると知った。
踏み込み過ぎて、傷つくくらいなら初めから触れ合わなければいい。
それと同時に、誰かを傷つけてしまう私は隙間のない箱の中にいなければならないと感じていた。

 だから私は、もう四年も一緒にいる同期のことすら「さん」をつけて呼んでいる。
もう二度と、傷つきたくなかった。
もう二度と、傷つけたくなかった。

「……紫織しおり!」
「しーおーりー!」
「え?」
「もー、紫織も奈々もぼーっとしちゃってさ! どうたの?」
私のフォークの先端は巻きつけ過ぎたパスタでゴロンゴロンになっている。

谷本さんも私も、心ここに在らずで美空さんの話を聞いていなかったのだ。

その後も私たち二人は、美空さんの言うようにぼーっとし続けていた。

 市役所に戻る道すがら、足元のほんの少し赤く色づいた葉を踏みつつ、
「美空」「奈々」と呼び合う二人を十歩くらい後ろから眺めていた。
その二人の関係性が羨ましくもあり、怖くもあった。
あの呪いの言葉がつきまとって離れないから。

 美空さんのスマートフォンが鳴る。
「ええ、はい。え? 急いで戻ります!」
そう言って電話を切ると、美空さんは
「一足お先に!」と、落ち葉の上を走っていった。
半分色づいた紅葉の葉がパンプスの裏に貼り付いていた。

 谷本さんと二人になった私は、途端に居心地の悪さを感じた。
おそらく、谷本さんも今同じ気持ちだと思う。
先程振り向いて向けてくれた笑顔が少し、困っていた。

 人の顔色を伺う癖が私とよく似ている。
違うところといえば、すぐに他人の心を読み取って自分の手札を引っ込めるところ。
そして、相手が有利になるように動くところ。

 私は最近、三人でいる時に谷本さんが見せる寂しげな横顔を見て見ぬふりをしている。
だから、今この二人でいる状況がとてつもなく苦しい。

 歩幅を狭めた彼女に私は追いついてしまった。
少し、間があってから谷本さんがすぅっと息を吸い込むのがわかった。

「ねえ、紫織。聞いても……いいかな?」
「……何?」
「美空のこと、前まで“島さん”って呼んでたじゃない?急に下の名前で呼ぶようになったの、何でかなって。」

やはりそうだ。
私は谷本さんを傷つけていた。
自分を守りたくて、それと同時に自分以外も守りたくて築き上げてきた壁が彼女を苦しめていた。

「……ごめん、なさい……」

つい、昔を思い出してしまう。
だめだと思いながらも涙がぼろぼろと出てくる。

「ごめん! ごめん、紫織!」

 谷本さんの心の奥底に沈んでいる、本当に言いたいことがわかってしまうから余分に痛いのだ。
でもそれを言ってしまったら私を困惑させるのではないかと気を遣ってくれている。
同時に“子どもっぽい”と思われたくないという彼女の自己保身まで見えてくる。

「……“島さん”じゃなくなったでしょ、彼女。」

これが精一杯だった。
私が導き出した最適解かつ事実でもある。

美空さんは最近結婚して、苗字が変わった。

「“島さん”じゃなくなった人のことをいつまでも“島さん”って呼ぶのも気持ち悪くて。新しい苗字だってまた変わるかもしれないって……あ、美空さんには内緒ね。新婚だし……」

余計な言葉も添えて、泣いてしまったことを帳消しにしようとする。

「ごめん紫織。あのね……」

「うん。」

私は立ち止まって、彼女の方を向き直した。
怖いけれど、真っ直ぐにその目を見る。
すると、彼女の方も私の目をしっかりと捉えている。

「寂しかった……んだよね。あ。ごめんね、こんなこと。」

彼女の心の底に沈む、私がひたすらに見ないようにしてきた思い、きっと隠し通すのだろうと思っていた言葉が彼女の口から溢れ出す。

「私、気付かないうちに紫織に何かしちゃったかなってさ。」
「違うの!それは……」

彼女は正直に話してくれた。
有刺鉄線を外すように、私は言葉を絞り出す。

「私、深く人と関わらないようにしてたんだ。裏切られた時、傷つきたくないから。苗字で呼んでたのは、私なりの予防線……」

ここまで言ってみて、違和感を覚える。
谷本さんが悲しそうな目をしている。

「あの、その……前にその、下の名前……“奈落の底の奈”って……だから、名前、あんまり好きじゃないのかな?って……」

少し間があって、谷本さんが笑い始めた。

「……ははは! やだそれ聴いてたの? それかなり前じゃない?」
「三ヶ月前の防災無線の日……」
「あの時さ、案の定来たんだよ。防災無線が何言ってんのかわかんねーよーって電話!」

谷本さんは耳の横で両手をパタパタ動かしながら、上弦の月のような目の形を作っている。

「それで、フルネーム聞かれたの! 紫織もあるでしょ? 責任の所在だかなんだか知らないけど聞き出してくるパターンの。あれ!」

こんなに熱くなっている彼女を見るのは初めてで、少し困惑する。

「なんか私のあの時イラッとしちゃって。なんかこう相手に“申し訳なかった”って思わせたくて。」

こちらが相槌を挟む余裕もないくらい、怒涛の如く話は続く。

「奈々の“奈”は……奈落の底の……“奈”……です……」

途端に恨めしそうな声で、今度は両手を胸の前でよくあるお化けのイラストのように垂らしている。

「とか言ったらちょっとは向こうも“あ、言いすぎたな”なんて思ってくれるかなって期待したんだよね。」

あっけらかんとしている。
あっけにとられていると、防災無線から何か音が流れ始めた。

うわんうわんという音に包まれる彼女と私。

鳴り響いた防災無線の後、私たちは笑い合っていた。

秋の冷たい風が、ふんわりと金木犀の香りを運んでくる。
並んで歩く私たちの上では、少しずつ銀杏の葉が色を変え始めていた。

(9320文字)



「二子玉川」シリーズ1作目。
主人公が映画を使って同期たちに復讐する話。


「二子玉川」シリーズ2作目。
1作目に登場した人物が登場する。
身を焦がすような恋をしたことがない奴が描く、気持ち悪い恋愛小説がテーマ。

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