『殴り殴られ詩人酒場』ep.88「分け合えば星屑」
「ほれ。」
「出た。」
「出たって、出たってなんだい。バケモンでねェんだぞ?」
大ちゃんは鞄から白っぽい無垢の木箱を取り出すと、勿体ぶりつつ中身を引き出した。
「毳にざらめ喰わすのやめてくんねェかな。」
「へへ……夜のお客に餌撒いてんだ。」
「間に合ってるよ。」
「朔ちゃん……おめェ、やっぱりスケコマシでねェか!」
「Nein, auf keinen Fall!」
「うわ、面倒臭ェ……草介、これが東京だど……」
「Nein, auf keinen Fall。Keine Ahnung。」
「草介……おめェまで……」
俺は万年筆を置いて、ウウンと身体を伸ばした。
大ちゃんはいつも通りに俺の脇腹をつつき、俺はいつも通りに笑い、草介君は初めて見るいつも通りにおっかなびっくり触れていた。
大ちゃんは筆立から紙切小刀を引き抜くと、当然の如く切り分け始めた。
「大ちゃん。 いつも言ってっけど、それ、そんな綺麗でねェかんな。」
「これだからいいんでねェか。もうこれでなかったら切れる気がしねェよ。」
俺は散らばるざらめを摘んでちり紙にくるんだ。
「それにしたってずいぶんと器用にやるもんだね。」
俺はやたらと大きな一切れを摘み上げ、木箱の上に残る二切れを見遣った。
「兄ちゃん、これだけは上手いんです。がきン時から。」
草介君の「五」の襟章が肩に触れる。
「だけ……?」
「地獄耳も変わんねェな。」
「おお。だけってんなら草介、おめェもやってみたらどうだい?」
「だども兄ちゃんが切っちまっでねェか!」
「んだよ、減らず口が! かわいくねェ……」
再びの鬩牆の予感に、俺は二人の間に割り入った。
木箱の上には、尖端を鈍光りさせる小刀と横たわっている。
鎹型に曲げた俺の腕がひしゃげかけた時のことだった。
「兄ちゃん!」
甲高い声がぴしりと響き、襖が流星の如く鋭く滑った。
この呼び声に真っ先に顔を上げたのは大ちゃんであった。
しかし声は大ちゃんを素通りし、俺の膝に飛び乗った。
「お、ユリ子。本当に来たんだな。」
「なに、寝ぼけたことおっしゃって……いやね、今朝だって一緒に朝ごはん食べましたでしょう? おトーストに、なめこのお味噌汁に……」
歯根のむずつくような献立に俺は下瞼の引き攣りを覚えた。
「あら、どうなすったの?」
ユリ子は徐に震えに指を当てる。
湿り気のある温い指だった。
「大事ないさ。」
「そ? ならいいのだけど。」
ユリ子は俺に背を向ける形に座り直した。
着物と揃いの朱の絹紐が右耳の側へ垂れ揺れる。
「あら、あなた。これ、どうしたの?」
「社のお偉いさんにもらったんだ。ほれ、ひとくちどうだい?」
そこへ、尤もらしい咳払いが割り込んできた。
「上原君はそれはそれは優秀でね。」
大ちゃんは透明な顎髭を撫でつけている。
「それにしても上原君、君はまたずいぶんと幸せ者だね。こんなに素敵なお嫁さんをもらって。」
「あら、お上手だこと。そんなに褒めたって、なにも出なくってよ。」
どこで覚えてくるのやら。
菓子屑だらけの、いかにも子どもらしい口元から発せられる不釣合いの台詞に、俺はたじろいだ。
それは草介君も同じだったらしく、口を半開いたまま硬直していた。
そんなことには構いなく、ユリ子は頬をもごつかせている。
「ねえ。」
「ん?」
「これ、なに?」
「これ?」
「うん。このおいしいの、なに?」
俺たちは顔を見合わせ、密やかに笑った。
殊に草介君は脱力して天井を──天を仰いでしまっている。
「ほれ、こっちも食え! な。」
まだ一切れ、食い切ってもないというのに大ちゃんは自分の分までユリ子に差し出した。
「あ、ユリ子だけ! ずるい!」
ユリ子が突然立ち上がった。
途端に脚がびりびりと痺れ始めた。
俺は呻めき、喘ぎ、悶えた。
子どもらの騒ぐ声が遠ざかる。
──どうぞ。
騒がしい中に、なぜか際立つぼそりと低い声。
草介君の隣に、男の子がちょこんと座っている。
昨日、散々蠅になって飛んでいた一番小さな子だ。
この狭い室の中の最たる大と小とがぴったりと隣り合っているのがあまりに可笑しくて俺は釘打たれたように見入ってしまった。
草介君が自分の分をまるっきり全部差し出すと、最たる小の少年はそれを半分に割った。
わずかに大きく割れたのを、最たる大の草介君へ差し出した。
草介は首を横に振る。
それでも少年は譲らない。
草介君は、少年の反対の手にある方を指さした。
少年は首を横に振る。
根負けした草介君は大きな方を受け取ると、またそれを半分に割り、わずかに大きいと思しき方を差し出した。
そんなことを繰り返していくうちに、あの大きかった一切れは星屑の如く小さくなった。
「草介、おめェ……カステイラ、かすにする馬鹿どこにいんだよ!」
そう言って弟を小突く大ちゃんの瞳は笑っていた。
「あら、あなた──」
ユリ子が丸めたちり紙を屑籠めがけて放った。
それは畳の上に転がった。
雪に弾かれた陽の光は、無精した窓硝子に角を撫でられ柔らに差し込む。
転げた紙玉は光を浴び、刻が嵩むごとにほどけていく。
ユリ子の振り上げた人差し指に子どもたちが群がった。
「お、なんだいなんだい?」
大ちゃんも群れに混じった。
草介君も、照れくさそうに兄に続いた。
俺は座り直す。
では、始めましょうか──
俺は目を閉じ、大きく息を吸った。
時計の秒針の足音が、やたらに大きく響いていた。
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ゆきお様・解説
なぜ星屑?
あらやだ、ファンタジー?
いいえ、違います。
全貌はここに。
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はーい!
何が好き?
ポテトチップスよりも
お・ぬ・し