『余命婚活』第1話 #創作大賞2025 #ミステリー小説部門 中間選考突破🎊
【あらすじ】
これまで平穏な日常を送ってきた普通の会社員・神道みなみ(じんどう・みなみ)は、ある日突然「余命半年」を宣告される。
死を受け入れる暇もないまま、3日後の夜、音沙汰のなかった姉から突如意味深な電話があって_。
その日から次々に引き起こされる謎。
姉の死、ある日届いた不吉な招待状、謎めいた婚活プログラム……。
そこで出会ったひとりの青年とともに、闇深い真相に迫るなかで、”生”と”死”を巡るある“計画”にたどり着いていく。
そしてふたりは徐々に生きる本当の意味を知っていく。
残された時間のなかで、彼らが最後に選んだ「生き方」とは_。
ミステリー×ヒューマンドラマ×恋愛。
”生”と”死”に迫った、命の終わりから始まる逆説の物語。
~プロローグ~
「さて、皆さん。今日は少し耳の痛い話かもしれない、けれど非常に大切なテーマについてお話ししましょう」
本校を卒業後、人の持つ隠れた正や負の感情について書いた書籍やエッセイが次々にベストセラーとなった現役心理カウンセラーの小柳栞(こやなぎ・しおり)先生の特別講義だ。
本来なら縁のないこの大学の公開講座に、わたしは一般枠で申し込んだ。
——学生でもない、卒業生でもない。
それでも、どうしてもこの目で彼女を見てみたかったから。
「皆さん、今日は皆さんの心の奥底に隠れている感情を、ほんの少しだけ覗いてみたいと思います」
細部までアイロンの行き届いた洗い立てのシーツのような真っ白い白衣をまとった小柳先生は受講者たちに語りかける。
慌てて答案用紙を隠す小学生のような焦りをみせる受講者たちを前に、小柳先生はクスッと笑う。
「大丈夫ですよ。今日はわたしがあなた方の心の中を覗き見るといったことなどは決してありません。皆さんの中に眠る感情を、ぜひ皆さんご自身で感じてみるのです。それではさっそく、先程お配りした資料の3ページを開いて………」
段々とわたしの中で塗り替えられていく記憶は、わたし自身の存在すらもあやふやにし、今ここにいる自分が本物のわたしであるのかも、もうすでに朦朧とし始めていた。
どうしてよりによってこのテーマだったのか。
このテーマだったから、なおさら決心ができたのか。
いや、必然だったのかもしれない。
もはや、今わたしの中にある感情は果たして本物だろうか。
それさえも分からなくなってしまった今、これまで夫から受けた愛情は、優しさの仮面を被った偽りなのかもしれない。
優しさと悪意の区別くらい、その意識くらいは容易なものであったのに、どうしてその境界線とそこに潜む違和感だけには目を向けて来なかったのか……。
今にも溢れ出しそうな涙は、崖を前になんとか踏みとどまり震えている足のように、最後の一線を越えないよう、ただ目の前の視界を濁らせている。
こちらに視線を向け歩み寄る小柳先生だけには絶対に悟られないように、手元の資料を目で何度も往復する。
わたしの中に渦巻く疑念は、わずかな最後の願いを嘲笑うかのように、ゆっくりと輪郭を帯びつつあった。
わたしは震える指で夫とのトーク画面を開く。
そこで目にした、たった一行の返信に——。
その夜、思わずある人に電話をかけた。
不在着信履歴に連なる“神道みなみ”の名前、わたしの妹だ。
≪第1話≫
私が姉から連絡を受けたのは、ちょうど私が余命の宣告を受けて3日目の夜だった。
あの夜は、洗濯機が回る音でさえ気に障るほど、何もかもが過剰だった。
急かされているような気がしたからだ。
3日前に医者から宣告された「余命半年」の言葉が、未だに現実味を持たず、ただ胸の奥に冷たい針のようにちくりと刺さっている。
1ヶ月前——
「神道さん、今週の健康診断、受けました?」
昼休みにふと声をかけてきたのは、同僚の柴田さんだ。
スラッと背が高く、几帳面に整えられた髪に半袖の薄いブルーのブラウス。
清潔感そのものの彼女からは、爽やかなシトラスの香りがする。
勤めているのは都内にある食品関係の小さな商社で、所属している部署は8人と少人数。私が転職で入社した数ヶ月後に、同じく転職で入社した柴田さんとはほぼ同期で仲の良い同僚だ。
「あ、うん。昨日行ってきたよ。柴田さんは?」
「私も受けたんだけど…。実は今年、バリウム逃げちゃってさ〜。ほんと苦手で……。神道さんはまだ受けなくていいもんね…?いいなぁ。」
