公家にまつわるエトセトラ
私の実家には「公家」が住んでいる。
そう、公家である。あの雅楽が似合って束帯を着ていそうな公家である。
今回の話の主役は「公家」こと、甥の山吹の話である。
我が家の病巣ともいえる宇宙人・邦夫が、ロックマンに出てくるドクターワイリーのような髪型で三途の濁流に流されてくれたおかげで、母・菫は万歳三唱、欣喜雀躍(※1)、悠々自適に一人暮らしを始めることになった。死別は最高の離婚である(※2)。
※1…飛び跳ねるように喜ぶこと。
※2…情が0.01%もない歪な「やなせ家」の場合。我が家がイレギュラーなだけであり、一般家庭であればそんな言葉は出てこないはず。かつて同名のドラマ「最高の離婚」が放送されていたが、瑛太が好きで仕方がなかった。塩顔の最高峰である、超高級なホッケぐらいしょっぱい。
当たり前だが、家族は誰も悲しんでいないし、なんなら「デカイ宿便がようやっと出た!」ぐらいの晴れやかさだった。唯一連絡を取っていた親族や知人に亡くなったことを話しても、みんな残念がるどころか目を潤せて「よかったねぇ!」と声をかけてくれるのだから、どれだけ奴の予後が悪かったかお分かりいただけると思う。本場の「予後が悪い」というのはこういうことを言うのだ。そんじょのそこらの予後なんて蹴散らされてしまう。
そんな母・菫であったが、ナンダカンダ藤井隆が乙葉と仲睦まじく顔を出したことにより、今年の4月から孫の山吹と一緒に住むことになった。要するに、なんだかんだあったのだ。
雪の残るシーズンの終わり事、時速185㎞のジープで猛吹雪を突っ走るような受験戦争は最終局面を迎え、ついに山吹の進学先が決まった。長いお産のような闘いだった。受験する当の本人が一番苦しいのは当たり前であるが、それ以上に苦しんでいたのは、ピリピリとした公家の対応と家庭を一生懸命に回していた器用で実直な母であり私の姉の菖蒲であった。
計り知れないほど心労があったのだろう。久しぶりに会った菖蒲は時短レシピでよくある、レンジでチンしたピーマンのようにシナッシナになって痩せこけていた。よく「パートに行ってても専業主婦って楽だよね~」なんて宣う人がいるが、ストレスの逃げ場がない専業主婦ほどしんどいものはないと思う。
私生活で嫌なことがあったら仕事に、仕事で嫌なことが合ったら私生活にベクトルを逃がせられないのだ。全ての矢印を逃がす場所が無く、手足を取られているうちにブーメランのように自分に刺さってくるのだから。そんな姉を何とかラクにしてあげられないかなぁとも思ったけれど、それが彼女の選んだ「家庭」を持つということへの責任なのだから、余計な口は出さずに話を聞くほかなかった。
尊敬と畏怖の念は変わらず今も持ち続けている、姉という存在は無条件に敬ってなんぼである。反抗したってなにも良いことがない。全国の弟諸君がこの気持ちを分かってくれることを願う。
母と姉の進学会議は混迷を極めた。山吹が決めた進学先が本当にたまたま「やなせ家」から通える距離にあること、一人暮らしをするにはガッツリなアルバイトをしないと到底無理であること、そもそも目玉がいくつあっても足りないような高額の学費も考えると一人暮らしなんてとてもとても…でも一緒に住まわせてもらうにしても…とあれこれウダウダ宇田川町と検討している中、菫の「すぐにいい顔をする」癖が発動した。
「一緒に住めばいいっしょ!」
言ったが最後、あれよあれよと一緒に住むことになったのだ。
姉側も「一緒に住まわせてもらってもいい?」と一言断りを入れていたので、その返歌ということではあるんだけども。
