鬼畜デンタルクリニック
やはり猛烈に奥歯が痛い。
「日米首脳会談は約五分遅れで開始されました。」
目の奥に嘲笑を隠したアナウンサーをぼんやり眺めながら右の顎関節あたりを親指でグイッと押し込んだ。
「いい気なもんだよ。こちとら十分前行動の十五分前行動の二十分前には待機しろって世界線にいたっちゅうのに。」
心臓が脈打つたび、奥歯もズンズンと痛む。
「そもそもが、野球観戦に現を抜かして揃いも揃って……」
痛みというものは、人を狂わせる。
「おは……よう……」
目覚ましが鳴る前に娘が起きてくる。
まだ眠そうな声だ。
「おはよう。」
意図せず語気荒めになってしまった。
「失敬、おはよう。」
改めて朝の挨拶をする。
「歯医者、行ってきなよ。」
天野は卵かけご飯をかきこみながら、穏やかに言う。
口の端に米粒を貼り付けたままこの私に指図するなど三十七年早い。
「え?お母さん、虫歯?」
若干馬鹿にしたような口調で娘が言う。
左側の前髪が晩秋のススキの如くふわふわと揺れている。
「いや。別に。」
平然を装うも、私の右手親指は依然として右顎関節をグイグイと押し込んでいる。
半ば無意識で。
だんだんと頭の方まで疼いてくる。
「歯医者、行ってきなよ。」
「お母さん、虫歯?」
まるで耳が真空パックされたかの如く脳内に二人の声がこもったまま響く。
「う……うるさい!!!」
私は叫んでいた。
というわけで、
痛みがひいたらそこは小学校でした。
「はーい、運動会の練習始めますよー!」
なんて先生の声が聞こえてしまったら困るので歯医者に行ってきた。
かかりつけの歯医者に電話した。
私「かたじけない。ドクターストップガン無視であれから三年間、猛然と酢を摂取しまくったところ、奥歯が痛過ぎるのだが本日伺ってもよろしいだろうか!」
院長「よろしいが、予約が詰まっておる。可及的速やかに来院せい。なお、相変わらず当院には『美味しんぼ』の十五巻〜二十二巻までとアンパンマンの絵本六冊しかないから何かしらの本を持ってくることを全力でおすすめする!」
さすがは半年以上先まで予約いっぱいの大人気クリニックである。
歯医者乱立エリアにおいて、我が人生の旅路よりも長きに渡り、歯科治療一筋で名を馳せている。
今時珍しく、頑なにキャンパスノートで予約管理している老舗である。
それはいいとして、
歯医者というのは、だいたい歯が痛いとか、口の中になんらかの問題を抱えた人間が集う場所であるにも関わらず、美味しそうな食べ物が登場する漫画を中途半端な巻数置いておく鬼畜ぶりが本当に面白い。
眼鏡の奥の優しい瞳のそのまた奥に、とんでもない悪意を感じる。
というわけでだ。
何かしらの本を持ってくることを全力でおすすめされたので
“奥歯が痛むと言えば”なあの小説を携え、俺はゆく。
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池井戸潤『民王』(文藝春秋)
プロローグ+全六章+エピローグ
本編P.7〜341(合計334ページ)
解説P.342〜349(合計7ページ)by村上貴史氏
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十年前、ドラマ版『民王』にどハマりしていた。
その流れで原作を読んだ。
そして今回、ドクターストップを無視した手前、本を持ってくるようにという医師の指示だけは聞いておかねばと思い鞄に突っ込んできた。
作者は、劇中で「妙なドラマ」扱いされていた『半沢直樹』でお馴染みの池井戸潤氏である。
この名前を出したからには、これを言わずにはいられないので言わせてくれ。
ディケイド潤
やめろ、仮面ライダーにするな!
でも、すっきりした!
で、ドラマ版は遠藤憲一さんと菅田将暉さんのダブル主演だ。
何だ、多面ライダーWじゃん。
お前の罪を数えろ!
否、俺は俺の罪を数える!
