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丹後王国の元伊勢三社巡り「元伊勢内宮皇大神社」【京都/丹後王国シリーズ/丹波王国シリーズ】

2011年、2016年、2025年の参拝記録をギュッとした未来過去見比べNOTE。元伊勢「吉佐宮」伝承があり、元伊勢三社巡りの地へ!!

本NOTEは過去NOTEから分霊しました。元伊勢比定地めぐりは「京都・元伊勢候補地(籠神社以外)/羽衣伝承&かぐや姫/藤社神社/比沼麻奈為神社/奈具神社/竹野神社|やんまあ」をどうぞ!!

第十一代垂仁天皇のときに、「天照大神」は現在の伊勢市にある伊勢神宮・内宮に遷る。その後、第二十一代雄略天皇の時代にアマテラスが「食事を司っていた豊受大神がそばにいてくれると安心だ」というご神託があり、豊受大神が伊勢に遷ることになったとのこと。
日本書紀に記載がある元伊勢「吉佐宮(与謝宮などの記載もある)」は籠神社だろうとあることから、伊勢神宮内宮の元宮、さらに外宮の元宮と思っている人が多い認識である(私もそう思っている)。
ただ、そのほかにも内宮・外宮がセットになった神社があり、外宮の祭神・トヨウケを祀り昔から続いている雰囲気・空気を感じる良い神社は多い。
そんなところを一挙にまとめてみた。

次の私のNOTEより

 本NOTEの次に公開する「天岩戸神社」はセットで参拝です!!

2025年
2025年

本宮は以下ですかね。

私の元伊勢は次です。

変更履歴

  • 2026/05/30:初版


▼HP▼アクセス▼参拝記録日時

▼祭神・本尊と脇時

  • アマテラス(伊勢神宮内宮)

▼見どころ

→由緒

  • 第10代・崇神天皇は、「別に大宮地を求めて鎮め祭れ」との皇大神の御教えに従い、永遠にお祀りする聖地を求め、それまでお祀りされていた倭笠縫邑(現奈良県桜井市三輪)をお出になった

  • まず最初に但波(丹波)へお遷りなり、そのご由緒により当社が創建されたと伝えられている

  • 皇大神は、当地に4年お祀りする

  • 西暦紀元前4年、様々なところに遷り、伊勢の五十鈴川上の聖地・伊勢神宮に鎮座した

  • こうした伝承から「元伊勢内宮」あるいは「元伊勢皇大神宮」「大神宮さん」などと呼ばれ、信仰が続いている

  • 本殿は、神明造で屋根は珍しい茅葺

  • 皮つきの杉で作った「黒木の鳥居」もあまり例がない

  • 皇大神社から天岩戸神社に向かって約200mのところに日室ヶ岳遙拝所があり「一願さん」と呼ばれ「一つだけ願い事をすれば叶う」という一願成就の信仰が古くから伝えられている

    • 日室ヶ岳(岩戸山)は、ピラミッドに似ている

    • 原生林におおわれた神霊降臨の神体山

    • 頂上には磐座らしき巨岩もあり、皇大神社はもとこの山頂にあったとの伝承もある

  • 冬至の日に太陽が昇る方向に鎮座

    • 丹後の与謝の石鳥居から東南東を望むと、大江山千丈ヶ嶽(与謝の大山)、元伊勢内宮、伊勢両宮とは一直線で貫かれる

    • 古代、与謝の里人が、冬至の日に太陽が昇るのを拝した神秘な線

  • 江戸時代、参勤交代の通路になったこともあり参拝客で賑わい、茶屋や土産物店など栄えたらしい

→境内へのアプローチ

 坂を登る!!アプローチは伊勢神宮別宮・瀧原宮に近いと思う。

2011年
2016年
2011年
2025年
2011年
2025年

 参道へのアプローチが伊勢神宮別宮・瀧原宮(私のNOTE)を思い出す。
 神明造の本殿は、元伊勢と言われる神社に共通していることですが、今でも、氏子、近所の方に大事にされているので神社は綺麗です。

2025年
2025年
2025年

 。。。。。2025年、結構遠いな~と思い出す。いや、体力が落ちたのか??