姉は丁寧に実家を離れている私にまで「あのさ、山吹をす~ちゃん(※3)ちに下宿させてもいい?」と確認の電話をしてきた。どこまでもマメでよくできた女である。同じ男を取り合うライバルじゃなくて本当に良かった。マメさは誇るべき愛であり、私は他人へそこまで愛を向けられない。
※3…「おばあちゃん」と呼ばれたくない母・菫が考案した呼称。いつの間にか、孫だけじゃなく家族全員が母のことを「す~ちゃん」と呼ぶようになった。冷静に考えたらなんか変である。「おばあちゃん」が派生して「あ~ちゃん」と呼ばせる家庭もあるらしい。一度、イオンの鮮魚コーナーでどこぞの子供が「あーちゃん!」と叫んだら、複数人の「あーちゃん」が振り返った。残念ながら、のっちとかしゆかはいなかった。
安請け合いする母に「またいい顔して…」と言おうものなら、きっと本人は「そんなことないよ!!」と反論するだろう。だがしかし、なんでもかんでもすぐに「いいよ~」という割に、心中穏やかではないことなど自明の理であった。何年あなたの息子してると思ってるんだ。
最初の3カ月なんて、住まわせてもらってる山吹よりも菫の方が気を使いまくっており、案の定ストレスを爆発させた愚痴電話がかかってきた。「ほら見ろ!言わんこっちゃない!」と思ったが、そんなことわざわざ言う必要もなく「うんうん、そうだね。それは嫌だったね、困るね。うんうん。そこはちゃんと言わないとだめよ。線引きは大事よ。ね?うんうん。」と子供電話相談のように鼻くそをほじりながら相槌を打って聞いていた。鼻血が出たあとの瘡蓋ってなんであんなに剝がすの楽しいんだろ、レバーのようにズルっと取れた時の快感が忘れられない。何の話だっけ。
結局、半年も過ぎるころには、お互いがちょうどいいペースで好き勝手生活するようになり慣れていった。最初は自室にこもりがちだった山吹も、人里に降りてくることが多くなった。後々知ったことだが、実家にいた時から自室よりも人がいる空間で過ごすのが好きだったらしい。愛いやつである。まぁ、公家なわけなんだけど…。
それからというもの、家のあちこちに私物を置くようになった。最初は教材から始まり、リュック、畳んだのにもっていかない洗濯物など生活空間をドンドンと侵略していった。菖蒲曰く「マーキングだからそれ(笑)」とのことで、それだけ彼が環境に適応したということの証左でもあった。本当に愛い奴である。ただ、洗濯物はさっさと持って言って欲しい。まぁ、公家だから…。
甥の山吹と母の同居が決まった時、テレビをどうするか問題にぶち当たった。というのも、彼は私が使っていた「社長室」と書かれた8畳の自室を使うことになったのだ。もちろん、ビー玉を落とせば頭文字Dのごとく加速していく冬の中山峠のような歪んだ築40年越えの騙し絵木造家屋に、社長なんぞの大それた役職は存在しない。いてたまるか。社長がこんなとこ住んでたらそれこそ終わりである。絶望しかない蟹工船でももうちょっと希望があるレベルだ。この家の傾きは、自転車操業みたいな「やなせ家」の隠喩なのだと思う。ちくせう!
そして、山吹を迎えるためにひと悶着があった。
蝦夷北部から遠隔で操作された私こと桔梗が部屋を整えることになったのだ。まぁこれがダメだった。お互いイライラして疲弊するハメになった。この件についてはまた記事を分けていつか書きたい。別に分けて書くほどのことでもないんだけども、まぁ覚えていれば、いつか。
一つ言えるのは、カーテンなんざ何でもいいってことだ。姉からの指令ラインを見ながら、ニトリのカーテン売り場で頭を掻きむしって癇癪を起していたブスは何を隠そうこの私である。4年しか住まないんだからカーテンに拘ってどないすんねん!柄なんてなんだっていいだろ!

