今まで運動ができなかった。めんどくさかった。それでもジョギングを始めることができた話
運動したほうがいい、健康になりたい、体重も落としたい。 そう考えること自体は、前からずっとありました。ただ、仕事が終わるころには疲れていて、実際の行動にはなかなかつながっていませんでした。
実は半年前までは、1kmのジョギングを続けていて、体重も95kgから90kgまで落ちていたんです。しかし、仕事や人間関係の忙しさが重なって、走る回数が少しずつ減り、そのまま運動しない期間へ突入。体重は90kg前後で止まったまま……。
この記事では、そこからもう一度ジョギングを始めるまでに何があったのかを、自分なりに整理しておこうと思います。
特別な方法ではありませんが、同じように運動に踏み出せていない人が、自分のやり方を考えるきっかけになればうれしいです。
運動したほうがいいのに動けなかった日々
運動したほうがいいのは、ずっと前から分かっていました。 健康診断の結果や体重計の数字を見るたびに「このままではよくないな」という感覚はありましたし、鏡や写真に写った自分の姿を見ても、体が重くなってきているのは明白でした。
頭の中では、やるべき理由はいくつも挙げられます。
生活習慣病のリスクを下げたい
体重を落として、動きやすい体にしたい
将来も、好きなことを続けられる体でいたい
睡眠の質を上げて、日中のパフォーマンスを上げたい
こうして並べてみると、運動したほうがいい根拠のほうが多いくらいです。 やるべきことも、実はそこまで複雑ではありません。「ジョギングを再開する」「夜だけ少し歩く」「エスカレーターではなく階段を使う」。最初の一歩として何をすればいいかも、頭ではイメージできていました。
それでも、「今日は仕事が長引いたから」「今日は用事があるから」といった理由をつけて、後回しにしてしまう日が続きました。気づけば、動いたほうがいいと分かっていながら、実際には何も変わっていない状態のまま、同じような毎日を過ごしていました。
半年前まで続けていた「1kmジョギング」のこと
実は、半年前までは1kmのジョギングを続けていました。毎日というわけではありませんが、週の中で何回かは走れていて、体重も95kgから90kgくらいまでは落ちていました。距離も時間も欲張らず、とにかく「短く続ける」ことだけを意識していました。
そのとき決めていたルールは、かなりシンプルなものでした。
とにかく短く走る
1km以上は無理に頑張らない
ペースは気にしすぎない
記録よりも、続けることを優先する
この時期は、走れている日があることで、少しだけ自分に対する安心感がありました。ただ、仕事が忙しくなったり、人間関係や日常のタスクが増えたりする中で、走る回数は少しずつ減っていきました。
「今日は仕事が長引いたからやめておこう」「今週はトラブルが多かったから無理はしないでおこう」「明日は朝が早いから今日は休もう」。
そういった理由が重なっていき、気づいたときには、走らない日が当たり前になっていました。明確に「やめた」と決めたわけではなく、いつの間にか習慣から外れていた、という感覚に近いです。
90kgという数字を直視できなかったときのこと
体重は95kgから90kgまでは落とせました。数字だけを見れば5kg減なので、一定の成果は出ています。ただ、そのあとが問題で、そこから先はほとんど動かず、90kg前後を行ったり来たりしていました。
体重計に乗るときも、だいたい結果は分かっています。「今日も90kgあたりだろうな」と心のどこかで予想しながら、それでも数字を確認するのが少しおっくうになっていきました。
測るのがこわい
数字を見るのがこわい
変わっていない現実を確認するのがこわい
この「こわさ」は、単に体重の問題だけではなく、仕事や将来、健康に対する不安ともつながっているような感覚がありました。
行動経済学では、損失やネガティブな情報を避けようとする傾向を「オストリッチ効果」と呼ぶことがあるそうです(ダチョウが敵から隠れるために頭を砂に埋める様子から)。 体重計に乗る回数が減っていった時期は、まさにそれに近い状態で、変化していない自分を正面から見るのを後回しにしていたと思います。
目先の楽さを選びやすい理由(現在バイアス)
長期的にこうなりたい、という目標は頭の中にはいくつもありました。
健康な人生を歩みたい
将来の自分が後悔しないようにしたい
子どもや家族と全力で遊べる体でいたい
一方で、短期的な誘惑はこんな感じです。
ポテチを食べてコーラを飲む心地よさ
ソファでスマホを眺めている時間
ベッドの中で何も考えずに動画を見るひととき
脳の仕組みとして、人は遠い未来の利益より、今すぐ得られる快楽を優先しやすいと言われています。行動経済学では、こうした傾向を「現在バイアス」と呼ぶそうです。
自分の感覚としても、今日30分運動したからといって、翌日の体重が大きく変わることはほとんどありません。一方で、今ポテチを食べれば、その数秒後にはもう満足感が返ってきます。どちらを選びやすいかと言われれば、体感としては後者のほうが圧倒的に分かりやすい「ごほうび」でした。
