🔶【21話】天上の楽園・イルカの海(サチ)
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びちょびちょの服のまま、並んでユウちゃんとコテージに戻った。裏庭のシャワーはサッちゃんに譲るよと、彼は部屋のバスルームに消えていった。
お日様の下で浴びるシャワーは、やっぱり最高に気持ち良い。
ぱちゃぱちゃと、水飛沫が身体に跳ねる。ほんの少し陽射しにさらされただけなのに、既に火照った肌をぬるいシャワーで冷やすように浴びる。

あれ? なぁに、これ……。信じられない。
絵を描いている時、幻想とまではいかなくても、あたしは頭の中がメルヘンな世界に入り込む癖がある。仕事は終わらせてきたはず。でも……あたし、今まだ物語の中にいるんだっけ?
目をパチパチして深呼吸し、再び目の前の現実を凝視する。シャワーの水飛沫が南国の日差しに照らされて、小さな小さな虹を作っていた。
「ユッ……ユウちゃんっ!」
ガタッガタッ! 室内の方から物音がしたかと思うと、あたしのいる裏庭の扉がノックされた。
「どっ……どうしたの? サッちゃん、何かあった?」
慌てた声。あ、あたし裸だった。
今更に気付き、脇に置いてあったバスローブを羽織ると、カチッと裏庭の扉を開く。
「見てっ、ほら、シャワーの水飛沫で虹が出来てるの」
細く開いたドアの隙間から、ユウちゃんはこちらを覗き込んでいる。
ね、すごいよね。ん? そんな隙間からよく見えるのかな。
ガチャッ。ドアを大きく開け放つ。
「さっさっさっちゃんっ」
ユウちゃんが、慌てた様子で一歩退く。
あ……。上半身が裸で腰巻のようにバスタオルをまとった姿。あたしの声に慌てて、部屋のバスルームを飛び出して来たに違いない。まだシャワー浴びてたんだ。
ユウちゃんの髪から落ちたしずくが、するすると身体を滑り落ちていく。無意識に肩のホクロを目で追っていた。しずくに濡れたそのホクロは、不思議と妙に色っぽく見えた。
やだ、あたしったら。裸の彼を呼びつけたりして何やってるんだろう。
「サッちゃん」
ユウちゃんに呼びかけられているというのに、視線があちこちに泳いでしまう。
「本当だ。綺麗だね」
優しい声色に、はっと顔を上げる。照れくさそうに微笑むユウちゃんの顔があった。
今更になって意識しちゃうよ。あたしだって二十三歳、いい大人なのだ。
男の人と二人きりで一週間。しかも、こんな場所。何も考えない方がおかしい。
ちゃんとそういう経験だってある。
数年前には彼氏もいた。
ただ、別れた理由っていうのが、あの最中にこそばゆくて笑い出してしまったという、いわくつきの特異体質。
急に押し黙ったあたしに、ユウちゃんは違和感を持ったみたいだ。どうしたの? という眼差しを投げかけてくる。
ううん。
誤魔化すように笑ってみせて再び小さな虹に視線を戻す。小さすぎて七色とまで見分けができないけれど、やっぱりそこには虹があった。
ちょっとだけ緊張していた身体から、すとんと力が抜ける。
……ユウちゃんとなら大丈夫。そう思ったら、なんだかゆったりとくつろいだ気分になれた。
水着に着がえて、ドーニに向かう。藍色の腰巻をした三人のボートクルーが人懐こい笑顔で迎えてくれた。アダムは深緑の腰巻だから、役割で色分けされているのだろうか。
「ちょっとだけ近場を一周してみようかだって」
ユウちゃんが、アダムの台詞を同時通訳してくれる。
確かイギリスに行った時も、ナオがこんなふうにしてくれていたっけ。帰国したら英会話を習おうと思ったのに、その決意は一日ももたなかった。
「どうする? サッちゃん」
ユウちゃんがそう問いかけてくる。遠目で見るのとは違い、目の前に浮かぶドーニは思ったより素朴な船だった。映画なんかでよく見るクルーザーなんかとは違う、木を組み合わせた作り。
けれども蒼い空と海に映える真っ白い帆が、この南国には相応しく見える。
「うん、ちょっと乗ってみたいな」
クルーがドーニを引き寄せると、あたし達を船に乗せてくれた。扉を開け船内を案内される。思ったより中は広々としていて、ちょっと驚かされた。
キングサイズのベッドに、クッションが並ぶソファー。小さなキッチンには、シックな赤い冷蔵庫が置かれている。壁一面に連なる窓からは、外からの陽射しが惜しみなく室内へ降り注いでいた。
キャビンを出ると、今度は船上を案内してくれる。タープが張られた日陰には、クッションというには大きすぎる、ふかふかのサンベッドが並んでいる。
ここで、潮風を受けながら、のんびりと通り過ぎていく島々を眺められるのだろう。

