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絶望の淵で私を救った羅針盤「Wild & Wise」|PR型水平思考のすすめ #序章

切望の淵で私を救った羅針盤「Wild & Wise」。今回は、ビジネスパーソンや、逆境に立つすべての人へ、しぶとく、賢く、生き抜くための水平思考について、紹介します。
(2026.08.08改訂)


「もう、すべてを投げ出してしまいたい」

そんな夜もあります。

積み上げてきた実績。守り続けてきた信頼。必死に保ってきた自分自身のプライド。それらが、理不尽な逆境によって、音を立てて崩れていくように感じる、突然の瞬間。

「もうだめだ」
「ここまでかもしれない」

私にも、そんな夜が何度かありました。

仕事で、思いが届かなかったとき。
信じていたものが、突如崩れたり、
信じていたひとに、あっけなく裏切られたとき。
大切にしてきた実績や関係が、
理不尽な力で押し流されそうになったとき。

そんなとき、私たちの心に浮かぶのは「逃避」か「諦め」の二文字です。

逃げるのか。諦めて、笑ってごまかすのか。
それとも、もう一度だけ立ち上がるのか…



「外れるのはカズ、三浦知良」

絶望の淵に立たされたそんな夜、
私の頭をよぎるのは、ある一人の男の姿です。

三浦知良選手。

1998年、フランス。
サッカー・ワールドカップ直前。
日本中が、初めてのW杯出場に沸いていたあのとき。
その中心にいるはずだった男が、代表から外されました。

「外れるのはカズ、三浦知良」。

強烈に覚えています。
あの残酷な宣告を、彼はどんな思いで聞いたのか。どれほどの悔しさと怒り、そして絶望が胸をえぐったのか。想像するだけで、息が詰まります。

夢だったワールドカップ。
日本サッカーを牽引し続けてきた時間。
背負ってきた期待と積み上げてきた誇り。
そのすべてが、直前で断ち切られた。

普通なら、壊れてもおかしくない。怒りに任せてもおかしくない。
何もかも投げ出しても、誰も責められない。
けれど、カズはサッカーを捨てませんでした。

自分を憐れむことに沈み込まず、誰かを呪うだけの人生にも、過去の栄光の中だけに生きることもせず、ただ静かに、しぶとく、フィールドに立ち続けることを選んだ。

その姿に、何度も何度も救われてきました。

理不尽な宣告に対して『ふざけるな』と叫びたい本能(Wild)を殺さず、一方でそれを破壊的な怒りに任せるのではなく、『どう生き延び、次の一歩を踏み出すか』という冷徹な戦略(Wise)へと統合する。カズの背中は、その過酷な往復運動を私たちに見せてくれています。

絶望の底で、人はどう生きるのか。
この三浦知良選手の姿こそが、私の座右の銘である「Wild & Wise(野性的で賢明な)」の体現なのです。

絶望の淵に立たされた時、あるビジネスパートナーから渡された日経新聞の切り抜きは、常時携帯するお守りになっています。(20260808更新)



Wild & Wise:マリオン・ウッドマンが説いた「野生」の回復

野性的で、賢明であること。

ただ荒々しいだけではない。ただ賢く収まるだけでもない。自分の中に湧き上がる怒り、悔しさ、違和感、衝動を殺さないこと。
けれど、それをそのままぶつけて壊すのではなく、現実の中で生き延びる知恵へと変えていくこと。

それが、私にとっての Wild & Wiseです。

この言葉の源流の一つは、20世紀後半に活躍したユング派分析家、マリオン・ウッドマンの哲学(注釈1)にあります。

彼女は、現代社会が求める「洗練された、お利口な自分(Wise)」という仮面の下で、私たちが置き去りにしてきた「本能的な生命力(Wild)」を統合することの重要性を説きました。