将来のために正しい選択ができないから「意志が弱い」というよりも、そもそも「脳がそうなりやすい前提がある」。その前提を知ってからは、その仕組みも含めてどうやって行動を組み立てるか、という視点で考えるようになりました。
自分を責めるほど続かなくなる理由
長期的な目標に向けて動けないとき、思考はこんな感じになります。
「今日もできなかった」 「自分は意志が弱い」 「何回同じことをくり返しているんだろう」 「他の人はできているのに、自分だけできていない」
少し調べてみると、ダイエットや禁煙などの分野では、ルールを一度破ってしまったときの強い罪悪感や自己嫌悪がきっかけになって、全部投げ出したくなる現象があるそうです(「どうにでもなれ効果」なんて呼ばれたりもします)。完璧に守れなかった瞬間に、「もうダメだ、全部終わった」と感じてしまい、そこから一気に元の生活に戻ってしまうイメージです。
自分の中でも、これに近いパターンはよくありました。
一日サボっただけなのに、そこで自分を強く責めてしまう。そうすると、次の日にまた始めるための気力がさらに下がっていきます。本来であれば、一日抜けたところからもう一度やり直せばいいだけなのに、自責の気持ちが大きくなりすぎて、再スタートのハードルがどんどん上がっていく感覚がありました。
そこから少しずつ考え方を変えていきました。
やれていない自分を責めるのではなく、なぜやれなかったのかを確認する。
その日の体調や仕事の状況、心の余裕などを含めて、状況として整理してみる。
「完全にできていないこと」を認めたうえで、それでも「どこなら調整できそうか」を考える。この切り替えが少しずつできるようになってから、行動のペースはゆっくりでも、前に進みやすくなったと感じています。
ジョギング再開のきっかけになった出来事
ここまで書いてきたように、頭の中ではずっと運動したほうがいいと思っていながら、なかなか行動にはつながっていませんでした。生活自体は大きく変わっていないのに、時間だけが過ぎていく感覚がありました。
転機になったのは、特別な出来事ではなく、12月3日の夜のことです。 いつも通りベッドに入って、なんとなくスマホでSNSを眺めていました。その流れの中で、チョコザップの広告が目に入ってきたんです。
「2か月無料キャンペーン」
という文字が大きく出ていました。いつもなら、こういう広告はそのまま流して終わりです。でも、このときは一度スクロールする手を止めて、内容を読みました。運動したほうがいいと思い続けていたところに、「試すだけならアリかもしれない」と思ったのです。
チョコザップの2か月無料で一歩踏み出せた理由
ジムに通うこと自体には、前から興味がありました。ただ、現実的にはいくつかハードルも感じていました。
月額料金がそれなりにかかること
入会金や事務手数料がかかること
続かなかったときに、もったいなさや自己嫌悪が残りそうなこと
特にお金そのものというよりも、続かなかったときに感じそうな「損をした感覚」や「やっぱりダメだった」という自己否定が大きなストッパーになっていたように思います。
そこに、最初の2か月は無料という条件が出てきました。
合わなければやめてもいい
続けられなくても、大きな出費にはならない
このくらいの前提に変えられたことで、決断の重さがかなり軽くなりました。 自分の中での意味づけも、「いきなり本格的に通う」のではなく、「まずは試してみてから考える」という順番に変わりました。
その夜のうちに、申し込みの画面を開いて、登録を完了しました。 大げさな決意というより、「これだけ運動のことを考えてきたのだから、一度くらいは実際に動いてみてもいいだろう」という感覚に近かったです。
初めてジムで30分走ってみた日のこと
12月7日、ついにチョコザップへ行きました。 ジムに入るのは初めてで、入退館のやり方やマシンの操作は、アプリと館内の説明を見ながら確認しました。
この日はランニングマシンだけ使いました。
時間は合計でおよそ30分
歩きとゆっくりしたジョギングをまぜる形
速度は無理のない範囲で調整
終わったあとは息が上がっていて足も重かったですが、体が温まっている感覚はありました。この時点で体重が変わったわけではありませんが「ジムに来て30分だけでも動いた」という事実を一度つくれたことは、自分の中では大きな区切りになった出来事でした。
次の日、朝から走りました。
チョコザップに行ったあと、翌日に朝の時間に走ってみました。出勤前に15分だけチョコザップに寄って、ランニングマシンで軽く体を動かしました。
目がはっきり覚めている
頭がぼんやりしにくい
通勤の足取りが少し軽い
仕事の内容が急に変わるわけではありませんが、午前中の集中しやすさや、動き出しのスムーズさには違いを感じました。長時間走ったわけでもなく、たった15分動いただけです。それでも、やらなかった日と比べると、体と頭の立ち上がりは明らかに変わっていました。
朝に走ることを毎日続けられているわけではありませんが、短い時間でも体を動かすと、一日の入り方が変わるという感覚は、このときにはっきり残りました。
走れない日があっても自分をどう見るか
