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【毒親育ち×HSP】自分の感情が分からない私が、言葉を取り戻すまでにやったこと 🌱

こんばんは、ひかりです🌙

いつからだろう、

私の感情がなくなったのは。



今日は、
自分の気持ちが分からなくなっていた私が、
感情を取り戻すまで。


意見を言えなかった私が、
言葉を伝えられるようになるまでについて
書いてみようと思います。


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毒親育ち×HSPの私が
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あらためて振り返ると、
3歳の頃に家族で行った動物園で、
動物が怖くて仕方なかった私が、
動物園を満喫している両親を、
ベビーカーから眺めていたのを覚えています。


本来なら、子供ってこういうとき、
ぐずったり、泣いたりするもの
なんだと思います。


でも、ヤギの声が大きくて怖かったこと、
デニム素材の洋服が動きずらかったこと、
お腹が空いてるのに、混んでるレストランで
待つのがつらかったこと、
ずっとずっと我慢していた。


それより前の記憶を辿ろうとしても
ところどころはあるものの
しっかり記憶がつながりません。


きっとそれまでに、泣いたりぐずったりして、
母から怒られた経験が
すでにあったんじゃないかと思います。


出かけるときは、
静かにお行儀よくしないといけない、
ワガママは言ってはいけない、

きっとそう学んでいたはず。


そのあと幼稚園に入ってからの記憶は、
割としっかり残っています。


母は、とにかく私と友達を比較する。
私より他の子の方ができることは
絶対に許されない。
怒鳴られるまでがセット。


外面は誰よりもいいので、
その様子は周りには見せない。


正体を見せるのは私にだけ。
周りに気づかれないように。

あの鬼のような形相は、

私しか知らない。



何で、周りの大人は
気づいてくれないんだろうと
ずっと疑問でした。


でも今思うと、あんなにピリついた空気に
気づかなかったのではなく、
気づかないふりをしていたような気がします。


「恥ずかしい思いをさせやがって!」


習い事は全部決められたもの。
自分で選んだことはありません。


やりたくないもので1番を取るなんて、
難しい要求でした。


でも、泣いたらいけない。
泣いたら、
怒られる原因がもう一つ増えるだけ。


「うるさい!」
「泣いてる暇があるなら、努力しろ!」



そう言われるのが、
分かっているからです。


言われ過ぎて、その時のことを考えると
今も耳の中で、怒鳴り声が響く。


いくら習い事を辞めたくても、
いくら怒鳴られても、
何も感じないようにしないといけなかった。


それを言ったところで
何も変わらないなら、
何も感じないほうがいいと思いました。


こうして、感情を出さない私は
幼稚園のころには完成していた。


この感情が出せない感覚は
母にだけではなく、気づけば
幼稚園や友人関係でも根付いてしまっていた。


滑り台の順番を抜かされても
せっかく書いた絵を破かれても
嫌だったはずなのに、
嫌だと言えず飲み込んで。


もちろん先生に助けを求めることなんか
出来ませんでした。


無表情で立ち尽くしている私を思い出すと、
自分のことなのに胸がぎゅっとします。


感情が分からないというより、
常に母の顔を浮かべながら
嫌だと言ったほうがいいのか
我慢したほうがいいのか、
どっちなら怒られなくて済むのか。


そう考えるようになり、
だったらそれ自体を、なかったことにすれば
いいんじゃないかと思うようになりました。


意地悪をされて悔しくても、
ケガをして痛くても、
何も感じないようにしていた。


だから小学校に入って、転んで泣いてる子や
意地悪をされて泣いてる子の気持ちが
あまり分からなかった。


嫌なことをされて嫌な気持ちになるのは
もちろん理解できるけど、
我慢しようとしない気持ちが
どうしても理解できませんでした。


我慢することが、
当たり前だと思っていたから
我慢しないで泣くという選択肢があることを
知らなかった。



そんな私が、本当に辛かったことがあります。
それは、人から意見を求められるとき。


感情のわからない私は
「うん」か「ううん」で
答えることはできるのに、
「どうしたい?」「どう思う?」
そんな開かれた質問が、
とにかく怖かったんです。



それは、いくら考えても答えが出ないから。


でも、当時の私には
そんなことはまったく分からなかった。


なんで自分には、答えがないのか。


我慢することが当たり前だから、
同調することは楽なのに
自分の意思を持って意見を言うことが
できなかった。


練習する機会がないのに、
いきなり外で本番を迎えるのは
ハードルが高すぎる。


そんなことに気づいたのは
大人になってからのことでした。


当時そんな足りないこと、できないことに
悩んでいた私に、今教えてあげたい。

自分が、悪かった訳じゃないよって。


でもあるとき、私の感情は
なかったわけじゃないということに気付いた。


それは、友達がいじめられていたとき、
一人になっている友達と一緒に過ごすこと。
話を聞くこと。


うまく言葉にはできないけど、
助けたいという気持ちはしっかりあって、
行動はしていたんです。


どんなにいじめっ子に呼ばれても
一人にされる友だちと一緒にいたいと思った。


わたしの感情は

ちゃんと生きてる。


そう気づいたとき、
少しだけ安心したのを覚えています。


でも、そのとき私は誰かに
「どうしたい?」って聞かれていたら
「その子を助けたい」って迷わずに
答えられていたのかな。


そう聞かれていたら、もしかしたら
感情が揺らいでしまっていたかもしれません。



自分の感情は確かにあるけど
言葉にしようとすると
感情が分からなくなる。


でもそのときの私は、
「じゃあどうすればいいのか」まで
たどり着くことはできなかった。


何も分からないまま、
ただ心の重さに引っ張られて、
海の底に沈んでいくような感覚でした。

どうにかしたい。



そのあと、良かれと思って行動して、
余計に苦しくなってしまったことがあります。


自分の感情を大切にしなきゃ。
そう思ってから、私は何度も自分に
問いかけるようになった。


「どう思う?」
「本当はどうしたい?」


でも、何も出てこない。
いくら考えても分からない。

何もできない気がした。



そんな全否定だけが
心にしっかりと植え付けられていきました。


今って、楽しい?
嫌って思うのはダメなこと?


頭で考えれば考えるほど、
余計に分からなくなっていく。



感情を取り戻したいのに、
前よりもっと分からなくなる。


自分のことなのに、
自分のことが1番分かりませんでした。



ここから先は
私がどうやって少しずつ感情を取り戻し、
言葉にできるようになったのか、
実際の経験を元に書いていきます。


もし今、

✔️  人の気持ちは分かるのに、自分の
       気持ちが分からなくなっている人。

✔️  想いはしっかりあるのに、
       それを言葉にするのが難しい人。


そんな方に、遠回りしながら
私なりに見つけた、変われた経験が届いたら。


少しでも、分かってもらえない時間から
解放されるきっかけになれたらと思います。


ひとつでも当てはまったら、
それは私たちがおかしいわけじゃない。


そうしないと生きてこれなかっただけ。




いつまで感情が

分からなかったんだろう。


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