2011年
2016年

麻呂子杉は、聖徳太子の御弟麻呂子親王が、丹後国与謝郡河守庄三上嶽に棲む英呉、軽足、土熊という3人の凶賊を追討された時に、当社に詣でて御手植えになったのが3本杉といわれています。樹齢千年以上と伝える古木で参道に聳え立っています。もとは3本杉でしたが、落雷等で枯死し、今は1本となっています。

公式HP:境内案内

麻呂子王といえば次の神社ですかね。


2016年
2025年
2016年

→元伊勢の訳厄神「御門神社」

 「かまど」神社です。参道途中にあります。天の岩戸神社経由で駐車場に戻るのがゴールデンコースなので本殿より先に行きましょう。

2016年


2025年

奇岩窓神(くしいわまどのかみ)・豊岩窓神(とよいわまどのかみ)を祭る。この神様は、天岩戸を守る御門の神で、四方四隅、上下、八方十方からくる悪邪の厄を防ぎ祓い却け、しかも、出入りする者のあやまちを直してしまわれる厄神さんの本宗です。

公式HP:境内案内
2025年
2016年
2016年
2016年
2025年
2016年
2025年
2016年
2025年
2025年

→境内

2016年
2025年
2025年
2025年
2025年
2016年

 2011年と2016年を見比べると見どころがあるかと。社殿修復って大事だなと思ったり。

2011年
2025年
2025年

皮つきの杉で作った「黒木の鳥居」があることからも、京都・野宮神社(私のNOTE)と同じく、斎王を祀ったとも思ったりする。

斎王とは?(明治町HPより抜粋)
それは、天皇に代わって伊勢神宮の天照大神に仕えるために選ばれた、未婚の皇族女性のことである。歴史に見られる斎王制度は、天武二年(674)、壬申(じんしん)の乱に勝利した天武天皇が、勝利を祈願した天照大神に感謝し、大来皇女(おおくのひめみこ)を神に仕える御杖代(みつえしろ)として伊勢に遣わしたことに始まる。
以来、斎王制度は660年以上にわたって続き、60人以上の斎王が存在した。伝説は、伊勢に天照大神を祀った倭姫命(やまとひめのみこと)など、さらに多くの斎王の物語を伝える。

→拝殿・本殿

 伊勢神宮は20年に一度に式年遷宮をするのだが、ここは60年毎の式年造替なので、出雲系に思ったり・・。

2011年
2025年
2011年

茅葺の神明造り。千木は内ソギで堅魚木は10本。左右に棟持柱があります。基礎に台石を用いる他は、伊勢神宮の古制と同じです。
また、神宮は20年毎に遷宮がありますが、当社には60年毎の式年造替の定めがあります。明暦2年(1656)の社殿造営にあたり丹後国主源朝臣京極高国が修築をしたことを記した棟札も残っており歴代藩主等の尊崇を受け行われてきました。しかし、明治5年(1872)に造営されて以後途絶え、ようやく138年後の平成22年(2010)に平成の大改修が行われました。
当神社の本殿の裏側には扉があります。遙拝形式の社殿で、かつては来訪神の信仰があったことがうかがえます。

公式HP:皇大神社について
2016年
2016年
2025年
2011年
2025年
2025年

 左右から本殿!

2011年

 2011年は写真から遷宮したばかりなのかも。そして2016年、2025年で次のようになっています。

2016年

 やっぱ檜皮葺は美しい~~!!!

2011年

→天手力雄神社

 アマテラスが天岩戸に引きこもった「岩戸隠れ」という神話に出てくる神様。天岩戸からアマテラスを引っ張り出し、この岩いらないわ!と思いっきり投げたら宮崎(私のNOTE)から長野(私のNOTE)へ投げ飛ばした神様ですね!?そんな神様がいるので明日公開のNOTE「天岩戸神社」があります。

2025年

 拝殿・本殿横の別宮扱いの認識。

2025年
2011年
2016年
2025年

タヂカラオを祀る神社の背後に磐座ありというのは神社アルアルです。

→栲機千々姫神社/龍灯の杉

 祭神は知る人は知る「栲機千々姫命(タクハタチヂヒメノミコト)」。天孫降臨した天照皇大神の孫・ニニギの母神。織物、安産、子宝などの御利益がある。

2025年

樹齢2千年と伝えられるご神木。この巨木の梢に節分の夜、丑三つ時になると龍王が龍宮から天照皇大神に神灯を捧げるという神秘な伝説があります。その灯は、下枝から次第に上枝へと昇ってやがて天に至ると伝えられています。
この杉に隣接して龍神の磐座がお祀りされています。
昭和37年秋の火災と平成3年秋の台風被害により枯死寸前でしたが、平成6年樹勢回復施術を行うとともに、長寿の遺伝子を持つ小枝を採取、接ぎ木・挿し木で若木を誕生させました。この若木は、親木の傍らに根づき、その命を継承してご神威とともに未来に向け悠遠の時を刻むことでしょう。

