飲む・呑めば・のまれる時
◇1合目
最近、『居酒屋』(エミール・ゾラ 1877年 田辺貞之助,河内清訳 岩波文庫)の録音図書を聴き、アル中に警戒心を呼び覚まされた。
明日は夕方、ボランティアで外出する。外呑みには、またとない機会だ。それに、家では一升瓶が空になっている。
(今日、我慢すれば貴重な休肝日になるぞ)
しかし、誘惑には勝てなかった。
心中おだやかでなかったのだろう。近所の酒屋に電話し、あろうことか愛飲酒の銘柄を間違えてしまった。
「あれはもう売ってないんですよ」
寝耳に水だった。
◇2合目
配達に訪れた酒屋の奥さんから、事情を訊いた。
昨年すでに、投資ファンドに事業を譲渡し、債務を免除されて再スタートしていたらしい。それでも、うまく行かなかったのか、最近、一般向けには醸造を停止しているという。
老舗だった。往年のフォークシンガーを招いて、酒蔵でコンサートを開いたこともあった。国内の販路拡大のみならず海外への展開も試みるなど、積極的だった。
地域の産業再生の旗手として、行く末を見守っていただけに、残念でならない。
◇3合目
社長の奥さん(当時)と飲んだことがある。
酒蔵の近くにある小さな飲み屋に、テコ入れしていた。もちろん、注文したのは、酒蔵ゆかりの銘柄だった。近年、新商品の開発にも積極的だと漏れ聞いていたので、心ならずも、盃におちょぼ口を近づけてしまった。
感想としては
(こういう日本酒もありかな)
だった。
ほぼほぼ全国を飲み歩いてきた筆者には、物足りなかった。
そういう味わいにしたのは、下戸や女性などにファン層を広げる狙いがあったのだろう。しかし、すそ野が広がれば、ややもすると標高は低くなりがちだ。酒飲みの感想としては、どこかに一本貫いていてほしかった。
◇4合目
「酔っ払いが、何をグダグダ言うとるの」
怒声・罵声が聞こえてきそうである。
我が国には問題山積である。いわゆるシンクタンクは大忙しだろう。
昨年だったか、ラジオである研究員が高等教育改革について論じていた。イギリスの大学評価システムを紹介していた。もちろん、進んだ例として。その中で、かの国では全大学卒業生の給料などをすべて調査している、などという意味のことを得意そうに語っていた。
あるいは、イギリスはそれで成功したのかも知れない。しかし、日本でそんなことをやれば、ますます大学は委縮し、個性をなくする。給料の多寡などは、杓子定規もいいところだ。
酒造会社の話に始まり、とんでもない展開になってしまった。
昔なら、そろそろ看板の時刻だ。相棒の盲導犬・エヴァンにトイレをさせ、床に就くとしようか。
