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【150人の高校サッカー部の中で、名前を呼ばれる選手になるまで①】最初に知ったのは、自分が特別ではないという現実だった

名門高校のサッカー部に入ったとき、最初に感じたのは、わくわくよりも圧倒される感覚だった。

とにかく、人が多かった。

同学年だけで最初は70人ほどいた。三学年を合わせると、部員は約150人。

今振り返っても、よくあの人数で毎日サッカーをしていたなと思う。
 
中学時代、僕は地区選抜に入っていた。
 
だから高校に入る前は、心のどこかで「ある程度はやれるだろう」と思っていたのだと思う。もちろん、強い高校に入る以上、簡単ではないことはわかっていた。
 
それでも、まったく通用しないとは考えていなかった。

でも、入部してすぐに、その考えは甘かったと気づいた。

推薦入学の選手がたくさんいた。選抜経験のある選手も珍しくなかった。

中学時代にそれなりに評価されていた選手が、同じ学年に何十人もいる。

地区選抜だったことは、そこでは特別な肩書きではなかった。

むしろ、自分は普通の立ち位置だった。


目次

  1. 高校サッカー部で最初に感じた圧倒感

  2. 地区選抜は、特別な肩書きではなかった

  3. 150人の部活では、見てもらうこと自体が難しい

  4. 上手いのに試合に出られない選手がいた

  5. 同学年4人がAチームに呼ばれた悔しさ

  6. 埋もれたからこそ、考え始めた

  7. 次回へ


1. 高校サッカー部で最初に感じた圧倒感
ポジションはFWだった。

FWは、ある意味ではわかりやすい。点を取れば目立つ。結果を出せば評価されやすい。

けれど、そのぶん比較もはっきりする。
足が速い選手がいる。
体が強い選手がいる。
ボールが収まる選手がいる。
 
自分より上手いと思う選手は、普通にいた。

しかも、一人や二人ではなかった。
「これは厳しいな」

そう思った最初の理由は、練習のきつさよりも、人数の多さだった。

うまい選手が多い。

その中で、自分を見てもらわなければいけない。

プレーで目立つ以前に、まず存在を認識してもらう必要がある。

それが、150人いる部活の現実だった。
 
2. 地区選抜は、特別な肩書きではなかった
入部してから、人数は減っていった。
時間距離を事前に知らせない無制限ランニングがあり、1年生は強制坊主。
そういう環境の中で、最初70人ほどいた同学年は、やがて50人くらいになった。
それでも多い。
 
同じ学年だけで、まだ一つのチームどころではない人数がいる。

中学時代は地区選抜だった。
でも、高校に入ると、同じような経歴の選手が何人もいた。
選抜に入っていたこと。
中学時代に中心選手だったこと。
 
そういう過去の評価は、高校のグラウンドではほとんど意味を持たなかった。
大事なのは、今ここで何ができるか。
今日の練習で何を見せるか。
 
過去の肩書きではなく、目の前のプレーで評価される。
その現実を、入部してすぐに思い知らされた。

3. 150人の部活では、見てもらうこと自体が難しい
練習も、全員が同じようにグラウンドを使えるわけではなかった。
大会前以外は、基本的に学年ごとの練習。
大会が近づくと、いわゆる「メンバー」と呼ばれる選手たちが別で練習する。
それ以外の選手は、学年ごとに練習を続ける。
1年生は人数も多く、グラウンドを十分に使えないこともあった。
外を走る。
グラウンドの外で自主練をする。
 