罪①読書感想文を書こうとして前置きが長過ぎる
罪②池井戸潤氏を仮面ライダーにした
罪③『民王』の話なのにまた仮面ライダーの話をした
罪④勝手に自分の罪を数え始めた
以上!
でもって、活字と犬猿の仲である私よりも皆さまの方がご存知かもしれないが
小説版『民王』は簡単に言うと、
総理大臣である父と不良大学生の息子が入れ替わる、手汗滝汗垂れ流し、ドキドキハラハラ“政治小説”である。
物語の中で総理大臣かつ父である武藤泰山は奥歯の痛みに悩まされる。
虫歯かと思いきや、痛みの正体は左上顎第三臼歯こと親知らず。
でもって公務の合間を縫って歯医者で抜歯してもらうも国会答弁中に激痛。
意識を失い、大学生の不良息子との入れ替わる。
……なんとこの時、親知らずを抜いてもぬけの殻になった歯茎に自爆式の変なチップを埋め込まれるという憂き目に遭う。
で、入れ替わった先の息子の身体はというとクラブで若者同士の喧嘩に巻き込まれていたものだからさあ大変!
どうする、総理!
一方の息子・武藤翔はクラブでエリカちゃんっていうセクシー美女と口論中。
「バカ丸出し?その言葉はそっくりあなたにお返しするわ。二回も留年して週刊誌に載ったのは誰?」(P.44L15)
なんて言われて黙っている翔ではない。
なんやらかんやらで
「うるせえっ!」と立ち上がったとほぼ時を同じくして意識を失う。
次に目を開けた時は扇状に広がる議場の中央だった。
そんな彼もまた、親知らずを抜いた後の穴に自爆式の変なチップを埋め込まれている。
──先程私が“痛みがひいたらそこは小学校でした”という事態を避けたかった申し上げたのにはこういう理由がある。
『民王』の如く今自分の子どもと入れ替わった場合、
運動会の練習とか、行事係とか、漢字テストとか、一輪車と竹馬上手に乗れないと怪しまれるなどの問題が発生して非常に困ってしまう。
そもそも子ども同士のケンカになどもう巻き込まれたくもない。
足は遅いし、協調性皆無なので係の仕事なんかできやしないし、漢字はド忘れしているし、一輪車も竹馬も乗れた試しがない。
ケンカだって百戦錬磨とは対極の全戦惨敗なのだから。
一方の娘は、この体感二百キログラムはあるこの身体に入り込んじまったら困惑するだろうよ。
加えて鼻詰まり、奥歯激痛ときたらたまったものではないだろう。
ドラマ版では不良大学生ではなく
“いつも女子とキャーキャーつるんでる女子力男子”と評されている翔である。
原作とドラマの差も面白い。
ところで、私は政治にめっぽう弱い。
「一体、あんたの地図には一丁目一番地がいくつあるんだ!」(これはドラマ版『民王』の影響)
と言いたいが為にちょっとがんばって国会中継なんかを観ようとしても、
画面の中の政治家よりも早く眠りに落ちるくらいには弱い。
国会中継や政治ニュースは私にとってはリスペリドンなんかより、よっぽど即効性のある睡眠薬なのだ。
そんな私が嬉々として読み切ってしまった『民王』。
何かっていうとテレビもSNSも新総理誕生ででお祭り騒ぎ。
でも、正直「ついていけねえわ」って悪態ついてるそこの同志よ!
マジでこれ、読んでみてくれ。
台詞パートはまさにリズム感の良過ぎるキャッチボール。
しかし、時折とんでもないあらぬ方向に球が飛んでいく。
それを地の文が盛大に煽る。
という構造。
居眠りする暇もないですぞ。
読み始めると息つぎのタイミングを失いがちなので、
こうした事態をカイサケする為にも…
────回避!
