こぼれ落ちたものが、新しいつながりを連れてくる「おむすびころりん」【童話を現代視点で読み解いてみた】
概要
予定通りにいかなかったこと。
思わず手からこぼれ落ちてしまったもの。
私たちは、そういう出来事をつい「失敗」として見てしまいます。
でも、その失敗がなければ出会えなかったものもあります。
『おむすびころりん』は、おじいさんが落としてしまったおむすびをきっかけに、ねずみたちの世界と出会う昔話です。
普通に考えれば、おむすびを落とした時点で失敗です。
でも、そのおむすびが転がっていった先には、思いがけない出会いがありました。
今回は『おむすびころりん』を、失敗・偶然・縁・成長という視点から読み解いてみたいと思います。
目次
おむすびころりんとはどんな物語か
落としたおむすびは、本当に失敗だったのか
予定外の出来事が、新しい世界を開く
欲を出すと、縁は逃げていく
最後に
おむすびころりんとはどんな物語か
『おむすびころりん』は、日本の昔話のひとつです。
山で仕事をしていたおじいさんが、お昼におむすびを食べようとします。
ところが、そのおむすびがころころと転がり、穴の中へ落ちてしまいます。
すると穴の中から、
「おむすびころりん、すっとんとん」
という楽しそうな声が聞こえてきます。
おじいさんが穴をのぞくと、そこにはねずみたちの世界がありました。
ねずみたちは、おむすびを喜び、おじいさんをもてなします。そして、おじいさんはお礼として宝物をもらって帰ります。
一方で、その話を聞いた欲張りなおじいさんは、同じようにおむすびを穴へ落とします。
けれど、宝物をもらおうと欲を出した結果、ひどい目にあってしまう。
そんな物語です。
子どもの頃に読むと、
「正直なおじいさんは報われて、欲張りなおじいさんは失敗する話」
として受け取ることが多いかもしれません。
でも、大人になって読み返してみると、もう少し違うものが見えてきます。
この物語の始まりは、成功ではありません。
むしろ、失敗です。
おじいさんは、おむすびを落としてしまった。
でも、そのこぼれ落ちたおむすびが、新しい世界とのつながりを連れてきたのです。
落としたおむすびは、本当に失敗だったのか
おむすびを落とす。
これは普通に考えれば失敗です。
せっかくのお昼ごはんがなくなってしまう。
自分の手元から、大事なものが離れてしまう。
でも『おむすびころりん』では、その失敗が物語の入口になります。
もし、おじいさんがおむすびを落とさなかったら。
ねずみたちと出会うことはなかった。
思いがけない贈り物を受け取ることもなかった。
つまり、あの失敗がなければ、物語は始まっていなかったのです。
これは、私たちの日常にも似ています。
うまくいかなかったこと。
自分の手からこぼれ落ちてしまったこと。
その瞬間は、落ち込みます。
でも、あとから振り返ると、あの出来事があったから今につながっていると思えることがあります。
失敗は、その場ではマイナスに見えます。
でも、時間が経ってから見れば、新しい入口だったと気づくこともあるのです。
予定外の出来事が、新しい世界を開く
おじいさんは、おむすびを落とそうと思って落としたわけではありません。
偶然、転がってしまった。
だからこそ、この物語には面白さがあります。
人生も、予定通りに進むことばかりではありません。
思っていた進路に進めないこともある。
仕事で失敗することもある。
人間関係が思うようにいかないこともある。
書いた記事が思ったほど読まれないこともある。
その時は、悔しいです。
なんでこうなったんだろう。
自分には向いていないのかな。
そんなふうに考えてしまうこともあります。
でも、予定外の出来事は、必ずしも終わりではありません。
むしろ、予定通りに進まなかったからこそ、見える景色があります。
負けたから、自分の弱さに気づく。
ミスしたから、次の修正点が見える。
遠回りしたから、別の道に出会う。
おむすびが転がっていった先に、ねずみたちの世界があったように。
自分の手からこぼれ落ちたものの先に、新しいつながりが待っていることもあるのだと思います。
欲を出すと、縁は逃げていく
『おむすびころりん』には、もう一人のおじいさんが登場します。
欲張りなおじいさんです。
この人は、最初のおじいさんが宝物をもらった話を聞いて、同じようにおむすびを穴へ落とします。
でも、そこにあるのは出会いへの喜びではありません。
目的は、宝物をもらうこと。
つまり、最初から見返りを求めています。
ここが、この物語の大切なところだと思います。
同じようにおむすびを落としても、心の向きが違う。
最初のおじいさんは、偶然の出来事を受け止め、ねずみたちとの出会いを楽しみました。
欲張りなおじいさんは、結果だけを欲しがりました。
すると、同じ行動をしているように見えても、結末はまったく違うものになります。
これは人とのつながりにも似ています。
誰かと関わる時に、見返りばかりを考えていると、その関係はどこか重たくなります。
逆に、損得だけではなく、素直に面白がる。
相手の喜びを一緒に喜ぶ。
そういう関わり方の方が、結果的に長く続くことがあります。
縁は、見返りを求めると逃げていく。
でも、丁寧に関わっていると、気づいた時にそばに残っている。
『おむすびころりん』は、そんなことも教えてくれている気がします。
最後に
『おむすびころりん』は、ただ正直者が報われる話ではないと思います。
こぼれ落ちたものの先にも、思いがけない出会いがある。
そんな物語なのだと思います。
もちろん、失敗した瞬間にそう思うのは難しいです。
落としたおむすびを見て、すぐに
「これは新しい出会いの入口だ」
なんて思える人は、なかなかいません。
たいていは、落ち込みます。
でも、そこで終わらせなくてもいい。
転がっていった先を、少しだけのぞいてみる。
その先に、思ってもみなかった景色があるかもしれません。
サッカーでも、仕事でも、noteでも同じです。
ミスしたから課題に気づく。
うまく伝わらなかったから、言葉を見直す。
何気なく書いた一文が、誰かとのつながりを生む。
こぼれ落ちたものがあるから、つながる縁がある。
予定外の出来事があるから、自分の物語は少し広がっていく。
おむすびころりんは、
「落とさないように生きよう」
という話ではないのだと思います。
落としてしまったあとに、どうするか。
転がっていった先を、怖がらずにのぞけるか。
そこに、その人らしい成長があるのかもしれません。
自分も見返りを求めずに試合中にボールをロストしてみたいと思います。
速攻で失点してチームメイトに怒られる現実は逃避したいと思います。。。

最後まで読んでいただきありがとうございました。自己紹介記事では、私がどんな思いでnoteを書いているのか、これまでの経験や発信の軸についてまとめています。
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