公式HP:境内案内
2025年
2025年
2016年
2025年
2025年
2016年
2025年

→拝殿・本殿/左右別宮

→三女神社

周りに池があるので、宗像三女神ですね。田心姫神(タゴリヒメ)・湍津姫神(タギツヒメ)・市杵島姫神(イチキシマヒメ)を祀ります。イチキシマヒメ単独も結構多いです。

→熊野神社

2025年
2025年

 熊野三山がアマテラス系と混在ってっ目zるらしい気がする。

→摂社・末社 -神社ワンダーランド-

80余の小宮が、ご本殿を中心に、前後左右を囲む。皇大神ゆかりの摂社の他、全国一宮など有験の社を集め、八方詣(八方除参り、八方開き参りともいう)などの信仰があります。かつて、節分の夜には裸参りの風習もあり、多くの方が参拝し、一つ一つの小宮にお参りし四方八方の厄を取り除き新しい年(立春)を迎えました。現在でも節分や年末年始など多くの方が八方詣をされます。

公式HP:境内案内

時計回りに行きます!少しずつコメント入れつつ本宮も紹介します。いや~古社ばかりなんですよね。なんか京都・吉田神社大元宮(私のNOTE)並に見応えがある。
 ※摂社・末社は2025年の写真のみ載せます。

 「斎宮神社」なので斎王がいたのかも?やはり丹波王国と丹後王国は伊勢神宮(私のNOTE)・下鴨神社(私のNOTE)・上賀茂神社(私のNOTE)と同じく斎王制度があったのか?

 「松尾神社」といえば、京都市内の古社で秦氏・松尾大社(私のNOTE)ですね。秦氏は亀岡から嵐山の河の氾濫を抑えるべく従事したので、ここに居てもおかしくない気がする。

 浦島太郎こと浦嶋子は丹後の人ですね。ということで「浦嶋神社(私のNOTE)」は納得です。やっぱ、ここは丹後王国だったんですね。(丹後王国は丹波王国から独立し、元に戻る行為をしている。)

 三上神社は御上神社(私のNOTE)なのだろうか?ニニギ母がいるが息子がいないのでニニギ繋がりかなと。

 「少童」とあるので海の神・ワタツミですね。住吉大社(私のNOTE)なんだろうと思いますが、前述した浦島太郎は住吉大社との関りもあるとかないとか。

 鹿児島というと海人の地ですね。なかなか興味深い神社名である。

 佐賀の一ノ宮「興止日女神社」でよいかと。祭神は與止日女命(ヨドヒメノミコト)で、海や川、水の神様として信仰されている。ここであまりにも水の神が多いことに気づきつつ、宮崎や鹿児島の関係も感じつつ。
 ということで、ここまでは下の写真の摂社・末社でした。

次からは次の社です。

 八坂神社(私のNOTE)!!まあ~説明不要かと。次の「玉祖神社」は周防国一宮のものなんですね。そして四国で瀬戸内の主でもある「大山祇神社」と西日本の一宮が続く。

 オオヤマツミですね。厳島神社と水の神が続きます。

 水の神シリーズのラストは大御所・厳島神社(私のNOTE)ですね。

 ここはどこの田村神社と解釈すればよいかは不明ですが、香川・田村神社(私のNOTE)で良いでしょうかね。次の「三島神社」は鴨系との解釈で良いのだろうか。

 ここで鹿嶋神社と古事記オールスターズが続くと思いますが、フツヌシの香取神宮がないですね。
 ここで「由良姫神社」とこの地域の神様のような神社名は何なのだろうか?先日公開した二宮神社(私のNOTE)は実は由良姫とか?

 中山神社は岡山・中山神社(私のNOTE)なのだろうか?一宮が続くのでそういう認識でOKとしよう。

 いきなり二十二社の龍田大社(私のNOTE)と廣瀬神社(私のNOTE)が登場!!ここはニコイチなのは鉄板ですね。この並びは良い感じだ。

 「宇佐神社」「日吉神社」と本宮は宇佐神宮(私のNOTE)と日吉大社(私のNOTE)と有名どころが登場!

 池を越えると和歌山・奈良・滋賀ゾーンになっている気がする。あまり馴染みない人も多いかもしれないが八咫鏡を作る集団がいる「鏡作神社(私のNOTE)」「大神神社(私のNOTE)」「氣比神社(私の氣比神宮NOTE)」と続く。

「物部神社(私のNOTE)」「宇佐神社(私の宇佐神宮NOTE)」「貴船神社(私のNOTE)」「石上神社(私の石上神宮NOTE)」と有名どころが続きます。

 以下は国津神と天津神を全柱祀っているかと思う。

 と終わればよいがラストの追い込み開始!!三種神器に関係もする「日前神社(私のNOTE)」

 本NOTE冒頭で瀧原宮にアプローチが似ていると書いていますが、社がありますね。「瀧原神社(私の瀧原宮NOTE)」と次は「イザナギ💛イザナミ(私のNOTE)」を祀る神社が続きます。

 で、なぞの「荒祭神社」はシンプルに荒魂としておこうかなと。要は外宮・多賀宮(私のNOTE)ですかね。並びからしても横に「月読神社(私のNOTE)」となっているのでOKでしょう。

 伊勢神宮別宮・伊雑宮(私のNOTE)を指す「伊雑神社」とはにくい並びだなと。そして伊勢神宮内宮・外宮で大事にされた居る風の神・シナツヒコの「風之宮神社」が来ている。ちなみにシナツヒコは前述の龍田大社が本宮だが、ここは違うのか??