現時点で、毎日きっちり走れているわけではありません。行こうと思っていたのに仕事が長引いた日や、体調がいまひとつの日もあります。そういう日は、走る前から今日はやめておこうと判断することもあります。
以前の自分は、走れなかった日があると、すぐに自分を責める方向に考えが向いていました。 「またできなかった」「意志が弱い」「どうせ続かない」……。 こうした言葉が頭の中で出てくると、翌日にもう一度動き出すハードルが一気に上がります。
そこからは、考え方を少し変えるようにしています。
走れなかった日は走れなかった事実としていったん受け止める
そのうえで、なぜ走れなかったのかを落ち着いて振り返る
体調や仕事の状況など、自分ではコントロールしにくい要素も含めて整理してみる
その日の自分を責めるのではなく、条件を確認して次にどうつなげるかを考えるイメージです。心理学の分野では、できていない部分も含めていったん自分を受け止めることを「自己受容」と呼ぶそうですが、自分なりにはそれに近い感覚かもしれません。
完璧に走り続けることを目標にするのではなく、走れない日があってもやり直せる前提で続けていく。今は、そのくらいの距離感でジョギングと付き合っていけたらいいと思っています。
気持ちを切らさないために決めていること
ここからは、できるだけ続けやすくするために、自分なりに決めていることを書いておきます。完璧なルールではなく、今の自分が無理なく意識できる範囲のものです。
■ ハードルを下げておく
30分走るのがきつい日は、10分だけでもよしとする
1kmがしんどい日は、500mでもいいと考える
走る気になれない日は、歩くだけでもその日は良しとする
■ 完璧を目指さない
毎日走ることを前提にしない
週に何回できたかをざっくり振り返る程度にしておく
走れなかった週があっても、そこで全部をやめたことにはしない
■ 記録の見方も少し変える
体重の数字だけを見て判断しない
その日にやったことを一言だけメモする (例:1km歩いた、夜ごはんを少なめにした、など)
■ 比較の対象を決める
SNSで見かけるキラキラした人たちと比べない
過去の理想の自分とも必要以上に比べない
きのうの自分と比べて、少しでも前に進んでいれば良しとする
書いてみると当たり前のことばかりですが、この当たり前を続けて意識するだけでも、気持ちが一気に切れてしまう場面は減ってきたように感じています。
あの頃の自分に今伝えたいこと
あの頃の自分に一つだけ伝えるとしたら、 「できていない日があっても、そこで全部終わりだと決めつけなくていい」 ということです。
ポテチを食べてしまった日や、走るつもりで何もせずに寝てしまった日があっても、その一日だけを切り取って、自分を評価しなくていいと思います。
運動できていなかった頃の自分は、行動よりも自己評価のほうを先にしていました。 「走れなかった、また続かなかった、だから自分は意志が弱い」 そうやって結論を急いでしまうことで、本来ならもう一度やり直せるはずのタイミングを、自分で狭くしていたところがあったと思います。
今の自分から見ると、完璧にできている必要はなくて、やれていない時期があっても、どこかでまた始めればいいだけだと感じます。間が空いてしまっても、その時点から歩き出せば、それも含めて経過の一部になります。大事なのは、できなかった日を理由に全部をやめてしまわないことだけです。
うまくいっていないときは、他の人と比べるよりも、少し先の自分を想像してみてほしいです。
三か月後や一年後の自分が、どんな状態だったら少し安心できるか。 そのために、今日なにを足せそうか。
大きな変化でなくてよくて、ほんの少しでも動けたなら、それで十分意味があると思います。
あとがき
ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。
今回書いた内容は、きれいにまとまった成功談ではありません。体重もまだ90kg前後ですし、ジョギングも毎日きっちり続いているわけではありません。それでも、運動ができていなかったところから、少しずつ動き始めるまでの流れを整理しておきたくて、今回の文章にまとめました。
書きながら感じたのは、何か一つ大きなきっかけで変わったというより、小さなきっかけや考え方の変化がいくつか積み重なって、ようやく一歩動けるようになったということです。「現在バイアス」や「自責思考」といった言葉も、自分の行動パターンを説明するための一つの視点として、あとから知ったものです。
今後も、順調に進む時期もあれば、また止まってしまう時期も出てくると思います。そのどちらも含めて、記録として残していければ、自分にとっても振り返りやすくなりますし、同じようなところでつまずいている誰かの参考になる部分が少しはあるかもしれません。
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チップありがとうございます、わざわざ行動で示していただいたことが本当にうれしいです、いただいた分しっかり内容で返していけるよう積み上げていきます。