見出し画像

オフィーリアと眠らないで──『水辺のつつじ』ep.1

「僕に幸せは似合わない。物心なんてつきたくなかった。早く、早く、全てを終わらせたかった。」

都内の大学に通う貝原瑞樹は幼少期のトラウマから人との距離の測り方に難を抱えていた。
十八歳、大学一年の夏前に同い年の学生・桐生ゆうかに出会う。
感情の波に思考と身体が追いつかない。
蘇る過去。

高熱にうなされながらも桐生ゆうかの瞳孔を観察する大学三年生になった瑞樹が語る、ひとりの青年の恋の話。

あらすじ

君は眠っている。
僕はそれを知っている。

多分、全てが終わったあと。

偽物の窓は、空も街も人も見せてはくれない。
本物の窓からは鈍い街の灯りがなだれ込んでくる。
雨を弾くこともなくぬめるように。

僕はまた失敗したんだ。

乾ききらない髪の、花の匂い。
初夏だというのに冷えた身体。

隣に横たわる呼吸はあまりに退屈だ。
筋書き通りの回数、理にかなった深さ、作為的な乱れ。
そう。
揃いの服で、同じ形に砂詰めて。
そんな枠の中で生きられるほどの器用さを持ち合わせない僕は幾度となく……

──安っぽい味噌ラーメンの匂い。
蓋を床に落とす音。
ムワッとした街全てを包む空気。

また異常な正常が幕を開けている。
だから僕はを開けることを躊躇っている。
そこに広がるのは、見てはいけない現実だから。

それでも、前髪に指をかれたなら。
ここに留め置かれた理由を見つけたくもなってしまう。
だから僕はだめなんだ。
そんな風に自分に苛立ちながらゆっくりと目を開ける。

まず、三分の一。
見えるのは、一年中出しっぱなしの万年こたつ。
ノルディック模様が暑苦しい。

半目。
脱ぎ捨てたデニム。
あれはちょっと奮発していいのを買ったのに手入れなんてしていない。
そしてあれは……アレはいいや。

「食べよ?」
近すぎて判別できない甘い声の主の顔。
それがズレると、案の定不正解の大正解的完成形が飛び込んでくる。

デザイン違いのコップにはそれぞれ氷が三つ。
表面張力ギリギリまで注がれた薄い麦茶。
それから、二人分の味噌ラーメン。
片方はラーメン鉢、もう片方は鍋のままテーブルに置かれている。
そして美しい人。
僕のヨレヨレのTシャツを着て、裾からタオル地の白いショートパンツの裾がのぞく。
髪はゆるく後ろでまとめられている。

もそもそと、冬眠から覚める蛙の如く僕は布団をどかす。

ようやく起き上がったのに、突然彼女がベッドに飛び乗ったものだから僕はバランスを崩してひっくり返った。
あっけに取られ、それはつまり、そういうことかと思って目を閉じたけれど特に何もない。
ただ、味噌ラーメンのいい匂いがしている。

「え、待って? また寝ちゃった?」
両頬を交互に軽く弾かれている。
あまりに心地よくて、このままこうしていようかという想いと、刺激された食指との狭間で右往左往していた。

すると、あの・・バンドのラストアルバムの十曲目。
終わりの二つ手前。
クリーンのギターが柔らかくて気怠いAmエーマイナーを連れてくる。

手を引かれ、起き上がる。

訳もわからないままあのデニムの上に座って、首のひしゃげたおもちゃみたいに左にかしぐぐ頭。
歌詞になぞらえたみたいに時間は流れていく。
ここは、西荻窪でもないし二階でもなく一階だけれども。

目を開けていたから、その逆さまつげで隠しきれなかった涙を見てしまった。

現実ふしあわせから逃げようとして現実しあわせすらも怖いと感じる僕には、到底これからをどうしていくかなんて考える気力もないけれど。

すっかり汁のなくなった味噌ラーメン。
僕はプール終わりの四時間目みたいな浮遊感の中、麺を手繰り寄せた。
切れ味の悪い包丁で潰された葱の細胞の辛み。
泣いているのか食べているのか、音だけではわからないくらいだって、少し面白くなった。

もうすっかり冷め切っているのにふうふうと麺を吹く息がくすぐったい。
僕の視線に気づいて「ごめん」と両手を合わせるその姿に僕は俯く。

何度でもその名を素直に呼びたくて覚えた六個のコード。
それを奏でるためだけに買ったなんのこだわりもないギター。
埃知らずのそこのギターが早く埃だらけになればいいのになあ。

「もうオフィーリアと寝るのはやめてよね。」
そう言って、咽せる彼女の背をさすろうとして少し躊躇う僕がいる。
伸ばしかけた手を掴み何故だか首に当てがった。

汗ばんでいた。
拍動は深く、そして早かった。
僕の指先より遥かに熱を持っている。

君は眠っていなかった。
僕はそれを知らないふりをした。

(続)



これは「対」になるもの。


素直に謝れる人でありたい。


童謡聴き間違えてラルクの世界に迷い込むエッセイ。


ゆきお様・作
人生の歩き方ガイドと言っても過言ではありません。
好きなラーメン、なんですか?
オフィーリアが泳ぎを体得しているかもしれない世界線。


野やぎ様に強制的に読んでいただきました(Xにてボタン押して)。
お忙しい中、ありがとうございます。
あのですね、野やぎ様の各作品へ向けられたメッセージが圧巻ですのでクリック必至でお願いします。

いいなと思ったら応援しよう!

よもぎ よもぎちゃーん! はーい! 何が好き? ポテトチップスよりも お・ぬ・し

この記事が参加している募集