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どう考えても洗濯機の方が大事

 その日、私と母・すみれは現金値引きが目印の家電量販店にいた。実家で使っていた10年選手の洗濯機が、過酷な労働環境に耐えかねて反旗を翻し二足歩行を始めたからである。このままではボロ家が破壊されかねない。

 御年7X歳ではあるが、自他ともに認める永遠の少女である母はとにかく元気で、外へ連れ出すと大層喜ぶ。リトルミィと夏目友人帳の大ファンであり、ちょっとぽっちゃりとしたハムスターあるいはポメラニアンに似ている。機器の設置や調達は私がやっているものの、iPadとAndroidスマホを使いこなし、スマホの通信料金は格安SIMで月290円、家のネット回線は楽天モバイルを固定回線化して約3,300円/月。ひと月で平均350GBを使用しているネット漬け生活である。区は違えど同じ市で離れて暮らしているのに、家で何やってるのか本当にわからない。支払いのほとんどはPayPayを使い、配信されるクーポンも抜け目なく使いこなす。ついこの間はネットバンキングを覚えていた、もはやコンピュータおばあちゃんを地で行っている。


 人に対して敷地面積がだだっ広い店内は、多少混みあっていても空いてるように錯覚出来てしまうほどだった。洗濯機売り場に行くまでに、あっちにフラフラこっちにフラフラと漂流するクラゲのように店内を散策した。ようやく洗濯機コーナーにたどり着いたが、昨今の物価高や円安の影響もありスタンダードモデルですら価格がとにかく高かった。私も母も愛してやまない西島秀俊(※1)がCMに出ていたPanasonicなんざ、独居老人の一人暮らしには高すぎた。その価格、約25万である。ティファニーで朝食をならぬ、ティファニーで洗濯をなんて贅沢すぎる。せいぜい洗うのは、庶民の味方であるしまむら系列で買った安い衣服とシーツぐらいなもので、「バーキンでも洗うんか」と二人でけらけら笑った。

 「洗えれば何でもいいけど、すぐ壊れたらやだね。」なんて言いながら『コインランドリーで使われています!』というキャッチコピーに釣られた中年異常独身男性貧困同性愛者と永遠の少女(7X)は、あっという間にAQUAの洗濯機を見て「これビジュいいじゃーん」とテンションが上がっていた。(※2)

※1…名前がとっさに出てこずGoogle先生に「『明日何食べる』に出てた主演の人は誰?」と聞いたら速攻で教えてくれた。ちなみに正しい作品名は「きのう、何食べた?」だった。せっかちにもほどがある。

※2…ビジュはビジュアルの略。このフレーズはaespa(エスパ)というK-POPガールズグループが出したヒット曲「Whiplash(ウィプラッシュ)」に酷似した曲を出した日本の男性アイドルM!LK(ミルク)の歌詞の一部。知らん人からしたらなんのこっちゃ。



 皆様も家電量販店で商品を見ていると、斜め45°の角度から横澤夏子に類する店員がカットインしてきたことはなかろうか。断ってもコバエのようにまとわりついてくる接客は客の購買意欲を下げるだけな気もするが、彼らもまたそれが仕事のため必死である。母は話しかけられるとニコニコ話し始めてしまう性分なため、私がいくら払いのけようとしてもAQUA専門のメーカー販売員にがっちり捕まっていた。販売員は母よりはやや年下ぐらいのシルバー世代と思われる女性で気立ての良さそうな人だった。

洗剤の自動投入有か無かで金額が結構変わる

 「こちらだとインバーターが…こちらだと洗剤自動投入が…」と楽しそうに説明する姿につられて、母のテンションも上がっていく。さながらダンスフロアでボルテージが上がっていくようである。ここはディスコじゃない、ただの片田舎の家電量販店で、オッケーバブリーな肩パットを着ているわけでもない。私はいい男とケツカッチンしたい。何の話だ。

 説明を受けた後、私が姉・菖蒲に写真を送ったり電話でいろいろ相談したりしていた。「洗剤の自動投入はあったほうが絶対楽!」という現役主婦の意見に背中を押され、最終的には自動投入機能がついている新しいモデルを買うことになった。というより、母は根っからの新しい物好きであるため、最初から自動投入しか眼中になかったらしい。流石、iPhone勢から馬鹿にされていた黎明期のAndroidを使いこなしていた逞しい女である。古のNEC製「MEDIASメディアス」を使いこなしていたぐらいなのだから。

 購入を決めてからは手続きが異なる為、家電量販店の店員さんにバトンタッチとなった。東ちづるを柔らかく若返らせたような女性の店員さんで、「この機種はよく売れてますし、いい買い物だと思いますよ~。」と手際よく手続きを進めてくれた。それではカードを切る、というところで私の携帯が緊急地震速報のように鳴り始めた。

 発信元は「大蝦夷〇〇病院 急性期病棟 看護室」であった。

もう嫌な予感しかしない。
嫌な予感というか「よりによってこのタイミングか。」という気持ちが真っ先に来た。とりあえず東さん(店員)にちょっと待ってもらうようお願いし、母の呑気なおしゃべりに付き合っていただいた。

 恐る恐る電話に出た。


「やなせ様の携帯で合っていますでしょうか?こちら大蝦夷〇〇病院 急性期病棟3階看護室の看護師、山本です。お父様の邦夫くにお様が危篤状態になっています。脈はまだありますが、どれくらい持つかわからない状態です。病院に来れますか?」

やっぱりか~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!
発信元を見た時点でそんな気はしていた。していたけど!!!!!!
CR 海物語の確定演出ぐらいわかってはいたけど!!!!!!!!!
よりによって今か~~~~~~~~~~~~~!!!!!!

