名草戸畔三社!名草戸畔の頭「頭の宮/宇賀部神社」神武東征!お帰りなさい小野田さん【和歌山シリーズ#和歌山市周辺シリーズ#和歌山紀北シリーズ#熊野九十九王子社】
「おこべじんじゃ」或いは「おこべさん」の愛称で親しまれていますが、正式な名称は「うかべじんじゃ」で、「名草戸畔伝説」の三社のうちの1社。第二次世界大戦終結を知らずフィリピン・ルバング島で約30年戦い続け日本へ帰還した小野田寛郎氏の実家の神社!!
この神社は、日本書紀にも記された神武東征の時代、紀北地方を治めていたとされる名草戸畔の伝説に深く関わっています。名草戸畔は、神武天皇との戦いの後、その遺体が三つに分断され、それぞれ宇賀部神社、杉尾神社、千種神社に祀られたと伝えられています。また、宇賀部神社は、第二次世界大戦後、長らくルバング島で戦い続けた小野田寛郎氏の実家としても知られています。境内には小野田氏の座右の銘「不撓不屈」の石碑があり、その精神を今に伝えています。本記事では、宇賀部神社の歴史や見どころ、名草戸畔伝説との関わりについて詳しく解説します。
日本書紀
紀伊国に迂回した時、天皇の兄・五瀬命が雄水門で雄叫びをあげられた後、
竈山の地で薨去される。次いで、名草邑で名草戸畔を誅する。
神武東征
神武東征で亡くなった名草戸畔の遺体は名草の住民によって頭、胴体、足の三つに分断され、頭は宇賀部神社、胴は杉尾神社、足は千種神社に埋葬されたとされています。
変更履歴
2025/11/16:初版
▼HP▼アクセス
和歌山県海南市小野田917
※ナビ通りいくと狭い道に誘導するかも
※地図PDFで行くのが良いかと
▼祭神・本尊と脇時
宇賀部大神(軻遇突智命)
荒八王子命
誉田別命
▼見どころ
→由緒・歴史
戦国時代の兵火で焼失して、由緒は不明
鎌倉時代よりの小野田家が神職をしている
小野田家では「山城国、愛宕神社を勧請す」とあるため、祭神の中央に祀る「宇賀部大神」を火の神「迦具突智神」とする
神武東時に紀北を支配し、紀三井寺(私のNOTE)の北の名草山あたりを本拠地としていた名草戸畔(なぐさとべ)の首級を祀るといわれている
名草戸畔はこの地域の首長で平和に暮らしていたが、神武東征で、村人たちは対抗した。形勢不利になって高倉山に退却し、戦いむなしくそこで惨殺され、頭部、腹部、脚部に切り裂かれた
わが先祖たちは、嘆き悲しみ、三つに切り裂かれた名草戸畔を三つの所に懇ろに埋葬した
頭部を祀った当社(通称 おこべさん)、そして、その南約2㎞の阪井の高倉山の南麓・杉尾神社(通称 おはらさん)、千種神社(通称 あしがみさん・ももくささん)



https://www.pref.wakayama.lg.jp/bcms/prefg/000200/nagomi/pdf/nagomi23/pdf/p19.pdf
遺体を切断して祀るなど、かなり不気味でオソロシイ印象があります。おかげで近年、「神武天皇が討伐した名草戸畔の怨霊を封じ込めるためにバラバラにして埋めた」との説も横行しました。民俗学では、負けて恨みを持って死んだ者を「怨霊」とし、そのたたりを恐れて祀る信仰を「御霊信仰」と呼びます。名草戸畔の3神社は御霊信仰のお宮だというのです。
しかし、実際に現地で伝承を調べてみると、だいぶ様子が違っています。前回までに紹介した小野田寛郎氏の伝承では「名草は軍を追い払ったので負けたと思っていない」といい、小薮繁喜氏の台本は降伏説で、後も幸せに暮らしたというニュアンスが強く、負けて恨みを持っているような伝承はどこを探しても出てこないのです。
実は、名草戸畔遺体切断伝承とよく似た神話が存在します。それは「ハイヌヴェレ型神話」といって、切断された女神の遺体から穀物が生えるという物語です。農耕の起源を表す神話とされ、芋や稲などの栽培が発生した東南アジア中心に世界中に広く分布しています。名草戸畔の3つの神社にも稲の神「宇迦御魂神」が一緒に祀られています。
3つの神社が今でも、頭やお腹や足に効く神様や豊穣の神として愛されているのは、名草戸畔が自然の山を祀り、民を守る幸せの女王だったからではないでしょうか。
→駐車場






→参道








→境内



階段をのぼると二の鳥居があり、出雲方面で多い認識である狛犬がお出迎え!!





拝殿の右前にある「不撓不屈」は小野田寛郎氏の座右の銘で「強い意志を持って、どんな苦労や困難に出会っても、決して心がくじけないこと」という意味が込められているそうな。




→割拝殿/本殿
紅葉が素晴らし!!







祭神「宇賀部大神(ウカベノオオカミ)」「荒八王子命」「誉田別命」の3柱が祀られている。
宇賀部大神は火の神・カグツチのようですね。小野田城が燃えないように火の神を祀ったのではないか?と思ったり。小野田家は城主でもあるので。


→本殿左右「天神社/太神宮」
本団左右には小さな社がある。向かって左に菅原道真を祀る「天神社」で、右にアマテラスを祀る「太神宮」である。「大」ではなく「太」というのは「太一」の方なのか??


→摂社・末社「祇園神社/弁財天神社/秋葉神社/山王神社/稲荷神社」
本殿向かって右ですね。

祇園神社:スサノオ:疫病・厄除け
弁財天神社:イチキシマ:文芸守護
秋葉神社:カグツチ:防火・農耕
多賀神社:イザナギ💛イザナミ:延命長寿
山王神社:大山咋神・オオモノヌシ:家内安全

山王神社以外の4社は神仏分離で合祀したようあ。山王神社は高倉山から遷座した歴史がある。












→帰り





→しあわせのなで石


→帰り






▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
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