世界遺産!熊野九十九王子社の一つで五体王子「稲葉根王子神社跡」【和歌山シリーズ/和歌山市周辺シリーズ/和歌山紀北シリーズ】
南方熊楠が強く抗議した神社合祀ラッシュ。稲葉根王子も例外ではなく大正初期に合祀されて跡地となっておりましたが、1956年に再び祀られるようになったそうです。水垢離場横。上皇や女院の方々もこちらで禊をして、徒歩で川を渡ったそうです。

変更履歴
2026/05/09:初版
▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時
公式HP:
アクセス:〒649-2102 和歌山県西牟婁郡上富田町上岩田2988−2
祭神:熊野九十九王子(五体王子に準ずる)
※川沿いに駐車場はあるが鎖で入れないようになっています。
▼見どころ
→由緒
1109年: 藤原宗忠の日記『中右記』に「伊奈波禰王子社」として記録が残る。これが史料上の初見とされる。
1201年: 藤原定家が随行した後鳥羽上皇の熊野御幸の際、五体王子(特に重要な5つの王子)に準ずる格別の崇敬を受ける。
1326年: 『熊野縁起』において、明確に「五体王子」の一つとして数えられるようになる。
1427年: 足利義満の側室・北野殿の参詣記にも、重要な王子として言及される。
1666年: 所在が一時不明となっていたが、紀州藩の命による調査で判明し、再興される。
1800年代(江戸時代): 岩田村の産土神として、紀州藩主や地元住民から厚い信仰を集める。
1915年: 神社合祀政策により、現在の「岩田神社」へと合祀される。翌年には社殿も移築された。
1956年: 地元住民の要望により、旧社地に分霊を遷座して復社(再興)される。
2016年: 世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産として追加登録される。
稲葉根王子前の岩田川(富田川)付近は、熊野の霊域に入る前の重要な水垢離場とされ、この王子から川で水垢離を取り対岸の一ノ瀬王子へ渡ったと伝えられています。天仁2年(1109年)の「中右記」にもその名が見え、社歴も古く格別に崇敬されていました。 この王子の神は熊野本地曼陀羅に稲を背負う翁の姿で描かれ、別名稲荷王子と呼ばれています。江戸時代は産土神とされていましたが、大正15年(1916年)、現在の岩田神社へ合祀されました。現在は再び分霊を遷し、稲葉根王子として再興されています。
現在開催中の小企画展「熊楠と梅岳・米花」展の一環で稲葉根王子跡に行ってきました。ここは神社合祀によって、かつて岩田神社があった場所です。現在の岩田神社は西牟婁郡上富田町岩田にあり、急な石段があります。明治38年(1905)に合祀されましたが、昭和31年(1956)に現在の稲葉根王子跡の場所へ分霊をして、社が建てられました。その60年後の平成28年(2016)に世界遺産となりました。この社の前には阿吽の狛犬が鎮座しています。この狛犬は上富田町岩田出身の画家稲田米花と妻きみが寄進したものです。稲田米花は出身地である上富田町岩田に密接に関わっていたようです。
藤原宗忠の日記『中右記』の天仁二年(一一〇九)十月二十二日条に、「伊奈波祢王子社に参り奉幣」とあるのが、この王子の初見です。建仁元年(一二〇一)、後鳥羽上皇の熊野詣でに随行した藤原定家は、十月十三日に稲葉根王子に参拝していますが、この王子では、五躰王子に準じて、儀式が諸事華やかであったと日記に記しています。
→境内へ







▼メディア情報
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