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寺、カチコミ未遂事件

昔は寝も食も忘れがちだったが、
ここのところ「寝」は忘れても「食」は忘れないものだから順調に増量している。

それに伴い、財布は順調に減量している。
そのストイックさときたら、プロボクサー顔負けである。

おい!
あんたは減量しなくていいんだよ!
という我が言葉は、ただ虚しく台所に響いておるよ…

もはや、お一人様でもお二人様でもなく、
「お太り様」である。

ところで、先日
我が街が一瞬目黒区と化していたことをここに報告する。

というのも、
近所のパリピ一族が外で秋刀魚を焼きまくっていたのだ。

私は、その匂いでご飯三杯かっ喰らいました。

それはそれはもう、ご近所総出でみなさまご飯茶碗片手にパリピハウスを囲み米を食う。
ラジカセじゃなく、炊飯器担いでぶち上がって……

それは言い過ぎだな。

実際には、手ぶらで呆然とその光景を眺めているご近所さんたちと、ヘフヘフペロリと舌なめずりしながらしっぽをワッサワッサと振るラブラドール、そしてBGMは炊飯器のピピピピッではなくORANGE RANGEのロコローションでした。

しかも私が食べたのは茶碗一杯分のご飯である。

はい。
序盤、盛り過ぎました。
ご飯も話も盛り過ぎ注意。

でもな、もりもりという擬音をつけたくなるくらいにはいい食べっぷりだったと思う。

しかも、気持ちとしては、丼飯どんぶりめし十杯はいけそうなくらい良い匂いがしていたな!

それにしても一瞬でも目黒区在住気分を味わえたのはなかなかによかったのではないだろうか。
マダムじゃん、オホホホホホとかなんとか思っちまったよ。
でも、思いっきり都下である。
どう足掻いても目黒にはなれないので、白目むいてひっくり返った。

ところで、皆さまも一度は言ったことがあるのではないだろうか?

うなぎ屋の前で、こんがりとした甘辛い匂いを嗅ぎ、
「この匂いでご飯無限に食えそう……」
とか、
定食屋で、もう自分の分は食べきっているにも関わらず隣の席の人が食べ始めた回鍋肉の匂いに釣られて、
「ご飯大盛りもう一杯いけるな。」
とか。

とりあえずこれを、

「●●の匂いでご飯X杯食える」構文

と名付けよう。

だから今回の我が行動をこの構文に当てはめると、

「パリピ一族の焼く秋刀魚の匂いでご飯三杯食える」

うそぶいて、実際には

「パリピ一族の焼く秋刀魚の匂いでご飯一杯食った」

けれど、

「パリピ一族の焼く秋刀魚の匂いでご飯十杯食える」

ような気がする、朧げに。

となる。

ええと……テストには……
出ない。

でだ。
よくよく考えてみると、これはある意味で
生死の境をさまよっている……ないし、
「生」と「死」を司っているということになるのではないか?
と突然悟りをひらいてしまいました故、近所の寺にカチコミそうになった。

が、思いとどまった。
えらいぞ、褒めてくれ。

具体的にどんな悟りをひらいちまったのか語らせてくれ。

いわゆる、“お茶碗に盛られたご飯(物理的なモノ)”は現実を生きる我々が口から胃に送り込むじゃろ?

だがしかしだ。
死んだら、現在の日本では焼かれて口どころか骨だけにされた挙句壺にガラガラ詰め込まれて、挙句石の下にしまい込まれる。
とてもではないが、物理的な飯は食えん。

……死人に口無しってそういうことか?
いいえ、違います。

それはいいとして、ならば、
死んだ後の飯はどうしてるかといえば
香食こうじき」と言って、香り、要は匂いを食らうんだと。

香食こうじき
お線香や抹香といった「香」を亡くなられた方が浄土で食すという考え方。
故人となった人には香りが最も上等な食べ物とされたり、香りにより清められるという考え方に由来する。
宗旨宗派によっては四十九日の間の故人の旅路に際し、香を食事とするため、四十九日の間はお線香を絶やさぬようにする。

美郷石材

簡単に言えば、死んだ後は
老舗料亭「浄土」で超高級食材「線香のかほり」をかっ喰らうってとこだな。

つまり、

「●●の匂いでご飯X杯食える」

「死後のお食事、しかも超高級食材“線香のかほり”をチェイサーに
現世飯“炊き立てご飯”を食べる」

ということである。

よって、「生」と「死」とを並行してこなしていると言えるわけである。

pardonはあ?の極みである。

いや、あの、すまない。
ガキの頃から気になり続けていたのだよ。

幼少期、祖母の家に行くと決まって小皿に盛られた炊き立てほかほかご飯を仏壇まで運ぶのは私の仕事であった。
要は死人専属配膳係である。

配膳が終わると、祖母がもうもうと線香焚き始める。

炊き立てご飯のスチームと線香のスモークと般若心経とでぶち上がる仏壇。
だんだん遺影の祖父の眼鏡がグラサンに見えてくるし、大真面目なオールバック的な髪型も金髪のロン毛さながらDJ KOO氏に見えてくる。

この状態を、あの「●●の匂いでご飯X杯食える」構文に当てはめるならば
「線香の匂いでご飯小皿一杯分食える」わけだが、
俺が生まれた時点で“おじいはすでに死んでいる”だったので
「線香の匂い死後飯と、ご飯の匂い死後飯を食っている」が正解。

まさにファンタジーふぁんた爺

さらっと書いたが、匂い=死後飯なのだよ。

要はさ、祖父が食ってたのは
線香丼ないし、線香ふりかけご飯、
もしくは線香の匂いをチェイサーに米ってことだ。

試しに線香をもうもうと焚きながら米食べようとしたが、ものの見事に食欲減退した。

あれ、これなら寝食の「食」を忘れられるのではないか?
これ以上の身体の肥大化を防げるのではないか?

……どんなダイエット法なんだ。
「死後飯メソッド」とかか?
流行るか?
胡散臭えダイエット法で一儲けしちゃうのか、俺!

そうだな、
「一ヶ月でマイナス十キロ!線香焚いても米炊くな!」
でどうだ?

だめに決まっておろう!

健康は、バランスの良い食事と適度な運動、そして睡眠うんぬんかんぬんである。

否。

パリピ一族があの位置に住んでいる限り、我が肥大化はとどまることを知らぬまま突き進むだろうよ。

だって、奴らはとにかく焼くのが好きらしくて何でもかんでも焼いては誘惑のスモークをフロア…じゃなかった、市内にぶちまける。

ことあるごとに自宅庭でBBQと称し肉を焼き、浜もないのに浜焼きをし、目黒区のふりをして秋刀魚を焼くのだ。

しかも、家族全員一年中真っ黒に日焼けしている。
慎吾ママのおはロックの登場人物だけでは語りきれない人数が真っ黒焦げ。
一家総出で焼けている。
一人残らず焼けている。
なんなら集まってきている友人ももれなく焼けている。
お隣さんは、焼けていない。

「カンカンカンカン晩餐館 焼肉焼いても家焼くな」
という、平成一桁ガチアラサーぶっ刺さり注意喚起を全力でしておく。
もちろん、心の中で。

あまりにもキレと後味が悪いので、
企んでみる。

丑三つ時にシャインマスカットを食おうかと、企んでみる。

こうして俺の、「食」に対する勇猛果敢なる挑戦は続くのであった。


勇猛果敢な「食欲の秋」戦記です。


◽︎美郷石材
「香食」


◽︎晩餐館

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