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【第三世代フェミニストの弾薬庫】精液と血液を巡るあれこれ。

ほとんど伝説の様なネットmemeですが、1970年代頃にフランスのフェミニストが「男達が精液で文学を綴ってきた様に、女達は経血で文学を綴らねばならない」と言い出して他国のフェミニストが「あれはただの赤い下痢だ。絵の具にはならん」と反発する「赤い下痢」抗争があったという巷説があります。そもそも「男達は精液で…」の部分…検索したらこんな話が。

精液は東西を問わず崇められてきた神聖な神の贈り物でした。それで古代文明においては「精液」こそが万物の根源であり「射精」が万物を創造したと考えられていたのです。

●シュメール文明の誕生神話…「水の神『エンキ』が自慰行為を始めた。 興奮がピークに達したとき、ミルク色の液体が乾いた地面に落ちた。 ひび割れた土地が肥沃な二股の川になった. チグリス川とユーフラテス川だった。 ここは川の中間という意味のメソポタミア文明と呼ばれている」。

●古代エジプト文明の誕生神話…創造神アトゥムが自慰をすると、空気の神であるシュワビの神テフヌートが誕生した。 創造神の精液から生命に必要な全てが準備され、大地は生命で満たされた。

「哲学発祥地の一つ」古代ギリシャ文明はミソジニー(Misogyny=女性嫌悪)文明としても知られ、精液を「男性を男性らしくする物質」として重視しました。

●アリストテレス 「ただ男性だけが血を精液にする熱を持っている。 身体が完全に成長するまでは完璧な栄養分である精液を体に持った方が良い。」→思春期の少年達を自慰しない方向に誘導。

●ピタゴラス学派「精液は脳の一滴」。

●「四体液説(人間の体が黒痰、黄痰、血液、粘液のバランスによって成立する)」とした古代ローマ時代の医師ガレノス「精液は睾丸に入った体液が熱で白くなったものであり、極めて重要な混合物なので体内にそのまま留め置いた方が良い」「過度な性行為は肺炎につながりかねない」。

● 古代ローマ時代の医師のソラヌス「体の欲求が冷める可能性があるので股間に鉛板を入れ、冷汁で睾丸を冷やすこと」。

こういう側面で保守的とされるキリスト教の場合はどうでしょう。数々の異端信仰を記録に残した聖エピファニウスによれば、4世紀に実在したボルボライト信者達の経典には「イエス·キリストはマグダラのマリアと山に登って性交した時、「これが貴方の命となります」と説いて精液を飲ませた」とあり、礼拝の際に乱交し、お互いの精液を飲み合ったそうです。「キリスト教理の正統を樹立すべく、それから外れる見解の全てが極端に歪曲され貶められた形で後世に伝えられた」一例ともされていますが、いずれにしろそのオリジナルがどういう内容であったかは一切伝わっていません。

この様な「精査」を経て樹立したキリスト教倫理は精液を「無闇に現れてはならない物質」、射精を「子孫を残す為の性交以外の場面で用いるのは大いなる罪悪と考えるに至ったのです。自慰はまぁ徹底して取り締まればいいだけですが、夢精は修道士ですら不可避で、それを説明する為に「いつでも夢の世界から修道士の堕落(夢精)を狙い続けるリリスの娘リリム」なる女怪まで創造されるに至ったのです。

●旧約聖書「レビ記」…「夢精をした男は体全体をきれいな水で夕方まで洗わなければならない」

●聖アウグスティヌス「告白録」…「肉体と意志の間には大きな間隔がある(どんなに断食と苦行と祈祷を積み重ねても防げないのだから、悔やんでも仕方がない)

●同時代(5世紀後半)の教父「性的な夢を伴わない夢情なら3回までは宗教人としての尊厳を失わない」。

●アレクサンドリア大司教ディオスコロス(5世紀)「夢情は断食によって減らせる(過剰な栄養摂取は体液の蓄積に、そして食欲は性欲につながる)」

中世欧州において「精液を飲んで生きる女悪魔」サキュバスが恐れられたのもこうした経緯からでした。このリリムの末裔達はキリスト教倫理の下々までへの浸透を背景として修道士ばかりかあらゆる人間(男性)の夢に毎晩現れる様になり、その精液を奪って(無精させて)堕落させる機会を虎視眈々と狙い続ける様になったのです。

産業革命が胎動したビクトリア朝時代の英国においてすら、その理性と科学の煌めきにも関わらず自慰への罪悪感と夢精への恐怖は克服不可能でした。それどころか1851年に設立されたスコットランド協会の様に「夢情が週に一度以上起きてはならない」と主張する団体も現れ、その偏執狂的側面をさらに悪化させていった側面すら見受けられたのです。

●ビクトリア時代の医師の診断基準…「頻繁な性関係は病気の原因(性関係は子孫を残す為の最小限に留め可能な限り禁欲を実践せよ)」。それでも欲情を抑えられない男性の為に「(勃起すると男性器を締め上げて激痛を与える)精子リング」を処方。