 「大島神社」はヤマトタケルを祀るでよいだろう。

 そして雨粒オーブではなく本当のオーブか?という写真のラストは福井の若狭(私のNOTE)にある古社・若狭彦神社(私のNOTE)!!若狭は出雲体制を外れて、但馬・丹波・丹後王国側についたということだろう。御食の国・若狭は京都と鯖街道で繋がり、皇族にも食物を届け、今でも東大寺(私のNOTE)二月堂の「お水取り」の開始に伴い「お水送り」を行っている重要な地域である。

 三重の一ノ宮が突然現れたのは意味深だな~と思うわけで・・・。

 先ほど「鹿嶋神社」があったので、相棒「香取神社」が登場した。本殿左右を武神を祀ったのかも。ここから一宮ゾーンだと思う。

 一宮ゾーンですね。「南宮神社」は南宮大社(私のNOTE)からでしょう。北陸から「気多神社(私の気多大社NOTE)」、九州から「筥崎宮(私のNOTE)」、中部から「白山神社(私の白山比媛NOTE)」、中国から「吉備津神社(私のNOTE)」、島根から出雲大社(私のNOTE)こと「杵築神社」もある。

 鹿島神社と香取神社があり、春日大明神のラストは「枚岡神社(私のNOTE)」も来ましたね。(神社公式「春日大明神=鹿島+香取+枚岡」)

 ここから「新良神社」「玉前神社」となり少し解析が必要になる。
 まず「玉前神社」は千葉にある一宮ですね。で問題は「新良神社」だが、これ「新羅」だと面白いのだが。

 謎解き神社が終わると「水無神社」「宇神社(私のNOTE)」となる。「水無神社」は不明だが、想像すると水無瀬神社(私のNOTE)かなと。ちなみに、鳥取の一宮「うべ神社」の表記は「宇」であることを記す。

 実は、この摂社・末社は参勤交代で全国から分霊して集まったのではないかと思ったのだが、その後に「高良神社」「氷川神社」「寒川神社」と関東の本宮が来ているので違うか~。

 秦氏と安倍氏の東国の通り道(関東と京を繋ぐ道)ですね。そう「敢国神社(私のNOTE)」ですね。

 ここから有名どころとマイナーどころが混在する。火の神・愛宕神社(私のNOTE)

 前述で春日神社(私のNOTE)は分かれていると思ったが、やっぱ出ますよね。

 近場から「出石神社(私のNOTE)」ですね。ここからお菓子の神様や神功皇后と繋がっていきます。新羅の王子が来日した神社ですね。

 「住吉神社(私のNOTE)」もやっぱ来たか。愛知の一宮「砥鹿神社(私のNOTE)」もあるか。

 愛知だがスサノオなど多く出雲っている神社の後は、西日本の出雲っている「倭文神社(私のNOTE)」、「加茂神社」が続きます。

おおおお~ラストは「梅宮神社(私のNOTE)」が来たか。本当に神社ツウは面白いと感じる摂社・末社だなと思いますね。

2016年

→岩長姫命神社:レア神様!絶世の美女コノハナサクヤヒメの姉

 コノハナサクヤヒメの姉ですね。天皇神道は厳密には本NOTEの神社とは別の神社かと思います。参道の階段下の建物がこの神社の社務所のようです。2010年代に地元の方が教えていただきました。

2016年

 祭神はイワナガヒメ。イワナガヒメは、絶世の美女コノハナサクヤヒメの姉。ニニギにコノハナサクヤヒメとイワナガヒメを妻にしろと嫁入りさせるが、イワナガヒメだけ「容姿が醜い」という理由だけで送り返された。
 イワナガヒメは、延命長寿と縁切り・縁結びなので、それ以降、人に寿命が与えられたとか。
 レア神様だが貴船神社中社(私のNOTE)など注意深く見ると祀られています。いつか纏めてみようか。

2016年
2016年
2016年

▼メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼旅行記

京都と大阪ブラリ!梅と蟹1人3杯の旅!【丹後王国⑱大阪ミナミ⑰】|やんまあ@旅行記

以降:★纏め★京都 神社仏閣 旅行記★随時更新|やんまあ

▼セットで行くところ

01-2.京都-丹波・丹後王国|やんまあ|note


01-1.京都|やんまあ|note



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