水面心理相談室#11「うまくやれる人を見るたびに、少しだけ自分が遠くなる心理」|心理学|HSP|人間関係



この番組は、読むラジオをテーマに、皆様からお寄せいただいたお便りの中から、ひとつの心の悩みを取り上げ、朝倉と相馬が心理学の視点を交えながら、静かに言葉を交わしていく相談室です。
朝倉
「それでは、本日のお便りです。」
“職場に、上司から好かれている同僚がいます。
話が上手で、場の空気を読むのが得意で、会議でも自然に発言できる。上司との距離感も絶妙で、いつも上手く立ち回っています。
悪い人ではないと分かっています。むしろ、尊敬している部分もあります。
でも、その人と自分を比べると、どうしても落ち込んでしまいます。
上司の前に出ると、うまく言葉が出てこなくなります。何か言おうとすると、先に正解を探してしまって、結局黙ってしまいます。
その人が褒められているだけなのに、自分が否定されたような気持ちになることがあります。
本当は、誰も私を責めていない。
それなのに、心だけが勝手に席を立ってしまうんです。
どうして私は、うまくやれる人を見るたびに、こんなに苦しくなってしまうのでしょうか。”
朝倉は、読み終えたあとすぐには言葉を出さなかった。
窓の外、水面に細い光の筋が落ちていた。
揺れるたびに、光は伸びたり、途切れたりしていた。

朝倉
「うまくやれる人を見るたびに、自分が遠くなっていく感じ。静かだけど、じわじわ苦しいですね。」
相馬
「うん。しかもこれ、相手を憎めないぶん、余計に苦しいんだよね。」

朝倉
「嫌いになれれば、まだ楽なのかもしれませんね。」
相馬
「そう。尊敬もしている。悪い人じゃないことも分かっている。でも、見るたびに自分が削られていく感じがする。その矛盾の中にいるんだと思う。」
萎縮は、弱さではなく、真剣さの裏返しかもしれない
相馬
「まず最初に言っておきたいのは、上司の前で萎縮してしまうのは、気が弱いからではないということ。」
言葉が出てこなくなる。
正解を探しすぎて、黙ってしまう。
あとから「あそこでこう言えばよかった」と思い返す。
そういう人ほど、実は真剣に仕事と向き合っていることが多い。
ちゃんとやりたい。
間違えたくない。
変に思われたくない。
失望されたくない。
その気持ちが強いから、言葉が慎重になる。
慎重になるから、出てくるのが遅くなる。
遅くなるから、また自分を責めてしまう。
朝倉
「完璧にやろうとするほど、動けなくなってしまうことがありますね。」
相馬
「うん。萎縮している人は、いい加減にやろうとしている人じゃない。むしろ、誰よりもちゃんとやろうとしている人なのかもしれない。」
朝倉
「ちゃんとしようとする気持ちが、自分の足を止めてしまう。」
相馬
「そう。真剣さが強すぎると、言葉は前に出る前に、自分の中で何度も審査されてしまうから。」
比べてしまうのは、その人を本気で見ているから
朝倉
「でも、うまくやれる同僚と自分を比べるたびに落ち込んでしまうのは、なぜなのでしょう。」
相馬
「それはたぶん、その人のことをちゃんと見ているからだと思う。」
どうでもいい相手には、人はそこまで心を動かされない。
すごいと感じるから、目に入る。
目に入るから、自分と比べてしまう。
比べるから、差が見えてしまう。
朝倉
「見えてしまった差が、そのまま自分の評価になってしまう。」
相馬
「そう。あの人はできる。自分はできない。その二行だけが、心に残ってしまうんだよね。」
その人が褒められただけなのに、自分が否定された気がする。
その人が前に出ただけなのに、自分が後ろへ下がった気がする。
誰も、あなたの席を取っていない。
それなのに、気づいたら自分で立っていた。
その人の光が強く見えるほど、自分の輪郭が薄くなっていく。

