歪んだ家族のかたち|言えなかったあの日の気持ち|
私の一度目の家族は、父、母、私、弟の4人でした。
父と母は離婚、その後すぐに母の彼氏が家に転がり込み、
年の離れた妹ができました。
田舎の貧しい家庭で育った母は、都心の裕福な家庭に育った父と出会い、
20代前半で私を出産しました。
母が働いていたキャバクラに、客として来ていたのが父だったようです。
「ようです」という曖昧な表現になるのは、母から「夜の酒場でバイトしていたときに父と出会った」としか聞いていなかったからです。
小学校中学年だった私は、両親の出会い方にショックを受け、
強い嫌悪感を覚えました。
もちろん、出会いの形に正解はなく、幸せな家庭を築いている方もたくさんいらっしゃいますが、母の場合は例外でした。
たとえば、ある日テレビでキャバクラ特集が流れていた時、母は私に向かって「あんなにチャラチャラして、これからどうするんだろうねぇ。勉強もしないで。」と憎々しげに言っきてたのです。
私は「矛盾してる…自分もそうだったのに」と心の中で思いましたが、
「うん」としか返せませんでした。
母は、自分の過去を忘れているのか、それとも私には別の道を歩んで欲しかったのか、本当の気持ちは分かりません。
それでも私は、それ以上深く聞くことも話すこともありませんでした。
母は一見社交的ですが、内弁慶。
昔から家ではヒステリックで、自分の思い通りにならないと怒鳴り散らし、手をあげる人でした。
父は社交的で、私たち子どもには優しく、良き父でした。
ただ、母と同じく思い通りにならないと、他人に対して大声を上げたり、
外でケンカになることも少なくありませんでした。
そんな二人が一緒に暮らしていればどうなるか…想像がつくかと思います。
物が飛び交い、部屋がめちゃくちゃになり、怒号が響く日々。
物心ついた時から父が出ていく日まで、穏やかな日など一日たりともありませんでした。
その後、父は突然蒸発。
1年も経たないうちに、母は父と同年代の男性を「彼氏」として紹介してきました。
父とは正反対で、口数の少ない落ち着いた雰囲気の「おじちゃん」。
初めて会った時は、優しそうな人だと思った記憶があります。
でも母の「明日から一緒に住むことになったから」という言葉には、
衝撃を受けました。
「知らないおじちゃんと住むなんて絶対嫌だ!」そう叫びたくても、
それを言えばどうなるか想像のつく私は、
やはり「うん」と答えるしかなかったのです。
こうして、強制的に「知らないおじちゃん」との同居生活が始まり、
やがて妹が生まれました。
義父、母、私、弟、妹…これが私の二度目の家族です。
ちなみに弟は、ストーリーにまだあまり登場していませんが、おとなしく、いつも誰かの影に隠れているような子でした。
このような家庭で育てば、自分の意見を持つことは難しかったのかもしれません。
ここまでが、今後主に登場する家族の紹介になります。
今思い出しても、心が安らぐことのなかった家庭は、
私にとって居場所ではありませんでした。
しかし、そんな経験をあえて言葉にして発信することで、
誰かの力になれたら…そう心から願っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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