自己受容とは?愛着は自分で育てる/頑張ることをやめた夜
頑張っているのに、何だかずっと満たされない。
しんどくて止めたいのに、ついつい無理をしてしまう。
このくらい普通だよ、みんなやっているよ、
まだまだダメだ、もっと頑張らないと。
そんな、心の声が追い打ちをかけてくる。
そうやって自分を駆り立てるように
頑張って疲弊してしまうこと、ありませんか?
これは、ありのままの自分を認められない
ということ。自己受容感が関係しています。
自己受容がうまくできていないと、
こんなんじゃだめだと、なぜか頑張ってしまう。
しんどいけれど、やらないとって思ってしまう。
一つクリアできても休む間もなく
次に取りかかろうとする。
漠然とした不安感が常にある。
こんな現象が起きやすくなります。
私も、いつもこの漠然とした不安と孤独を感じていました。
「単に寂しいのかな、それとも性格かな」
そんな風にも思っていました。
いつからか、安心が欲しいんだなってことは
理解できて。
それから、私にとっての幸せの定義は、
この安心を得ることでした。
さらに仕事を頑張った。
家族のために、走り回った。
何よりも、自分のために頑張って
きたつもりでした。
けれども、いくら頑張っても成果をだしても、
気持ちは満たされない。
さらに頑張って、どんどん疲弊していきました。
そんな中で、転機がやってきます。
もう頑張れないよーって
つぶれそうになったいたあの日の夜。
ふっと母のビジョンが見えた。
その時、内側の私が、声を上げました。
「なんで、私たち兄弟を見てくれなかったの?
だから、私が代わりに頑張ったんだよ、
やるしかなかったんだよ。
だから、私が兄弟の面倒を見たんだよ」
そうか、私は、幼い日に、母に振り向いて欲しかっんだ。
頑張ったことを認めてほしかったんだ。
そして、この時、もう一つ気づいたことがあります。
それは、大人になった今、
わたしは、自分自身に、頑張っていることを
認めて欲しかった、ということ。
私は、頑張っている自分を
まったく認めていなかったのです。
幼い日の、母との関係性。
これが、そっくりそのまま
自分の内側に反映されていたとに気づいた、衝撃の夜でした。
自分の内側に、母も子もいる。
自分で自分を認めればいい。
自分で自分を満たせばいい。
この時から、わたしの中に、安心感が芽生え始めました。
そして、安心感があるから、頑張らなくなりました。
自然と、頑張ること、無理をすることが不要になったんです。
自分に心地よいペースを選択できるようになってきました。
これまでの自分だったら、自分にダメだししていたようなことも、まあいいか、とスルーできるようになってきた!
自分自身が安心の土台になり、
自己受容感を育てています。
自己受容、って言われても、ピンときませんよね?
根本的には、母親との愛着関係が関係しています。
小さい時、愛着関係がうまく築けないと、
大人になっても、母に対する幼い日の
自分の在り方が、無意識下で作用します。
ありのままでいい、という自己受容がうまくできなくなってしまうんです。
だから、人は無理して頑張ってしまう。
認めてもらうために、愛されるために。
母に、何よりも自分自身に。
自己受容感を育てていくためには、
子どものころ、母親に対してどう思っていたか、
どんな風に接していたか、
母親との関係性を振り返ることが大事。
母に対する認識、母に対する思い。
怒りや不信感などの
ネガティブな感情を認めること。
これがまた手強いのですが。笑
なかなか認めたくない気持ちもあるから、
クリアするのに時間がかかります。
思い出すなかで、辛い気持ちにも直面します。
わたしもすごく時間がかかりました。
けれども、少しコツをつかむと、するすると
ほどけていきます。
超えると、
見える世界が変わります。
本当の自分で生きていくために、
一歩ずつ、すこしずつでいいんです。
この経験をした時、ほかにもいろいろ気づいたことがあるのですが、いずれまた書いていきたいと思います。
このnoteでは、頑張りすぎている人が、
自分を許し、受け入れていくための
考え方を書いていきます。
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「自分の本音をもっと知りたい」
「本来の自分とのつながりを取り戻したい」
そう感じている方へ。
自分の気持ちがわかなくなってしまった私が、
感情を取り戻すために、実際にやってきた
実践ワークをまとめています。
ワークを積み重ねることで、
私は、
自己否定や人の目線を気にすることが減りました。
自分の本音を
人に伝えることもできるようになって、
人間関係で悩むことも少なくなりましたよ。
自分らしく生きるためには、
まずは自分の気持ちと向き合うことから。