このふざけ倒したプレートが木製の掘っ立て小屋みたいなドアに貼り付けてある。ご丁寧にアロンアルファで。貼り付けたのは、何を隠そう私の姉で山吹の母である菖蒲である。悠久の時を経ても今なお「社長室」になっている。彼女は本当にいい性格をしていると思う、青春を平成初期に過ごした女だ、面構えが違う。
なお、山吹自身は叔父の私から見ても贔屓目なしで、とてもとて~もいい子に育った。育ったのだが、「石橋を叩いて渡る」よりも「人に石橋をたたかせてその後に悠々と渡る」ような傲岸不遜な態度を無意識に取ることがあり、菖蒲からは嫌味と愛情をこめて「公家」と呼ばれている。菖蒲いわく「手塩にかけて育てすぎてしまったかもしれない…。私はとんでもない怪物を産んでしまった…。」とのことで、遠い目をした姉になんて声を掛ければいいかわからなかった。笑えばいいと思うよお姉ちゃん。
「まぁ第一子で…長男だしね…。」と煮え切らない返事をしてお茶を濁した私も私で大概だ。全国の第一子で長男に謝るべきだ、これが国会なら早期解散待ったなしである。
姉も私も『コイツはいつかきっと痛い目に合うだろうな…。』とは思っているが、当の本人は「やなせ」の血とは思えないほど要領よく生きている。未知の世代は力強い。就職氷河期とゆとり教育で痛めつけられた私たち2人は、ハンカチを嚙みながら何とも複雑な気持ちになるのだった。
山吹の名誉のために言っておくが、本当にすこぶる素直で人懐っこく、忌まわしい呪われた「やなせ」の血が入っているとは思えないほど頭もいい。確実に義兄・水仙から継承したノンデリな芽が見え隠れしてはいるものの、「やなせ」の血の数少ない良い部分を詰め合わせた菖蒲が母親なのだから、あたり要素ばかり受けついてでいるのは、当たり前と言えば当たり前の話である。なお、私は言うまでもなく4列もリーチになっているのに一向に当たらないビンゴカードみたいな外れ要素で構成されている。じゃなきゃ、こんなひっかきまわされた正月の福笑いみたいな中年になるはずがない。ちくせう!
何より山吹は圧倒的にツラがいい。端的にイケメンであるから外面がいい。とにかく人から好かれるタイプなのだ。素直な小悪魔が服を着て歩いていると思ってもらえば分かりやすい(諸説ある)。黙ってても人が寄ってくるんだから、もしかするとアース製薬のロボットなのかもしれない。公家ではあるが。
もう一度言うが、本当にいい子なのだ。
公家ではあるが。

山吹はこんな顔したことないけれど。
新入学と引越しというのは物入りである。
姉弟通話という微笑ましさはどこ吹く風な引越しミーティングをしていた時に、菖蒲が「(今の家の)2階のテレビは橙(甥2・次男)が使ってるから、持っていくわけにもいかないし、テレビも買わないといけないよね、ほんと出費がサァ…。」と愚痴をごちた。念のため書いておくが「頂戴?」と暗に圧力を掛けたニュアンスではなく、本当に「困ったわ…。」ぐらいの温度感である。
血は水より濃いとはよく言ったもので、母・菫のように「うちにあるテレビ、ほとんど見てないから持ってく?」とつい言ってしまった。
大バカ者が!
別にいい恰好がしたいとかではなく、Youtube漬けでろくすっぽテレビを見ていなかったのと、ちゃんと見てもらえるならテレビだって本来の責務を果たせて嬉しかろうという私の謎理論の元で発言したのだ。日本人ってやつは言い訳するときに限って、命の無い家具や無機物に人格を与える節があると思う。米粒を残したくらいで神様が罰を与えるなら、それは神様の労働環境が悪すぎるだけの話なのだ。
ここで、突然だが私の使っていたテレビの遍歴を見てみよう。
①実家のプラスマTVが壊れる。
(Panasonic、2000年製、姉がプレゼント、馬鹿みたいに電気を食う。)
↓
②私が使っていた43型4K液晶TVを実家にあげる。
(SONY、2017年製、ブラック時代にストレス発散の名目で購入。)
↓
③3ヶ月後、帰省した姉が不慮の三沢光晴エルボーで破壊。(馬鹿1)
↓
④動揺した姉に呼び出され、母・姉・私でケーズデンキに行き、その日のうちにHisenseの43型テレビを「母が」買う。母、急な出費でも「新品」にテンションがブチあがり興奮したハムスターみたいになる。
(姉の保険で28000円だけ降りた。何の足しにもなりゃしねぇ。)
↓
⑤私、部屋の違和感が気になり、32型激安小型テレビを買う。(馬鹿2)
↓
⑥山吹の進学時にほいほいとあげてしまう。
(建前は「賃借」。)
↓
⑦私、またも違和感が気になり、メルカリで激安40型テレビを買う。
(大大大馬鹿)
↓
⑧山吹、TVを使わず物置と化した隣の和室によけていることが発覚。
(公家畜生すぎる)
↓
⑨それを知った私「
_人人人人人人人人人人人_
> 使ってねぇのかよ! <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
」
更に怖いのが、これ全部2024年冬~2025年にかけての話なのが怖い。
_人人人人人人人人人人人_
> 使ってねぇのかよ! <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
嘘だろ、まじかよ。
大事なことなので2回復唱した。
書いてみたが、本当にバカだと思った。主に私が。
救いようがない大バカ者である。
買っても結局見ないくせに!部屋の違和感をぬぐう為だけに!何度も!買うなんて!