休憩を挟みながら読むことをおすすめする。
【「漢字の読めない総理大臣」による名読み間違い】
「──ミゾユーの危機にジカメンいたしており、景気は著しくそのテイマイしておるところでございます」(P.101L6)
「──建設など、一部の業界においては大型倒産がハンザツし、製造業においては、急激な受注減によるハヤリ労働者切りの問題が──」(P.101L14)
「──ワカオキしておりまして、こうした事態をカイサケするため」(P.102L4)
「──経済対策をフシュウした積極的な景気刺激策を講じてまいるトコロアリです」(P.102L11)
と、こんな具合に漢字の読み間違えが愉快に登場いたします。
こちらはご存じ、某マフィア風の元総理大臣がモチーフの台詞である。
最近もそのマフィアスマイルが結構な頻度で公共の電波に乗って縦横無尽に広がっておられる。
あの時代を生きた方々は
「あったね!あったあった!」とバッチンバッチン手を叩きながらノスタルジーに浸って
ミゾユーの読み間違いのしみしみフレンチトーストになること間違いなし!
しかも、ドラマ版では総理の女性問題に関して息子が
「(自分は)お父さんとは違うんです」
と言い放つシーンがあるのだが
これは推定某親子二代で総理大臣を務めた方の辞任会見のフレーズを元にしているのだろう。
あの時代、まだ生を受けていなかった方や、異国の地で通信手段を断たれていた方にとってはとても新鮮な「そうは読まんだろ!」とミゾユーの読み間違いにジカメンしてつっこみを入れまくることうけあいなのだ。
「事実は小説よりも奇なり」をも覆してくるとんでもない“奇”が『民王』である。
事実の中の“奇”を集めて、虚構の奇に突っ込んで煮詰めて完成した小説と言っても過言ではない!
ひたすらに「奇」!
なお、八百円の牡蠣天を恩に着せるゴキブリみたいな政治家・蔵本をドラマ版で演じたのは草刈正雄氏である。
……そんな優雅なゴキブリ、前代未聞なのだが!
そこのキャスティングはそれでよかったのか?!
こうして私は次回予約をキャンパスノートに書き込んできた!
なんか、毎回思う。
自分で自分の名前をデスノートに書いている気持ちになる!
「俺、歯が溶けて脂肪死亡」
案の定、酸蝕歯+う歯がハンザツしており、何回かに分けて治療することになった。
やはり、何でもかんでも酢をかけまくっていると妖怪歯溶け婆をカイサケすることは難しいそうだ。
なお、武藤泰山とは違って俺の口腔内に親知らずはない!
十九歳の時に全抜きした!
この歯医者で!
だから、穴ももうない!
よって、変な自爆式チップを埋め込まれる心配もな……
いや待てよ。
あの時に埋め込まれていたとしたら……?
帰宅した娘、ぐらついていた奥歯が抜けたと玄関で掲げている。
「まず、ただいま、でしょ?それからそれ、持ったまんま信号渡ってきたわけ?!
そう声を荒げた次の瞬間────
「痛ェ……」
私の奥歯が再び痛み出す。
頭までズキズキとしてきた。
次に目を開けた時……
私はまた、ニュースを観ている。
「米国大統領が、韓国へ向け専用機で出発しました」
やれやれ顔のアナウンサーが淡々と原稿を読んでいる。
奥歯が一回、ズン、と痛んだ。
というわけで、読んだ。
活字をとっ捕まえてやったぜ!
なお、「漢字が読めない総理大臣」で大笑いしていたが、ワタクシとて人のことは言えない。
P.70の三行目に「誰何」という言葉が出てくる。
思いっきり、「だれなに」って読んだ!
本当は「すいか」なのに、だ。
【誰何】
〘 名詞 〙
① だれであるか姓名の不明なこと。何人。
② ( ━する ) 声をかけて名を問いただすこと。
人を呼びとがめること。
今、これほどまでに自分が総理大臣でなくて良かったと思った瞬間はない。
言い間違えても、屁こいても、トイレ詰まらせてもニュースにならないからな。
まあアレだな、今後も読める本は読んでみようというトコロアリだ。
────所存!!
↑
総理大臣のふりをした時の記事。
↑
人生初、中身を読んで書いた読書感想文。
◽︎TELASA(テラサ)
「民王」
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よもぎちゃーん!
はーい!
何が好き?
ポテトチップスよりも
お・ぬ・し