●ウィリアム·アクトン教授「感覚が麻痺すれば性欲も消える→硝酸銀を尿道に落とす手術を敢行」

「夢を自覚的に見る修練を積めば、卑猥な夢など一切見ない様に統制する事など容易い」と主張する医師まで現れ、その強い信念は、現代社会にまで継承されているのです。

上掲「射精は万物を創造する」
  • 仏教説話にも「修行者の不淫戒を誰かが破らせようとする話」なら含まれている。特に有名なのが「ナリニカー・ジャータカ」でのナリニカー姫による一角仙人の誘惑あたり。

  • 日本ではここから派生して「女犯偈=女犯の夢告(行者宿報設女犯)」なんてバリエーションが誕生している。

行者宿報設女犯 我成玉女身被犯 一生之間能荘厳 臨終引導生極楽

行者(ぎょうじゃ)、宿報(しゅくほう)にてたとい女犯すとも、われ玉女(ぎょくにょ)の身となりて犯せられん。一生のあひだ、よく荘厳(しょうごん)して臨終に引導して極楽に生ぜしめん。

本願寺第3代覚如上人「御伝鈔」
  • そもそも日本は「男性が夢精を恐れて自慰に励む」行為自体に宗教的罪悪感が伴わない代わり「何で抜くか」が重要な鍵として浮上してきて「密教における観想哲学などに発展。そこからしてもう根本的に違うという…

  • ただし戦闘機パイロットやスポーツ選手やボディビルダーの方々が「力を蓄える為に」射精を忌避する話を思い出すなど。こちらはこちらで相応の科学的根拠がありそうだ?

  • その一方で切実に迫り来る「腎虚の恐怖」…

  • この辺り、どう按分すべきか?日本だと貝原益軒「養生訓(1712年)」に記された東洋医学由来の極意「接して漏らさず」あたりにヒントが…

「医は、人命を救う博愛の道である」(広辞苑)ことを意味する格言。特に江戸時代に盛んに用いられたが、その思想的基盤は平安時代まで遡ることができ、また西洋近代医学を取り入れた後も、長く日本の医療倫理の中心的標語として用いられてきた。

語源

●「医は以て人を活かす心なり。故に医は仁術という。疾ありて療を求めるは、唯に、焚溺水火に求めず。医は当(まさ)に仁慈の術に当たるべし。須(すべから)く髪をひらき冠を取りても行きて、これを救うべきなり」(陸宜公:唐の徳宗の時代の宰相)
●「大医の病いを治するや、必ずまさに神を安んじ志しを定め、欲することなく、求むることなく、先に大慈惻隠の心を發し、含霊の疾を普救せんことを誓願すべし」(丹波康頼『医心方』)
●「慈仁」(曲直瀬道三『道三切紙』より第一条)
●「医は仁術なり。仁愛の心を本とし、人を救うを以て志とすべし。わが身の利養を専ら志すべからず。天地のうみそだて給える人をすくいたすけ、萬民の生死をつかさどる術なれば、医を民の司命という、きわめて大事の職分なり」「醫は仁術なり。人を救ふを以て志とすべし。」(貝原益軒『養生訓』)

パロディ

●近年は医療の高度化に伴い患者の治療に必要な費用が増加しており、医療機器の購入費用等が病院経営に与える影響が大きくなっていること、またそれらを背景に「患者を治療する」という医師の本分そっちのけで金儲けに走る医者が増えていることなどから、この言葉をもじって「医は算術」と語られることがある。実際1980年代前半には、PC用の病院経営シミュレーションゲームとして「医は算術なり」(ハドソン)というソフトが登場したこともある。
●なお、大江雲澤(文政5年(1822年)- 明治32年(1899年))の医則では「医は仁ならざるの術、務めて仁をなさんと欲す」(「醫不仁之術欲務為仁」)ということばを第一則としている。

Wikipedia「医は仁術(Humanistic medicine)」

東洋医学に学んだ益軒によると「腎は五臓の本(もと)」。すなわち精力を体内に温存し、腎機能を保つ事が長寿の秘訣だと説きます。その上で、腎機能を健全に保つための男女の理想的な交接回数を年齢別に書いています。

それによると「20代では4日に1度、30代では8日に1度、40代では16日に1度、50代では20日に1度、そして60代では行わないか、もし体力が盛んならば1月に1度」。この回数は中国の古書「千金万」を参考にしたようです。

益軒によると、「そうはいっても40歳以上の人はまだ血気盛んで情欲もおとろえていない。だから上記の交接回数を守る事も難しい。しかし多く交接し精気を排出する事は大いに元気を消耗する。」そこで出てくるのが、この極意。「接して漏らさず」です。

その時、アン・ライスのヴァンパイア・クロニクルにおける「寝室に忍び込んできた吸血鬼が、ベッドに眠る女性のタンポンを吸い出して美味そう飲み込む場面」が重要な争点となり、どういう経緯を辿ったか一切不明ですが結果として「腐女子の女王」の座がアン・ライスから「ハリー・ポッター」シリーズのJ.K.ローリングに推移する重要な契機になったとか。どういう事?

発端となったのは以下の一連の投稿ですが、随分と逸脱してしまいました。

そして今や「西洋医療哲学理念と東洋医療哲学理念の正面対決」の図式に発展?

そしてもちろん「バレー・リュスの古代ルネサンス」といえば…

精液を巡る追記

そんな感じで以下続報…

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