アダムがテーブルに色鮮やかな南国のフルーツを運んできてくれる。
マイドーニ。この船が二人だけのために動くのだなんて、未だに信じられない。
“好きな時に好きな物を好きな場所で二十四時間、全てリクエストに答えてくれるらしい”
あぁ、どうしよう。また走り出したい気分だ。わくわくが止まらないよ。
ザッザンッ……。
まるであたしの気持ちを代弁するかのようにドーニは海を滑り出した。潮風を受けて膨らむ白い帆がバタバタとはためく。わぁ、すごいすごいっ。先端で海水を掻き分ける船首をのぞき込む。水飛沫が船上まで跳ね上がってくる。

すっとユウちゃんの手があたしの背後から伸びてきた。長い両腕があたしの身体をすっぽりと挟み、船のへりを掴む手の上にユウちゃんの指が重ねられる。
「嘘みたいだ、サッちゃんとここにいるのが」
肩越しに耳元で囁かれる。
「幸せすぎて、俺、胸がいっぱい」
ユウちゃんは独り言のようにぽつりと言うと、洗いざらしのあたしの髪にそっと唇を寄せた。
どうして? どうしてあたしなんだろう。
あたし、なぁんにもユウちゃんに与えられるモノなんて持っていないのに。約束破ってちゃっかり禁断の映画を見ちゃったり、お料理だって食べるの専門だし、気の利いた事も言えないし、鈍くさくて色気もないよ?
それに、こんな状況でドキドキしながらも、ユウちゃんの息がこそばいなんて笑いを堪えている特異体質。
あたしなんかでいいの?
ヒロ……。
今ここに彼ではなく、あたしがいる理由は、異性だったから。ただ、それだけな気がする。
もちろん、あたしから伝えることじゃない。それはわかっている。だけど、ユウちゃんだけがヒロの想いに気づいていないなんて……。
ん? あれっ。船体と並ぶように海面を流れていく影が複数。
「ドルフィンッ」
「すげっ、イルカだってサッちゃん」
アダムと同時通訳のユウちゃんの叫び声。
ドルフィンくらいはわかるよ、うん。
……えっ、本当に? ドルフィン?
「わぁぁっ、すごいっ。きゃぁぁ〜可愛い」

身を乗り出したら、ぎゅってユウちゃんに支えられた。
「あんまり覗き込んだら、海に落ちちゃうよ」
ユウちゃんが作る腕の空間。ゆとりがあるくせに危ない時には、柔らかく心地良くあたしを包み込む。照れくさくて振り向く事が出来ない。だから、そっと背中を寄せてみた。
水着の上に羽織ったユウちゃんのパーカーは前をはだけたまま。背中越しに彼の体温を感じる。ゆっくりともたれて瞼を閉じると、とくとくと刻まれる鼓動さえ伝わってきた。
ずるい女だ、あたしは。
ついさっきまでヒロの気持ちに気付いていないユウちゃんを手に入れるのは、フェアじゃないなんて、いい子ぶっていた癖に。彼の腕の中にいると、どこかで知らないままでいて欲しいなんて願っている自分がいる。
真っすぐに注がれる眼差しが、流れていかないで
――そんなずるい気持ちを知ってしまった。
ユウちゃん、どうしてだろう、幸せなのに胸が痛いよ?
ちくん。ちくん。
あの時、指に触れたバラの刺が、胸の奥深くに埋め込まれたかのようだ。それは不意打ちに、あたしの心を小さく突き刺しながら震えてみせる。
遊んでっ遊んでっ。
そんなイルカの鳴声が聞こえたのは錯覚だろうか。海面すれすれを並んで泳ぐイルカ達が、数日前、公園でボールを一心に追いかけていたカナと重なる。ふふっと笑ってしまった。
ユウちゃんが元気に跳ねるイルカを指さす。
二人の笑い声が重なる。
お日様が眩しい。
ユウちゃんの腕の中が心地良い。
胸の奥からひたひたと温かいものがあふれてくる。
ユウちゃん、あたしを見つけ出してくれてありがとう。
心の中でそう呟きながらも、気恥ずかしくてやっぱり口には出来ない。
今はただ、この心地良い時間に身を任せよう。
だって、ほら、クリスタルラグーンに抱かれた贅沢なバカンス。
楽園の風が、どこまでも優しく二人を包んでくれる。
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🌺海や島の画像は実際のモルディブの写真です。二人のバカンスは美しい写真もあわせてお楽しみください。
★船(マイドーニ)だけは資料からAI画像生成いたしました。
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