菅原道真が太宰府に左遷される途中に立ち寄った「屯倉神社/阿保神社」太宰府で刻んだ自らの木像【南河内シリーズ/開運松原六社参り】
開運松原六社参りの2社へ!「屯倉神社」と書いて「みやけ」と読む。って読めます??読めるって・・そんなアホな・・・・と思いつつ「阿保神社」へ!?って読みは「あおじんじゃ」です。
本NOTEの「屯倉神社」は”松原市三宅町”に鎮座。屯倉って、宮家・御宅などとも書き、大和大王の直営農地と考えられている。なので、他の場所にもあるのか。
変更履歴
▼見どころ
▽屯倉神社:大阪府松原市三宅中4丁目1−8
→歴史・由緒など
942年、創建
菅原道真が太宰府に左遷される途中に立ち寄った
その後、菅原道真が太宰府で刻んだ自らの木像を三宅寺(廃寺)に送った
道真像とスサノオ神像、八幡神像を祀っていたので神宮寺だったのかな
菅原道真が道明寺(私のNOTE)の叔母・覚寿尼に別れをされた後、氏社である当社へ参詣
この時に腰をかけたと云う「神形石」が境内に残っている
境内には、津速魂命を祀る酒屋神社、天穗日命を祀る天津神社も鎮座する
西方寺に移されている平安時代後期の十一面観音像は、神宮寺であった梅松院の本尊
昔は、依羅三宅天満宮だったとか
1907年、延喜式・酒屋神社を本殿北側に合祀
→境内へ







→参道「神形石」など
1862年、妻屋氏が標石を建立したのが「神形石」。他にも、南北朝時代の阿弥陀三尊画像や弘法大師像、江戸時代に皇室で用いられていた草履「おめぶと」などがある。



→拝殿・本殿
本殿裏には入れない感じになっていますね。旧社殿は、1792年に建てられ、現社殿1988年に氏子の寄付で造営された。祭神は、菅原道真、スサノオ、ホンダワケの3柱で、等身大の菅原道真坐像が安置されているが、自ら刻んだものではない。







→天津神社・日吉神社・大物主神社・素盞嗚神社・天照大神社

まずは「天津神社」です。かつてこの辺りに天穂日命を祀る穂日の社があったようです。アメノホヒは出雲出身で土師氏になり、奈良で菅原氏になった「菅原道真」の祖である。

もしかしたら出雲から奈良に行くときの通り道だったのかも。アメノホヒ代表格は、島根・出雲大社(私のNOTE)、鳥取・天穂日命神社&天日名鳥命神社&阿太賀都健御熊命神社(私のNOTE)ですね。その後、出雲からノミノスクネが中央(私のNOTE)で活躍し、奈良・菅原天満宮(私のNOTE)で菅原氏になります。そして、京都で菅原道真誕生する。
元に戻します。日吉神社(本宮の私のNOTE)、大物主神社、素戔嗚神社、天照大神社となっている。




→酒屋神社左「市杵島姫社」酒屋神社右「琴平神社」



→式内社「酒屋神社」
1907年、延喜式・酒屋神社を本殿北側に合祀。祭神は、中臣酒屋連の祖神・津速魂命を祀っている。古社を遷し、地名や高速IC名でもあるので、この神社が、それ以上に歴史と力がある神社なのだと確認する。



津速魂命は神皇産霊尊(カミムスヒ)の子とされています(『先代旧事本紀』より)
十九世孫・中臣酒屋連が、屯倉の米と酒屋井の水で酒を造り朝廷に納めていたようで、その祖神を祀っていた
酒屋神社はここから400mほど北西、三宅村の西の端、中河内郡三宅村字西の口に鎮座していた
この酒屋神社の旧社地の西側に酒蓋池があり、池の北東に酒屋井という井戸があった
この井戸から神様が出現されたことから酒屋神社は酒屋権現とも呼ばれた

→メディア情報
松原市:【地域貢献】屯倉(みやけ)神社(松原市)梅まつりで、本学茶華道部が運営を支援しました。
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▽屯倉神社前「三宅龍王講」



▽阿保神社:大阪府松原市阿保5丁目4−19
車で入れなかった。事前調査不足ですね・・・。詳しいNOTEクリエータのものを紹介します。
→メディア情報
https://www.youtube.com/watch?v=U28zHyWhmrE
▼旅行記
熊野世界遺産20周年と羽曳野/松原の古社巡り★和歌山⑬大阪ミナミ⑮★|やんまあ@旅行記
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