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税金、払いたい。

前回のnoteでは、お金の使い道についての考え方を書いた。

▼前回のnote



昔の私は、節約こそ正義だと思っていた。

スマホ代は1円でも安いほうがいい。
食費もできるだけ抑えたい。

とにかく、お金を使わないことが正しいと思っていた。

もちろん今でも、必要のないものにお金を使いたいとは思わない。

でも、この数年で一つ大きく変わったことがある。

お金は、貯めているだけでは価値にならない。

使ったときに初めて、自分や誰かの幸せに変わる。

だからこそ、お金を"いくら持っているか"ではなく、"何に使うか"が大切なのだと思うようになった。

そんな話を前回のnoteで書いた。

今日は、その続き。

この1〜2年で、私の中でもう一つ大きく変わった価値観がある。

それが、「税金」に対する考え方だ。

端的に言うと、納税が嫌なものでなくなった。

今回は、そう思うようになるまでのストーリーを話そうと思う。


私は30歳のときにブログに出会い、その8ヶ月後に脱サラした。

ありがたいことに仕事は軌道に乗り、法人化もし、それなりに売上を作れるようになった。

でも、売上が増えて一番驚いたのは税金だった。

健康保険料だけで、毎月7万円。

保険料の区分も、おそらく一番上に近かったと思う。

請求を見たときは、本当に衝撃だった。

「え、健康保険だけで毎月こんなに払うの?」と。

会社員時代も税金が高いと思うことはあったけれど、ここまでではなかった。


しかも、それだけお金を払っても、病院へ行ったときに受けられるサービスは当然ながら変わらない。

保険料が1万円の人も、7万円払っている人も、同じ診察を受け、同じ待合室で待ち、同じように診てもらう。

特別な待遇があるわけでもない。

当時の私は、「なんでこんなに高いんだろう」と思っていた。

だから、節税ばかりを考えていた。

もちろん脱税はしない。

合法的な範囲で、どうすれば税金を減らせるのか。

幸い長年金融畑にいたこともあり、節税策は一通り心得ていた。

それでも、税金の安い国へ移住する有名人や経営者の話を聞けば、「それも賢い選択だよね」「いいなぁ」なんて思ったり。

できるだけ国へ持っていかれないようにすることが、お金を守ることだと考えていた。



でも、この1〜2年で、その価値観は大きく変わった。

今は税金を払うことに対して、ほとんどネガティブな気持ちはない。

もちろん、自分の生活が苦しくなるほど払いたいわけではない。

でも、払えるだけの余裕があるなら、気持ちよく払う。

そんなふうに思うようになったのだ。



きっかけは、

今の自分は何によって作られたんだろう?

そんなふうに考えたことだった。

私が今こうして健康に仕事をして、お金を稼ぎ、自分らしく生きられている。

その土台を作ってくれたのは、間違いなく日本という国なのだ。

私は日本で生まれ、日本で育った。

義務教育を受けることができた。

文字を読めるし、文字も書ける。


もちろん、不満がまったくないわけではない。

それでも、日本の教育水準は世界的に見て高いと思う。

また、本当に生活に困ったときには、生活保護という制度もある。

治安も良く、水も安心して飲める。

街は綺麗で、食べ物もおいしい。

海外旅行へ行くこともあるけれど、私は毎回「やっぱり日本が一番好きだな」と思う。

この国があったからこそ、今の私はここまで来ることができた。

経済的に困窮することなく、健康に過ごせて、仕事もある状態ほど、ありがたいことはないだろう。

そんな感謝の気持ちが芽生えたのだ。



昔を振り返ると、とにかくお金がなかった。

だから本気で、「もっとお金持ちから税金を取ればいいのに」と思っていた頃もあった。

でも後になって知ったのだ。

今の日本の綺麗な道路や街並み、衛生環境や公共サービスを維持できているのは、高い税金を納めてくれている人たちのおかげだということを。

聞くところによると、年収700〜800万円以下の人は、自分が納めている税金以上の社会的恩恵を受けているという試算があるそうだ。

つまり、会社員時代の私は、自分のお金だけでは到底受けられるはずがないサービスを享受しながら、この快適な日本という環境で暮らしていたことになる。

私はずっと、税金を払っている側だと思っていた。

でも実際は違った。

私は30年以上、"受け取る側"だったのだ。

安心して暮らせる環境も、教育も、街の綺麗さも、整備された道路も、当たり前だと思っていた。

でも、その当たり前は、誰かが支えてくれていたものだった。

その環境があったから、私は勉強できた。

仕事もできたし、ブログにも出会えた。

今は、経済的にも少し余裕がもつことができるようになったのだ。

それなのに、自分が少し稼げるようになった途端、「税金高いから日本サヨナラ」というのは、少し違うのではないかと思うようになった。

そんなことを考えていた矢先、あるYouTuberの言葉に出会う。

「自分をここまで育ててくれたのは日本だから、喜んで税金を払いたい。」

そう話していたのが、心に残っている。

その人もビジネスで成功し、多額の税金を納めているそうだ。

節税ばかりを語る人よりも、日本に感謝し、日本へ還元したいと堂々と言える人のほうが、私はシンプルにかっこいいと思った。


もちろん、人によって考え方は違う。

ギリギリまで節税したり、海外へ移住したりする人を否定するつもりもない。

目標も、家族構成も、守りたいものも、人それぞれ違う。

若いうちに資産形成を加速させたい人にとっては、それが最適な選択だろう。


だから、どちらが正しいという話ではない。

私の場合で言うと、独身で養う人もいない。

多額のお金を貯めて、大きな会社を作りたいという野望もない。

自分が生活できて、そして周りの大切な人が困ったときに手を差し伸べられるくらいのお金があれば、十分だと思っている。


正直に言えば、税金は安いほうが嬉しい。
それは今でも変わらない。

でも、「少しでも払いたくない」という気持ちだけで税金を見ることは、もうなくなった。

日本という土台の上でここまで育ててもらった自分だからこそ、払える立場になった今は、少しでも支える側でいたい。

私自身も、過去に入院したとき、高額療養費制度に何度も助けられた。

両親も年齢を重ね、病院へ通う機会が増え、年金にも支えられている。

そうした制度があるからこそ、安心して暮らせるのだ。


自分が納めた税金が、誰かの医療につながるかもしれない。

子育て中の家庭の支えになるかもしれないし、不安を抱える高齢者の助けにもなるかもしれない。

困っている人が、必要な支援を受けるきっかけになるかもしれない。

そう考えるようになってから、税金はただ失うお金ではなく、社会の中で循環する、活きるお金なのだと思えるようになった。


そして、もう一つ強く感じることがある。

私の両親も、そのまた両親も、さらにその前のご先祖様も、この日本で暮らし、それぞれの時代を懸命に生きながら、今の日本という土台をつないできてくれたこと。

今の自分の生活は、その積み重ねの上に成り立っているのだと。

教育も、医療も、治安も、そして今の経済的な基盤も、自分ひとりの力で手に入れたものではない。

それらを我が物顔で、「すべて自分の努力の賜物だ」「すべて自分のものだから、社会に還元したくない」というのは、あまりに傲慢ではないだろうか。

私は30年以上、この日本からたくさんのものを受け取ってきたのだ。

だから、今度は受け取る側ではなく、少しでも支える側でありたいと思う。

恩返しというより、恩送り。

私が納める税金も、その恩送りの一つになればいい。


昔の私なら、この考え方は理解できなかったと思う。

でも今は、心からこう思っている。



税金、払いたい。


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