夏の暑い日でもお決まりの春雨スープにお湯を注ぎ、軽やかに笑う姿を見て、またそれにつられて一緒に笑う私も、その日まではきっと、穏やかで平凡な日々だったんだろうと思う。
数週間後——
健康診断の結果には「要再検査」の文字があった。
MRIや骨髄検査……。病院ではいくつかの精密検査を受けて、医者からはこう静かに告げられた。
「病名は悪性リンパ腫という血液のがんの一種です。
進行は比較的ゆるやかですが——。残念ながら、今の段階では根治が難しいと判断されます」
言葉の一つひとつが遠ざかっていく。
「余命……。あとどれくらい、ですか?」
「もちろん個人差はあります。ただ——半年、というのが、一般的な見立てです」
病院の帰り道、何も考えられずに電車に揺られ、スマホで母や姉の楓(かえで)に電話をかけようとしたが、指が止まる。
まずは自分で受け止めることができてから話そう、そう思ったから。
それでもやっぱり、ひとり暮らしの部屋で洗濯物を干しているときも、登録しているサブスクリプションの中のドラマやバラエティー番組を観ているときも、何をしていても、
“いつまで生きられるだろう”
そんな不安が重くのしかかり、私の胸をゆっくりと押しつぶしていく。
5年前に姉が結婚し、それからというもの定期的に連絡を取り合うほど仲の良かった姉妹だったが、姉からの連絡がぷつりと途絶えてしまったのは半年くらい前だっただろうか。
実家の父や母に聞いてみても、
「最近は雅人くんも出張が前より落ち着いたって言ってたし、二人の時間が増えたからじゃない?」
“雅人くん”とは、姉の夫である櫻井雅人(さくらい・まさと)のことである。
「結婚して5年も経つんだから、二人のこれからだって、子供のことだって……。きっと色々あるのよ。またお母さんからも連絡してみるわね」
そういって、その頃はただ連絡がないだけだと、だれも大事(おおごと)には思っていなかった。
それならそれで、連絡くらいしてくれればいいのに—。
人の心配をそっちのけに、忙しいだか何だか知らないけれど、連絡ひとつくらいの暇などあるのではないだろうか。
でも—。
あの夜の電話が、わたしの前代未聞の“婚活”の始まりになるなんて、その時のわたしは知る由もなかった。
少し苛立ちを覚えるほどの吞気な理由で突如平気な顔をして連絡をくれたほうが、よっぽど良かったのに—。
鳴り続けるスマホの画面には、“楓”。姉の名前だ。
……今さら、何の用。
私の状況も知らずこんな夜に電話をかけてくることへの不服と、連絡がきたことへの安堵感が入り交じったまま、私は通話ボタンを押す。
「……もしもし」
久々に聞いた姉の声は、まるで泣いているかのようにかすれている。
「……お願い。調べてほしいことがあるの」
「…え?」
明らかに様子がおかしい姉に対し咄嗟に聞き返した途端、電話の向こうで「ただいまー」の声が聞こえる。
姉は夫が帰ってきたからと、「ごめん。今日は切るね」とだけ言い残して電話を切った。
プープーという通話終了の音をかき消すように、扉の向こうでは先程まで回っていた洗濯機のエラー音が響いている。
今日に限ってやけに不穏なこの音は、これまでの平凡な日々への終止符だったのかもしれない。
あの電話から2週間近くが経ったが、相変わらず姉からの音沙汰は無く、病気のことを父や母に話す勇気も、まだ持てないでいた。
待ってはくれない貴重な時間が、刻々と過ぎていくばかりだった。
そんなとき—。
母からの電話がスマホを震わせた。一息ついて、通話ボタンを押す。
「みなみっ……!みなみ……」
「お母さんっ……?どうしたの⁈」
今までにないくらいに切迫した母の様子が耳元から伝わる。
「お姉ちゃんがっ……!楓が……!」
「死んじゃったの…………」
⏬全話はこちら 第1話〜第7話(最終話)⏬
≪第1話≫
https://note.com/yaizawa_mayu528/n/nf94d9f738a3e
≪第2話≫
https://note.com/yaizawa_mayu528/n/n6dda535de934
≪第3話≫
https://note.com/yaizawa_mayu528/n/n18a5dfe96358
≪第4話≫
https://note.com/yaizawa_mayu528/n/n501f1f6a00fe
≪第5話≫
https://note.com/yaizawa_mayu528/n/nceaecc6a0b5d
≪第6話≫
https://note.com/yaizawa_mayu528/n/n353ef276713e
