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水面心理相談室#12 「聞き続ける人にも帰る場所がいる」|心理学|HSP|人間関係

水無瀬澪
「こんばんは。
水面心理相談室へようこそ」

今回は特別回として、いつもの相談室とは少し違う席からお届けします。

本日は、鷹宮修司先生と黒瀬仁さんを迎え、進行は水無瀬澪です。

窓の外には静かな水面。今日は、深いところまで見えてしまいそうでした。

水無瀬
「それでは、本日のお便りです。」
“私は、昔から人の話を聞くことが多いです。

友人の悩み。家族の愚痴。恋愛相談。気づけば、聞く側にいます。

頼られることは嫌ではありません。むしろ嬉しいです。でも最近、話を聞いたあと、どっと疲れます。

相手を否定したくない。受け止めたい。傷つけない言葉を選びたい。

そう思ううちに、自分の感情がどこかへ行ってしまうんです。

相談されるのに、自分は相談できない。頼られるのに、頼れない。

聞き続ける人は、自分の心をどこに置けばいいのでしょうか。”

水無瀬はすぐに顔を上げられなかった。
水無瀬
「……これ、少し分かる気がします。」

鷹宮
「分かるだろうな。お嬢ちゃんは、聞く側に回りやすい空気だ。責めず、遮らず、最後まで聞いてくれそうな空気だ。」

黒瀬
「人は、聞いてくれる人を見つけると、言葉を置きたくなります。」

鷹宮
「問題は、それを全部、自分の荷物だと思い込むことだ。」


水無瀬
「人の話を聞いて疲れるのは、弱いからでしょうか。」

鷹宮
「逆だな。ちゃんと聞いているから疲れる。

誰かの言葉を聞く。その奥の傷を想像する。言われなかった言葉まで感じ取ろうとする。

それは、ただ耳を貸すことではない。自分の内側を少し相手に貸している。

黒瀬
「感情を自分の中で再現する人は、消耗が大きいです。」

鷹宮
「聞ける人間は、壊れにくい人間じゃない。壊れそうなものの扱い方を知っている人間だ。」


水無瀬は、その言葉に息を止めた。

壊れそうなものの扱い方を知っている人。

それは、優しい人というより、たぶん一度どこかで、自分も壊れそうになった人なのかもしれない。

鷹宮
「人の痛みに鈍い奴は疲れない。だが、分かる奴は相手の傷を、自分の中で照合する。」

黒瀬
「その作業には、体力が要ります。」

鷹宮
「だから疲れる。疲れるのは、真面目に聞いた証拠だ。」


水無瀬
「でも、相談されたら、受け止めたいと思ってしまいます。」

鷹宮
「受け止めるのはいい。引き受けるな。」

水無瀬
「引き受けるな……」

鷹宮
「悲しみを聞くことと、その責任を持つことは違う。怒りを否定することと、後始末をすることは違う。孤独に寄り添うことと、全部埋めることも違う。」

聞くこと。受け止めること。寄り添うこと。それは優しさだ。
けれど、相手の人生まで背負うことは優しさではない。

黒瀬
「何とかする役割まで持つと、聞く側が潰れます。」

鷹宮
「人間の心は、他人が代わりに運べない。」

相手の荷物が重そうに見えることはある。隣に座ることもできる。でも、すべて背負うことはできない。

鷹宮
「相手の苦しみを全部持てないことは、見捨てたことにはならない。相手の心を相手の場所へ返すだけだ。」

水無瀬
「相談されるのに、自分は相談できない。これも苦しいですね。」

黒瀬
「聞く側に固定されると、自分が話す側に回れなくなります。聞いてくれる人、優しい人。その褒め言葉が役割になることがある。」

鷹宮
「聞き上手ってのは便利な言葉だ。悪気なく感情を置かれる相手に貼られるラベルでもある。」

黒瀬
「だからこそ、聞く側にも逃げ場が必要です。」

鷹宮
