柑橘と星屑のヴェリーヌ/帰る場所を教えてくれる星がある
空を見上げることと、
創ることは、
少し似ているのかもしれません。
目の前にあるものを並べて、
眺めて、
考えて、
また少し時間を置いて見上げてみる。
すると、
昨日まではただの点だったものに、
ふと線が引かれる瞬間があります。
「あぁ、ここも繋がっていたんだ。」

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今回作ったのは、
柑橘と星屑のヴェリーヌ。
小さく切ったシフォン生地。
コアントローをまとった柑橘とシロップ。
レモン風味の透明なジュレ。
マスカルポーネとヨーグルトの白いクリーム。
タイムの葉と、
金色の小さな光。
ひとつずつ置いていった点たちが、
少しずつ繋がって、
ひとつの景色になっていきました。
朝の光の中にいた果実が、
時間を重ねて、
夜空の星になっていくような景色を作りたくて。




一口ごとに違う景色に出会えるように。
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でも作っている途中で、
気づいたことがありました。
星座って、
最初から星座として空にあるわけではないんだな、と。
ただ、
そこに星があるだけ。
誰かが見上げて、
誰かが線を引いて、
はじめて星座になる。

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最近、
そんなふうに思うことが増えました。
コメント欄やメッセージでそっと置いてくださった言葉。
誰かが見つけてくださった景色。
自分ではただの点だと思っていたものに、
「あぁ、ここも繋がっていたんだ。」
と教えていただくことが増えたからです。
お菓子も、
写真も、
言葉も、
器も、
出会いも。
別々の星だと思っていたものが、
今はひとつの星座のように見えています。

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そして、
星を見上げていると、
もうひとつ思うことがあります。
人を測るものは、
時間の長さだけではないのかもしれないということ。
たとえば、
誰かと同じ月を見たこと。
美味しいって笑った食卓。
誰かの作ったものに心を動かされたこと。
悲しくて空を見上げた夜。
綺麗だと思って立ち止まった朝。
そういう瞬間って、
時間の長さとは少し違う場所にある気がするのです。
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私は昔から、
「もう年だから。」
「若いからわからない。」
という言葉を聞くと、
少し切なくなります。
まだ空はそこにあるのに、
見上げることまで諦めてしまうようで。
まだ出会っていない星座まで、
先回りして閉じてしまうようで。
もちろん、
年齢によって見えやすくなるものはあります。
若い頃には見えなかった線もある。
でも同時に、
若い頃だからこそ見えた星もある。
だからきっと、
私たちは、
上でも下でもなく、
ただ、
違う時間の光を受け取っている人同士。

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私はずっと、
無駄なことはしていない自信がありました。
でも、
それに価値があるのか。
お金になるのか。
その問いには、
うまく答えられませんでした。
それが悔しかった。
でも今なら、
少し違う言葉で話せる気がします。
私は、
価値があるから続けたんじゃない。
価値があると信じたから続けてきた。
そして今、
誰かがその星を見つけてくれている。
「あの星、見える?」
そう言ってくれる人がいる。
だから私は、
これからも空を見上げていたいと思うのです。

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同じ空を見上げる限り、
人はいくつでも新しい星を見つけられるし、
どんなに短い時間でも、
誰かの空に星を残すことができる。
私もまた、
誰かと同じ空を見上げて、
一緒に線を引ける人でありたい。
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見つけてくださって、
ありがとうございます。
そしてこれからも時々、
同じ空を見上げてもらえたら嬉しいです。
きっとそのたびに、
今の自分だから見える線があると思うから。
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The stars were always there.
I just learned how to draw the lines.
Some stars are meant to guide us home.
The stars that guide us home may be closer than we think.
星は、ずっとそこにあった。
私はただ、線の引き方を覚えただけ。
帰る場所を教えてくれる星がある。
それは、思っているよりずっと近くにあるのかもしれない。
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-写真は全て筆者撮影-
