🦷歯神社?「柴籬神社」🦷反正天皇🦷🦷痛いの飛んでいけ【南河内シリーズ】
「しばざきじんじゃ」と読む。第18代反正天皇の皇居跡で、五年間、ここに都を置き河内王朝最後の都として、古事記・日本書紀に「丹比柴離宮」と記されている。昭和でも1kmの参道には松並木があった。

開運松原六社参り
お正月の元旦から15日までに参拝する行事。期間内に六社を参拝すれば「開運干支張子」を授かる。
阿保神社:https://note.com/yanma_travel/n/nd8c9c3bcb1dd
阿麻美許曽神社
我堂八幡宮
柴籬神社:ここ
布忍神社:https://note.com/yanma_travel/n/nd1f9fb337be2
屯倉神社:https://note.com/yanma_travel/n/nd8c9c3bcb1dd

変更履歴
2025/06/06:初版
▼HP
公式:https://www.shibagaki.or.jp/
▼アクセス
大阪府松原市上田7丁目12−22
▼祭神・本尊と脇時
反正天皇
(別名を「瑞歯別命(みずはわけのみこと)」)
▼見どころ




→歴史・由緒など
24代仁賢天皇の勅命により創建
主祭神は反正天皇で、別名「瑞歯別命」で、菅原道真、依羅宿弥も祀る
反正天皇は美しい歯並びであったことから、歯の神様として信仰されている日本でも珍しい神社です(『古事記』『日本書紀』)
1351年、足利直義が祈願参詣している
戦国時代の河内国守護・畠山氏も信仰篤く、京都御所より菊花御紋章幕一連を賜わっている
江戸時代には、井原西鶴も参詣して、当宮の狂歌を数々残している
昔は「広庭神社」及び「天満宮」と称した時期もある
神仏習合時代は、境内に神宮寺広場山観念寺があったは神仏分離令で廃寺
本尊十一面観世音は上田の観音堂に移転
1908年頃、菅原神社、田坐神社など周辺を合祀
ということで、この神社をもっと知りたい方は「反天天皇と柴籬神社(http://www.cave-ens.com/pdf/CENS6_006.pdf)」をどうぞ。反天天皇=歯とは別の話もあるようですね。

南門は明治初年まであった神宮寺「広場山観念寺」の山門なんだそうです。
→境内へ

南門横には「反正天皇柴籬宮址」の碑があり、反正天皇の都とした「丹比柴籬宮(たじひしばがきのみや)」があったとされている。

→大歳社
境内のすぐ左に「大歳社」が鎮座。





→歯神社/住吉社



反正天皇が容姿端麗で生まれながらにして珠のような美しい歯を持っていたことから名付けられたといわれている。伝承『「ちちかみはし」と歯神社』は松原市のHPをどうぞ。歯の面を指先で触って健康と丈夫な歯でありますようと祈念するお祭りがあるようで、毎年8月8日夜8時8分から祭典が行われる。





そうそう、大阪の梅田にもありますね。京都の東寺(私のNOTE)と鞍岡神社(私のNOTE)は歯痛の神ですがありますね。また纏めようか。
→稲荷大神・勝手大神





→拝殿・本殿



拝殿前に上賀茂神社(私のNOTE)で有名な「立砂」がある。実は、古社に多く、ここも古くから伝わるものなんだそうな。




拝殿の左右には、18ずつ掛けられた「三十六歌仙図」がある。「三十六歌仙」とは、平安時代後半に藤原公任によって選ばれた36人の優れた歌人のことで、この36人の肖像にその代表的な和歌を一首添えたものを三十六歌仙図と呼び、後に和歌の上達を願って歌仙図を絵馬として奉納するようになったといわれている。





本社拝殿前の右側に境内社が鎮座しているが、こちらの社名・祭神は不明。



→田坐神社
1908年、神社合祀令により遷座したが、現在は旧地に復旧しており、当社と旧地の二ヶ所で祀る形になっている。

▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▼旅行記
熊野世界遺産20周年と羽曳野/松原の古社巡り★和歌山⑬大阪ミナミ⑮★|やんまあ@旅行記
▼セットで行くところ
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