相馬
「でも本当は、誰かが光ったからといって、自分の明かりが消えたわけじゃない。」
朝倉
「それでも、近くにいると眩しく感じてしまうことがありますね。」
相馬
「うん。眩しいものを見続けると、自分の手元が見えなくなることがある。」
でも本当は、その同僚にも見えていない部分がある。
積み重ねてきた時間。
失敗してきたこと。
傷ついたこと。
今もうまくいっていない何か。
立ち回りが上手く見える人ほど、その裏側は見えにくい。
相馬
「水面は、表から見ると穏やかに見える。でも底では、いつも何かが動いている。」
朝倉
「見えている姿だけで、その人の全部を判断してしまう。そして、その見えている姿だけで、自分の全部も判断してしまう。」
相馬
「うん。それが、比べる苦しさの正体なのかもしれない。」
「うまくやれる人」と自分の、本当の違い
朝倉
「では、立ち回りが上手い人と自分は、何が違うのでしょう。」
相馬
「たぶん、能力の差よりも、“慣れ”の差のほうが大きいと思う。」
場数を踏んできた量。
失敗しても続けてきた経験。
うまくいかなかった時間を積み重ねてきた厚み。
今スムーズに見える人も、最初からそうだったわけではない。
朝倉
「今見えているのは、その人の結果だけなのかもしれませんね。」
相馬
「うん。過程は見えない。だから、完成形だけを、自分の途中と比べてしまう。」
自分の今と、相手の今を比べることはできる。
でも、自分の今と、相手の過去を比べることはできない。
その人が、どこで恥をかいたのか。
どこで言葉に詰まったのか。
どこで悔しい思いをしたのか。
どれだけ黙って、どれだけ試して、そこに立てるようになったのか。
そこは、こちらからは見えない。
朝倉
「見えない過程を飛ばして、完成した姿だけを見てしまう。」
相馬
「そう。そして、自分にはまだ過程があることを忘れてしまう。」
そのズレに気づかないまま比べ続けると、差は縮まるどころか、心の中でどんどん広がっていく。
萎縮している自分を、責めすぎなくていい

朝倉
「では、うまくやれる人を見て落ち込んでしまった時、どうすればいいのでしょう。」
相馬
「まず、落ち込んだ自分を、すぐに責めなくていいと思う。」
比べてしまったのは、その人を本気で見ていたから。
落ち込んだのは、ちゃんとやりたかったから。
萎縮してしまったのは、真剣だったから。
その気持ちまで、否定しなくていい。
相馬
「うまくやれる人を見て苦しくなるのは、あなたがまだ諦めていない証拠でもあると思う。」
朝倉
「諦めていたら、比べることもしませんからね。」
相馬
「そう。苦しいのは、まだそこに向かおうとしているから。」
そしてもうひとつ。
上司に好かれることと、仕事をちゃんとやることは、同じではない。
立ち回りが上手いことと、深いところで信頼されることも、必ずしも同じではない。
すぐに言葉が出る人がいる。
慎重に考えてから言葉にする人もいる。
場を明るくする人がいる。
見えないところで整える人もいる。
前に出ることで役に立つ人がいる。
崩れないように支えることで、役に立つ人もいる。
朝倉
「評価されやすい形と、価値がある形は、同じではないのかもしれませんね。」
相馬
「うん。見つけられやすい価値と、見えにくい価値があるだけだと思う。」
今は見えにくくても、丁寧にやり続けてきたことは、どこかに積み重なっている。
目立たない報告。
誰かのミスをそっと防いだこと。
余計なことを言わず、場を荒らさなかったこと。
迷いながらも、投げ出さずに続けてきたこと。
それらは、拍手されにくい。
でも、なくなればきっと、誰かが気づく。
朝倉
「水面に見えているものだけが、すべてではありませんね。」
相馬
「うん。沈んでいるものが、なくなったわけではないから。」
朝倉は、窓の外に視線を移した。
水面は、さっきより少し暗くなっていた。
けれど、光は消えていなかった。
ただ、見え方が変わっただけだった。
朝倉
「うまくやれる人を見るたびに、少しだけ自分が遠くなる。」
相馬
「うん。でも、遠くなった自分は、消えたわけじゃない。」
朝倉
「見失っていただけ、なのかもしれませんね。」
相馬
「そうだと思う。比べて苦しくなった時は、自分が負けた証拠じゃない。自分の輪郭を、もう一度探している途中なんだと思う。」

朝倉は、少しだけ目を伏せた。
その言葉は、相談者に向けられたものだったのか。
それとも、朝倉自身に向けられたものだったのか。
相馬は、何も言わなかった。
ただ静かに、水面が揺れるのを見ていた。
揺れているのは、弱いからではない。

第12話につづく▼



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