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火星——赤い地平の向こう(16):第3章 火星の基礎的性質と地球アナロジー(3)

(承前)

3.6 プレートテクトニクスの不在——再生の終わり

火星には、プレートテクトニクスがない。
プレートテクトニクスとは、地殻がプレートに分かれて移動し、海嶺で新しいプレートが生成され、海溝で古いプレートが沈み込むという、地殻の再生サイクルである。このサイクルは、マントルの対流によって駆動される。
地球では、プレートテクトニクスが現在も活発に機能している。太平洋プレートは年間約10センチメートルの速度で移動し、日本列島の下に沈み込んでいる。大西洋中央海嶺では、新しい海洋地殻が生成されている。
火星には、このような地殻の再生がない。
なぜか。それは火星のマントルが冷却し、対流が弱まったからである。プレートテクトニクスを駆動するには、マントルが十分に高温であり、対流が活発である必要がある。小さな火星は速く冷え、マントルの粘性が増し、対流が停滞した。
その結果、火星の地殻は一度形成されると、ほとんど再生されない。南半球の高地は約40億年前に形成された地形であり、クレーターが密集している。これは、その後ほとんど地質活動がなかったことを示している。

オリンポス山——停滞の証拠

火山活動も、局所的にしか起こらなかった。
オリンポス山(Olympus Mons)は、高さ約21キロメートル、基底部の直径約600キロメートルという、太陽系最大の火山である。
だがこの巨大さは、火星が活発であることを示すのではなく、逆に停滞していることを示している。
地球では、ハワイ諸島のような盾状火山がどのように形成されるかを考えてみよう。
ハワイ諸島は、太平洋プレートの下に存在する「ホットスポット」——マントルの深部から上昇する高温のマグマの通り道——の上で形成された。ハワイ諸島は、一つの巨大な火山ではなく、島の連なりである。
なぜか。太平洋プレートが移動しているからである。
ホットスポットは、マントル深部に固定されている。その上のプレートは、年間約10センチメートルの速度で北西方向に移動している。ホットスポットの上で火山が形成され、溶岩が噴出する。やがてプレートの移動により、その火山はホットスポットから離れていく。火山活動は停止し、火山は侵食されていく。
そしてホットスポットの新しい位置に、次の火山が形成される。
この繰り返しにより、ハワイ諸島は西北西方向に連なる島の鎖として形成された。最も古い島(カウアイ島)は約500万年前に形成され、最も新しい島(ハワイ島)は現在も活動中である。そしてハワイ島の南東の海底では、次の火山(ロイヒ海山)が既に成長を始めている。
これは、プレートテクトニクスが機能している証拠である。プレートが動くため、一箇所に溶岩が積み重なり続けることができない。火山は、連なりとして形成される。
しかし火星では、プレートが動かない。
タルシス隆起帯にあるホットスポット(と考えられる場所)の上で、火山活動が始まる。溶岩が噴出し、積み重なる。だしプレートが動かないため、溶岩は同じ場所に積み重なり続ける。
数億年、あるいは数十億年にわたって、同じ場所で火山活動が続く。溶岩は層を成して積み重なり、火山は巨大化していく。
その結果が、オリンポス山である。
オリンポス山の溶岩の年代測定によれば、最も新しい溶岩流は約2億年前のものである。地質学的には「最近」だが、それでも火星の火山活動は既に大幅に減衰している。
オリンポス山は、火星の活発さの証拠ではない。それは、火星の停滞の証拠である。プレートが動かないからこそ、一箇所に溶岩が積み重なり続け、太陽系最大の火山が形成された。
この対比——地球のハワイ諸島(島の連なり)と火星のオリンポス山(一つの巨大火山)——は、プレートテクトニクスの有無を視覚的に示している。
地球では、プレートの移動がホットスポット火山を「島の鎖」として分散させる。火星では、プレートの停滞がホットスポット火山を「一つの巨大な山」として集中させる。

地殻の年代——保存された古さ

プレートテクトニクスがないということは、地殻が再生されないということである。
地球では、最も古い海洋地殻でも約2億年前のものに過ぎない。それより古い海洋地殻は、すべて海溝で沈み込み、マントルに再吸収されている。地球の海洋地殻は、絶えず再生されている。
大陸地殻も、プレートの衝突や火山活動によって変形・再生されている。地球で最も古い岩石は約40億年前のものであるが、それは例外的に保存された断片に過ぎない。
火星では、南半球の高地に約40億年前の地殻が広範囲にわたって保存されている。クレーターが密集しているのは、その後地質活動がほとんどなかったことを示している。
地殻が再生されないということは、火星が過去の記録を保存し続けているということでもある。古代の河道、デルタ、湖の痕跡。これらは、地球ではプレートテクトニクスによって消去されてしまうが、火星では保存されている。
火星は、自らの過去を消去できない惑星である。

地質活動の停止

火星の内部は冷え、地質活動は停止しつつある。
インサイト探査機が観測した火星震(marsquake)のデータによれば、火星の地殻は厚く(平均約24〜72キロメートル)、マントルの対流は弱い。コアは液体であるが、ダイナモ効果を維持するには不十分である。
火星は、内部エネルギーを失いつつある。マントルの冷却により、火山活動は減衰し、プレートテクトニクスは起こらず、磁場は失われた。
これが、火星が「老いた」惑星である理由の一つである。
地球は、まだ若い。内部は高温であり、マントルは対流し、プレートは動き、火山は噴火し、磁場は維持されている。
火星は、既に老いた。内部は冷え、マントルの対流は弱まり、プレートは停滞し、火山はほぼ停止し、磁場は失われた。
そしてこの老いは、不可逆である。一度失われた内部エネルギーは、戻らない。火星は、再び若返ることはできない。

(続く)

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(2026.3.7 公開)

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