夜になってグラウンドが空いたら、残って練習する。

今思えば、あの環境では「与えられた練習だけをこなす」という感覚では、上に行くのは難しかった。

監督は1人。コーチも当時は2人ほど。
150人全員を、毎日細かく見てもらえるわけではない。

だからこそ、練習中の一つひとつのプレー、土日の練習試合、声の出し方、走る姿勢、ボールを失った後の反応。

そういう細かい部分が、少しずつ見られていたのだと思う。

Aチームではなくても、練習試合はあった。

そこでどれだけアピールできるか。

限られた時間の中で、何を見せられるか。

うまくいかなかったからといって、誰かが丁寧に拾い上げてくれるわけではない。

自分から存在を示さなければ、簡単に埋もれていく。

4. 上手いのに試合に出られない選手がいた
そして実際、上手いのに試合に出られない選手はたくさんいた。

技術がある。
見ていて「この人、すごいな」と思う。

それでも、メンバーに入れない選手がいた。

その現実を見たとき、僕は少しずつ感じ始めた。

高校サッカーでは、上手いだけでは足りない。

もちろん、技術は必要だ。

でも、150人の中で選ばれるためには、技術以外の部分も見られている。
チームの中で何ができるか。

監督が求めていることに応えられるか。
 
そういうものが、少しずつ評価につながっていく。

ただ、入部当初の僕は、まだそこまで整理できていなかった。

焦りもあった。
劣等感もあった。

自分より上手い選手がいることは、わかっていた。

でも、その差をどう埋めればいいのかまでは、まだ見えていなかった。

5. 同学年4人がAチームに呼ばれた悔しさ
特に強烈だったのは、1年生の中から4人がAチームに抜擢されたときだった。

もし1年生全員がAチームに入れない状況なら、まだ割り切れたかもしれない。

「まだ自分たちの代ではない」

そう思えたかもしれない。

でも、同じ学年の選手が上に呼ばれた。

その瞬間、現実を突きつけられた気がした。

同じ1年生でも、もう見られている選手がいる。
選ばれている選手がいる。
自分は、そこに入っていない。

悔しかった。
かなり焦った。

中学時代に地区選抜だったことなんて、高校では何の保証にもならなかった。

過去の評価は、グラウンドの中ではほとんど意味を持たない。

そこで何を見せるか。
今日、どうプレーするか。
今、どれだけ本気で競争に向き合うか。

それだけだった。

6. 埋もれたからこそ、考え始めた
150人のサッカー部に入って、最初に学んだのは「自分は特別ではない」ということだった。
 
でも今考えると、その現実を早い段階で知れたことは大きかった。
 
もし、自分には実力があると思い込んだままだったら、変われなかった。
 
もし、中学時代の評価にしがみついていたら、たぶん途中で置いていかれた。

埋もれたからこそ、考え始めた。
どうすれば見てもらえるのか。
何を変えれば上に行けるのか。
 
高校サッカーの競争は、きれいなものではなかった。
泥臭くて、悔しくて、焦りもあって、自分の足りなさを毎日のように突きつけられる時間だった。
 
でも、その中で少しずつ、自分の考え方は変わっていった。

レギュラーになるために必要なのは、ただ頑張ることではない。
自分のやりたいプレーを押し通すことでもない。

選ばれるためには、まず今の自分を正しく知る必要がある。
自分がどこにいて、何が足りなくて、何なら勝負できるのか。
 
150人の中で、最初から名前を呼ばれる選手ではなかった。

むしろ、埋もれていた。
でも、そこから少しずつ、自分の存在を見せていくしかなかった。

7. 次回へ
では、150人の中で選ばれるために、自分は何を変えたのか。

次回は、レギュラー争いの中で僕が最初に捨てたもの、磨いた武器、そして監督に見られていたポイントについて書いていきたい。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
このシリーズでは、僕自身が高校時代に経験した「150人のサッカー部でレギュラーになるまでの道筋」を振り返りながら、サッカーだけでなく、仕事や組織の中で評価されること、信頼されることについても考えていきます。
サッカーをしている選手、保護者の方、指導者の方。
そして、職場やチームの中で「どうすれば自分の存在を認めてもらえるのか」と悩んだことがある人に、少しでも届いたら嬉しいです。
このnoteでは、サッカーやフットサル、大学職員としての経験をもとに、人や組織の成長について書いています。
よければ、自己紹介記事ものぞいてみてください。


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