  • Wild(野性)とは、生命の声を失わないこと。「おかしい」と感じる力、「このままでは嫌だ」「まだ終わってない」と言える力。

  • Wise(知恵)とは、その声を現実に届く形へ変える知恵。怒りを破壊ではなく「問い」へ、悔しさを「次の一歩」へ変える力。

野性の低音と、知性の高音。
その二つが同時に鳴るとき、人はただ耐えるのではなく、もう一度、前へ進めるのです。



垂直に掘り、水平に飛ぶ

ここで、私たちが日常の仕事や逆境で使う「思考」についても触れておかなければなりません。Wild & Wiseを実践するとは、言い換えれば、「垂直思考」と「水平思考」を自在に往復することでもあります。

「垂直思考(Vertical Thinking)」とは、論理を積み上げ、正解を深掘りしていく力です。AならばB、BならばCという筋道を立てるこの思考は、まさに「Wise」の領域。組織を動かし、実績を積み上げるためには不可欠な武器です。しかし、垂直思考だけに頼ると、私たちは「掘り進めた穴」の中から出られなくなります。出口が見えない。光が差さない。息が詰まる。

そこで必要になるのが、「水平思考(Lateral Thinking)」です。既成概念を疑い、横へ、外へと視点をずらす力。これは、既存のルールに縛られない「Wild」の領域に属します。
「そもそも、この穴を掘る必要はあるのか」
「隣に、別の入口があるのではないか」
「この失敗は、別の物語の序章にできないか」

絶望に落ちたとき、
垂直思考は原因を探します。
水平思考は、意味を変えます。

この二つは、どちらか一方では足りません。
賢く垂直に掘り進めながら、野性的に水平へ飛び移る。
その往復運動こそが、袋小路に陥った現状を突破するための鍵なのだと思います。



2014年、京都大学が窓を開けた理由

この思考の往復運動を、日本の知性の最前線で掲げたのが、霊長類学者であり京都大学元総長の山極壽一氏です。

今から12年前となる2014年、山極氏は「WINDOW構想」という大学改革の指針を打ち出しました。その筆頭に掲げられたのが「Wild & Wise」です。当時、この言葉は「京大精神の再定義」として、多くの学生や研究者に衝撃を与えました。京都大学の資料では、Wild & Wise は「野生的で賢い学生を育てようという目標」と説明されています。

私も学生時代に教えを得た山極氏は、霊長類学者として、ゴリラの研究を通じ、言葉以前の身体的な共鳴や、現場で感じ取る知性の重要性を見つめてきました。

データや情報(垂直思考)を超えて、現場に立ち、五感を使い、相手と同じ空気を吸うことで生まれた圧倒的な「野生の信頼」と多角的な視点(水平思考)。そこにあるのは、論理だけでは届かない知性です。

AIが知性の一部を代替し始めたいま、Wild & Wise という言葉は、以前にも増して切実な意味を持っているように感じます。

知性だけでは足りない。
しかし、野性だけではやっていけない。

問いを立てるには、その両方が必要なのです。



いま、フィールドに立つあなたへ

Wild & Wise という羅針盤は、私たちが立つフィールドによって、その使い方が少しずつ変わります。

経営者やブランドマネージャーには、ロジックを突き破る「野性の覚悟」を贈ります。
市場予測や競合分析は重要です。しかし、数字が正しいことと、ブランドに生命力があることは同じではありません。「数字は正しい。けれど、このプロダクトに熱狂はあるのか」その違和感を無視しないこと。そこから、ブランドが脱皮するための問いが始まります。

PRプランナーやクリエイターには、予定調和を壊す「共鳴の物語」を。
広報やクリエイティブの本質は、情報を正確に届けることだけではありません。社会の中に、どんな共鳴を起こすかです。誰も傷つけないが、誰の心にも届かない表現ではなく、ブランドの葛藤や体温を、社会の文脈に接続すること。そこに、PRの仕事のしぶとさがあります。

