「百年もあれば、伸びます」——ファンタジー小説『深淵の大魔道士』が描く、落ちこぼれの正体と静かな時間|宵町観賞録
光の祠の中で、ヒュンケルの指先がそっと黒髪に触れる。
「少し、伸びたね」
「百年もあれば、伸びます」
「でも、相変わらず寝癖がつきやすそうだ」
「……そこは見なくていいです」
このやりとりに、思わず笑いながら、少し胸が締まるような感覚がありました。
カケルンさんは創作大賞2026ファンタジー小説部門に『深淵の大魔道士』を応募しています。帝国アルクレシアで龍族との戦いが続く世界を舞台に、名門魔法士学校へ編入してきた少女ハイネ・ベルセルクを中心に描かれる物語です。第11話まで公開中。
この作品の読みどころ
試験成績三十点・授業中は居眠りという「落ちこぼれ」の外見と、その正体の落差
誰にも評価されなかったフラワーの才能を、ただ一人で見出す眼
百年という時間を軽やかに扱う筆致と、その中に滲む切なさ
「また浮いてる」
ハイネは朝から箒も使わず浮遊魔法で登校します。
授業中は窓際で舟を漕ぎ、当てられれば「……はひ」と気の抜けた返事をする。試験は三十点前後。飛空魔法だけは妙に得意なくせに、それ以外は壊滅的——というのが周囲の評価です。
ところが第2話で時間軸が転換し、百年前の景色が広がります。
焼けた大地。空を埋め尽くす龍族の大群。黒い魔導書を手に、たった一人で奈落の魔法陣を開く女性。それが、深淵の大魔道士と呼ばれたハイネ・ベルセルクの姿です。
成績三十点の居眠り少女と、龍の大群を一人で沈めた伝説の大魔道士が、同一人物である。その落差が最初の大きな引力として読む者を引っ張っていきます。
眠れる才能を見つける眼
ハイネが学校で最初に動くのは、自分の力を示すためではありません。
フラワーという少女の花魔法に気づいたときです。誰にも評価されなかった、地味で目立たない才能。ハイネはそこに「眠れる才能」を見出し、声をかけます。
千を超える龍族が学校を急襲したとき、戦場に立つのはラビーとフラワーです。ハイネは前に出ない。ただ、見る。
強さを見せびらかさない、という一点が、この作品のハイネというキャラクターを印象的なものにしているように読めます。
「百年もあれば、伸びます」
第11話の祠のシーンに戻ります。
ヒュンケルはハイネの髪を見て「少し、伸びたね」と言います。ハイネは「百年もあれば、伸びます」と返す。この二行が、この作品の時間感覚を象徴しているように感じました。
百年という数字が、会話の中で重さを持たずに転がっている。でも、ちゃんと重い。そのバランスが、読後に静かに残ります。
「……そこは見なくていいです」という、少し拗ねた声。けれど、まだ少し揺れている——という一文に、百年分の何かが圧縮されているように読みました。
落ちこぼれの外見と伝説の内実、誰も気づかない才能への眼差し、そして百年をまたぐ穏やかなやりとり。ファンタジーの骨格の中に、静かな情感が積み重なっていく作品です。
続きが気になっている最中です。