私という生き物は本当にどうかしている。じゃないと割に合わない。
CO2を吐き出す大便製造機の分際で、部屋の違和感だのを語るんじゃないよ。カタルーニャ州はスペインである。だから何の話なわけよ、腹が立つ。
こんなレガシーと呼ぶには小賢しくて烏滸がましい、馬鹿な劣等遺伝子を次世代の残さないためにも私はゲイとして生まれたのかもしれない。むしろそうであってくれ。こんなの再生産したらこの世界が壊れてしまう。
なお、変な買い物に関してはテレビだけであり、他の買い物は堅実であると胸を張って言える。これだけは誰が何と言おうとガチである。…張るような胸筋はないけれど。ところで御胸のある殿方ってブラしなくても重力に勝てるのかしら。クーパー靭帯切れないのかしら。
…私の堅実さについては、このカシオミニをかけてもいい。

これはカシオミニではない(自己矛盾)。
キーホルダーにできるし、写真も動画も撮れる。
値段は6500円前後。可愛くないので解散!解散総選挙!

馬鹿につける薬はないのだ。絶望。
ここ数日、やっぱりモニターが欲しくて気になっている。
言わんとしていることはわかる。またかよ。
「いつまで同じ話してんだよ」感が凄いのだが、ふと思った。山吹に「貸した」Hisenseの32型テレビを回収して、それをPCモニターにすればいいのでは…?と。
「あ、あげたわけじゃねーし!貸しただけだし!」という鼻水垂らした小学生みたいな言い訳はすぐに並べられる。自己PRの文章は宿便のように出てこないのに。志望動機なんて月末のクレジット請求を支払う為以外に何があるのよ。
ただ、テレビをPCモニターにするのってどうなんだろうか。
32型だとモニターとしてはやや大きすぎな気もする。こんな使い方している諸兄姉っていらっしゃるのかな。解像度の問題もある。このテレビ、FHD(フルハイビジョン)なのだ。4K未満FHD以上の解像度じゃないと、文字が見えづらいとも聞く。山吹から半ばぶんどって「やっぱり微妙…」となると、その微妙なテレビが家でくすぶって宙ぶらりんになる危険性がある。それはそれでいやだし勿体ない。
これはきゅうくらりん
そして、これを実行するには、姉と甥に丁寧に断りを入れる必要があり、なによりも一度実家に帰らなければいけない。新年のいざこざ以降、距離を置いているんだし、出来ればあんまり帰りたくはない。というか下手に帰って大雪でJRが停まったらそれこそ一巻の終わりである。「一貫の終わり」は誤った使い方で「一巻の終わり」が正しいとさっきしった。だから、何の話よ。
仮に第一関門を突破できて持ち帰ることになったとする。もちろん買った当時の箱なんてもうないし、手持ちでJRに乗るのは無理だ。現実的な選択肢として、実家の車を使うかタイムズカーシェアを使うぐらいしか出てこない。それかリッチにタクシーを使うか。そんなの本末転倒どっこいしょすぎる。
この豪雪で渋滞と事故が多発している道路を使って?今週末にまた大雪になる可能性があるのに?現実的じゃなくない?それにいくら毛布にくるんで運ぼうとも、着く頃にはボコボコ道路の衝撃でチョコバッキー並にバキバキと割れている可能性すらある。

結局、思春期の中学生みたいな物欲を抑えられずに今このnoteを書いている。私のことだから、仮に買ったとて、届いたら届いたことに満足して開封しないのは目に見えている。
でもさ~、やっぱり欲しいわけよ。
物欲という点では、私も傲慢な公家なのかもしれないな。
♬ 渚にまつわるエトセトラ / PUFFY
井上陽水が作詞して、奥田民生が作曲するという超豪華な1曲。
この時期の8cmCDって可愛かった。
団子3兄弟ぐらいでしか見たことないけど。
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