「聞く側の人間には、見張りがいる。今日はもう聞くな。飯を食え。寝ろ。そう言ってくれる人間だ。」

水無瀬は、黒瀬を見た。

黒瀬
「先生は、三日前からまともに眠っていません。食事も二度抜いています。」

鷹宮
「仁。」

黒瀬
「事実です。」

鷹宮は面倒くさそうに目を細めた。それでも、否定はしなかった。

黒瀬
「誰かを支える人ほど、自分が支えられることを後回しにします。支える人が倒れれば、守れるものも減ります。」

水無瀬
「では、誰かの心を聞き続ける人は、自分の心をどこに置けばいいのでしょうか。」

鷹宮は、すぐには答えなかった。

鷹宮
「役割の外だな。」

水無瀬
「役割の外……」

鷹宮
「聞く人。優しい人。頼れる人。そういう名前を外した場所だ。」

誰かの相談相手ではない自分。支え役ではない自分。役に立たなくても、そこにいていい自分。そこに心を置く。

鷹宮
「必要とされることと、大切にされることは違う。聞けるからそばに置かれるのか。何もできなくても、そばにいていいのか。そこは分けた方がいい。」

水無瀬
「でも、聞けない時に断るのは、冷たいことではないのでしょうか。」

鷹宮
「冷たいと思われることもあるだろうな。だが、それで壊れる関係なら、遅かれ早かれ壊れていた。」

黒瀬
「断ることは拒絶とは限りません。今は聞けない。今日は余裕がない。また落ち着いたら話を聞く。そう伝えることは、関係を切ることではありません。」

鷹宮
「全部聞くことだけが優しさじゃない。長く関わるために、今日は聞かない選択もある。」

水無瀬
「優しさは、空っぽになることではないんですね。」

鷹宮
「空っぽになった人間は、誰のことも支えられない。」

水無瀬
「自分の心を置き去りにしてしまった時は、どうすればいいのでしょうか。」

黒瀬
「戻る手順を決めておくといいと思います。水を飲む。外を見る。深呼吸をする。今の感情は誰のものか確認する。相手と自分の感情を分ける。」

水無瀬は少し笑った。

私は、ちゃんと聞いた。
でも、全部を背負わなくていい。
相手の苦しみは、相手のもの。
私の疲れは、私のもの。
相手を大切にしたように、自分も大切にしていい。

鷹宮
「他人の心を聞く人間ほど、自分の心の声を聞くのが下手だ。だから練習するんだよ。」

水無瀬
「練習で、できるようになりますか。」

鷹宮
「なる。少なくとも、置き去りにしたままにはしなくなる。」

水無瀬
「鷹宮先生は、自分の心をどこに置いているんですか。」

鷹宮は少し黙った。黒瀬も黙っていた。

その沈黙が、答えのようにも思えた。
水無瀬は、自分の中で、何かが小さく反応した。

心、という言葉に。
それは、心臓の音ではなかった。

鷹宮
「さあな。探している途中かもな。」

水無瀬
「鷹宮先生でも、ですか。」

鷹宮
「当たり前だ。心を扱う人間が、自分の心に慣れているとは限らない。」

黒瀬
「だから、ひとりにしない方がいいんです。」

鷹宮
「仁。」

黒瀬
「事実です。」

水無瀬は、二人を見た。

言葉で救う人。言葉少なに守る人。どちらも、心を聞き続けてきた人なのかもしれない。

水無瀬
「聞き続ける人は、自分の心をどこに置くのか。」

鷹宮
「役割の外だ。」

黒瀬
「そして、戻ってこられる場所に。」

鷹宮
「誰かの心を聞くなら、自分の心を迎えに行く場所くらい持っておけ。」

窓の外の水面は、静かに揺れていた。

揺れているのは、弱いからではない。

誰かを映しながら、自分の深さを忘れないために、水は光を返している。

聞き続ける人にも、帰る場所がいる。

誰かの心を受け止めたあとで、自分の心を置き去りにしないために。

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