という悪い意味でのクソデカ感情(※3)を胸に秘めながらちゃんと返事をした。私はいい年した大人なのでね。

※3…インターネットに毒されたオタクが使う用語。何らかの対象に激烈な感情を抱いたことを表した頭の悪いミーム(流行り言葉)である。通常は、ポジティブな感情を表す言葉…のはず。

「あ、そうですか。完全に死んでからの連絡で大丈夫です。今ちょっと手が離せないので。」と返答した。山本さんは終始ドン引きしながら「えっ…あっ…えっ…?わかりました~…?」と言っていた。ごめんね、そりゃその反応になるよね。家族の死に目に駆け付けるのが普通なのであって、こんな罰当たりな親族なんていないんだろう。いてたまるか。我が家が異常なだけである。

 母から「なんだった?」と言われて「邦夫が危篤だってさ。どれくらい持つかわからないだって。死んだら連絡くださいって言ったわ。」と答えた。

それを聞いていた東さんは大層おどろき、マリオの1-1で倒されるクリボーのごとく椅子からひっくり返りそうになっていた。


「洗濯機買ってる場合じゃなくないですか…?」


ですよね。それは本当にそう。東さんの心配はごもっともである。最高裁判所でも満場一致で「洗濯機買ってる場合じゃない」勝訴判決が下されるだろう。椎名林檎の「無罪モラトリアム」のジャケット写真みたいに。

母はちょっとホッとした顔で
「あらそう、でも…どう考えても洗濯機の方が大事だわ。最後まで間の悪い男だ。」
と言い放ち、私も「ほんとそうだよね。間の悪い男だわ。」と返した。
傍から見たらただの異常者二人組である。

 東さんは目を白黒させながらも恙なく決済や配送手続きを澄ましてくれた。「急ぎますね!」と頑張ってくれていたが、私も母も「ゆっくりで大丈夫ですよ~。」と呑気に答えるその構図がちょっと面白かった。東さんが慌ただしく作業をしている中で、メーカー販売員のお姉さまが何としてもノベルティを渡したかったらしい。というか、渡してさっさと勤務を上がりたかったらしい。すごく変なタイミングで東さんに話しかけ、場を散々かき乱してからノベルティを渡して颯爽と帰って行った。それもそれでちょっとウケた。ごめんね、帰りたかったんだね貴女。基本的に蝦夷の民は、どいつもこいつも自由なのである。

 そんなこんなでノベルティと購入レシートを手にした私たちは車に乗り込んだ。とりあえず姉・菖蒲に連絡して事の経緯を説明したところ、盆をひっくり返したように大笑いしていた。とりあえず義兄が帰ってきたら相談して、目星を点けていた葬儀社に連絡するとのことだった。姉の物事への推進力は本当に頼りになる。ありがとうお姉ちゃん。

 とりあえず帰るか…という感じで3月のアイスバーンを軽自動車で運転していると、また病院から電話があった。警察に捕まるかもしれないが、しかたなしにハンズフリーにして電話に出た。

案の定、病院からの連絡で、

「息子様から亡くなってからの連絡でと言われましたので、ご連絡しました。先ほど、17時08分に脈が停まり死亡が確認されました。葬儀社…」

と話が続きそうだったので「わかりました!運転してるので掛け直しまーす。」と電話を切り、路肩に車を止めて菖蒲に連絡した。受験を控えた長男坊は家に残し、義兄・次男坊と一緒に高速をぶっ放してきてくれることになった。受験がなかったとしても長男坊は行く気はなかったらしい。孫にすら看取りたいと思わせない邦夫、流石である。

 そもそも、なぜ邦夫に対する扱いが畜生以下なのかというと、家族全員が邦夫に苦しめられて地獄の日々を味わったからである。死んで悲しいという感情よりも、桔梗・菖蒲・菫の全員が「やっと終わった!!!!!!!死んでくれた!!!!!!!神様ありがとう!!!!!!!!」という気持ちでいっぱいだったことからも明らかである。第三者から見てドン引きされようがお気持ちをいただこうが、我々の地獄の日々を味わってみれば同じ気持ちになると思う。ケツを拭いても拭いた気がしないからとケツにティッシュを挟んで生活し、そのティッシュを家中にポトポト落とされてみろ。気が狂うぞ。こんな話が死ぬほど出てくる、邦夫はそういう男なのである。

7年前から進行していた認知症(レビー小体型認知症)に誰一人気付かず、というか元々がトチ狂っていたせいでよもや病気だとは家族や周囲の人々に気づかせなかった宇宙人・邦夫はある意味で凄い奴なのかもしれない。


続く…?




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