そして、いま逆境の中にいるすべての人へ。
今すぐでなくともよいのです。少しずつでもよいので、自分の中の「窓」を閉ざさないでください。私たちは知らず知らずのうちに「こうあるべき」という賢さの檻に自分を閉じ込めてしまいます。悔しくて、積み上げたものを放り出したくなったとき、思い出してください。カズが代表から外された後も、フィールドに立ち続けたあのしぶとさを。
もし、垂直な絶望に叩きつけられたなら、水平に視点をずらしてみてください。それは、逃げることではなく、起こったことの意味を変えることであり、それと同時に、新しい道を探すことなのです。

Wild & Wise とは、強くなることを意味するのではありません。自分の中の弱さや、やり場のない悔しさを、そのまま抱えながら歩き続けるための、自分への優しさでもあるのだと思います。



最後に:明日、一歩踏み出すためのエール「しぶとく、賢く」

Wild & Wise。
この二重奏を奏でることは、簡単ではありません。時には不協和音に苦しむこともあります。しかし、知性の殻を野性で突き破り、野性の衝動を知性で導く往復運動を止めない限り、私たちはまだ歩いていけます。

あなたが今、どんなに深い穴の中にいたとしても、窓を開ければ、そこには自由な風が吹いています。

予定調和な冷房の風ではない、どこまでも清々しく、少し土の匂いのする、生命の風。その風を受けて、もう一度だけ、フィールドへ立ち上がりましょう。

しぶとく、賢く。

私たちは、まだそこにいます。



【次回予告】PR型水平思考のすすめへ

Wild & Wiseに欠かせないもの。
それが、水平思考です。

垂直に深く考えるだけでは、私たちは同じ穴を掘り続けてしまうことがあります。
だからこそ、水平に視点をずらす。
問いの置き方を変える。
前提を疑い、関係の見方を変える。

この考え方を、企業経営やPRの課題解決に活用する実践シリーズとして、次回より 「PR型水平思考のすすめ」 を始めます。

ぜひご覧ください。


注釈

1. マリオン・ウッドマンについて
マリオン・ウッドマンは、ユング派の分析家・著述家として、身体、魂、女性性、抑圧された生命力などをテーマに多くの著作を残しました。
本稿では、Wild & Wise という言葉を、ウッドマンの思想から受け取った「抑圧された生命力と成熟した知恵の統合」として用いています。

2. WINDOW構想について
これは2014年、京都大学が第26代総長・山極壽一氏のもとで掲げた行動指針。その根底にある「野性と知性の統合」は、AIが知性の領域を代替し始めた現代において、より切実なリアリティを持っています。

W:Wild and Wise(野性的で賢明な)
直感と論理、水平と垂直の統合。
I:Independence and Innovativeness(自立と創生)
自ら問いを立て、独創的に生きる。
N:Network(ネットワーク)
専門性の壁を越えた連帯。
D:Diversity(多様性)
異質な知性が衝突する場。
O:Obstacle-free(障壁のない)
心理的・制度的バリアの撤廃。
W:World-leading(世界に輝く)
地球社会の調和ある共存への貢献。


参考・引用文献

  • Marion Woodman and Elinor Dickson, Dancing in the Flames: The Dark Goddess in the Transformation of Consciousness, Shambhala, 1996

  • 山極壽一『「野性」の呼び声――人間とは何か』新潮社、2020年

  • エドワード・デ・ボノ『水平思考の世界』川本英明訳、産業能率大学出版部、1989年

  • 京都大学「WINDOW構想」
    https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/about/operation/window

  • 京都大学「山極総長の言葉 式辞、挨拶より」
    https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/about/history/successive/president26/speech/2015/150407-1

  • 三浦知良『やめないよ』新潮社、2011年


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松風 | PR ストラテジスト 最後までお読みいただき、ありがとうございました。今後も丁寧な発信を続けてまいります。応援よろしくお願いいたします。