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【わかってきたぞ】天使に関する備忘録18【悟り・気づき】

 おれだ。前回の続きだ。カバラやユダヤの話は興味深いが、だいぶ本題から逸れた気がするので、天使の話に戻すとしよう。あまり長引いてもあれだし今回が最終回だ。またやりたくなったらやる。

 ユダヤ教が成立する以前から、神(神々)の使いとなる霊的存在は無数に存在し、翼を持つ姿でも表現された。こいつらはヤハウェの使いではないのだが、いわゆる天使の原型になった存在だ。アブラハムの宗教からすれば、天使を真似た悪霊やジンたちということになるが、一応見ていこう。

◆天◆

◆使◆


有翼神霊

ギリシア神話

 ユダヤ教やキリスト教とは無関係に、ギリシア神話には紀元前から翼を持つ人型の神々や精霊がいっぱい出てくる。愛欲の神エロース(ローマではクピードー、英語でキューピッド)、勝利の女神ニーケー(ローマではウィクトーリア)、死神タナトスと眠りの神ヒュプノス、暁の女神エーオース、虹の女神イーリス、風の神々アネモイ、義憤の女神ネメシス、不和の女神エリスなどなど、枚挙にいとまがないほどいる。しかしゼウスやポセイドン、アテナやアポロンなど主要な神々には翼がなく、ゼウスの使い走りである使者の神ヘルメスもサンダルに羽が生えている程度だ。しかしまあ、空を飛んだりして人間の間を活発に移動する存在には翼や羽があるとされたらしい。

プット

 古代ローマにはプット(Putto/幼い男子)という、全裸の有翼幼児の姿で描かれる存在がいた。クピードーやその仲間の精霊(ダイモーン)を表現する時に用いられ、神々の従者や使者とされていたらしい。中世には不道徳とみなされて消えたが、東ローマ帝国には残っており、15世紀にイタリアへ輸入されて復活した。なぜかケルビムと呼ばれることもあるが、プットは通俗的な天使の表現として現代まで存続している。

イシス

翼を広げたイシス

 エジプト神話の女神イシスも、しばしば翼を広げた姿で描かれる。背中からというより腕に羽根がついて翼になっているタイプだが、鳥が卵や雛を翼で守るように、人間や霊魂を守護することをあらわしている。

有翼太陽

有翼の太陽

 エジプトでは太陽神ラーや天空神ホルスが翼を広げたハヤブサの姿で表現され、時に太陽円盤そのものに翼がついた姿で表現される。これはメソポタミアに伝わってアッシリアの主神アッシュールの象徴となり、アケメネス朝ペルシアではファラヴァハル(Faravahar)として取り入れられている。アフラ・マズダーを表すとも、天使に相当する守護善霊フラワシ(Fravashi)を表すともされ、ゾロアスター教の象徴としても有名だ。

ファラヴァハル
LMLK

 紀元前8世紀後半から紀元前7世紀中頃にかけて、ユダ王国はアッシリアに服属して平和を保ったが、その時代の考古学的遺物にLMLK(王/mlkに属する)と文字が刻まれた封印印章がある。これには翼のある太陽や、翼のあるスカラベ(エジプトの太陽の象徴)が表現されている。アッシリアとエジプトの狭間にあって多くの影響を受けたユダ王国ならではだ。

 しかしわが名を恐れるあなたがたには、義の太陽がのぼり、その翼には、いやす力を備えている。

マラキ書3:20
前9-8世紀、アッシリアで出土したフェニキア様式の象牙彫刻

スッカル

 うんと遡ってシュメール時代、主要な神々(ディンギル/アヌンナキ)を王や女王とすると、その宰相/執事(スッカル)と呼ばれる中級から下級の神々がいたという。たとえば天の神アンのスッカルにはアマサグヌディ(不動の母)やイラブラト(従者)、カッカといった神々がおり、風の神エンリルには火と光の神ヌスカ、地の神エンキには女神アラや双面神イシムド、太陽神ウトゥにはブネネや女神キットゥム(真実)、月の神ナンナルにはアラムシュ、金星の女神イナンナには女神ニンシュブルが従っていた。これらは天使として創造されたというより、主要な神々の下につくマイナーな神々で、人間に比較的近いことから守護神や執り成しの神として信仰された。翼は神によってあったりなかったり、いろいろだ。

 バビロンの主神マルドゥクはナブー(預言)という神をスッカルとしているが、のちにナブーは知恵を司る大神となっている。ヘレニズム時代にマルドゥクがゼウスと同一視されると、ナブーはヘルメスと同一視された。こうした神々のさらに下には、個人名を特に持たない精霊たちがいるとされた。

ラマッス

 ユダヤ教のケルビムの直接のモデルがラマッス(Lamassu/Lamassum)だ。もとはラマ(Lamma)という女神で、シュメール時代から神々と人類の間を執り成す存在として崇められており、神の象徴として角がついた冠をかぶり、時に翼があり、両手を挙げて上位の神々に祈る姿勢をとっている。後世の天使によく似ているな。

ラマ女神
ラマッス

 ところが、アッシリア時代になるとこいつはラマッスと呼ばれるようになり、姿も髭面がついた有翼四足獣(牡牛や獅子)になってしまう。この姿の怪物は紀元前3000年頃のシリア北西部の都市国家エブラで見られ、シェドゥ(Shedu/Shedum,守護するもの)やケルビム(Kerubim/祝福するもの)と呼ばれることもある。サマリヤやユダはアッシリアの圧倒的な影響を受けていたのだから、こうした存在が取り入れられても不思議はない。ラマッスは向かい合わせにされて門の左右を守り、悪霊の侵入を防ぐとされる。エデンの園の入口を守るのはケルビムであるから複数形で、こいつらが左右にいたわけだ。こういう人面獣身の守護獣は世界中に存在する。

アプカル

有翼鳥頭のアプカル

 メソポタミア神話には、半神的存在としてアプカル(Apkallu/Apkallum)というのがいる。語源はシュメール語のアブ(ab/年老いた)+ガル(gal/大きい)で、長生きして知恵を持つ人、賢者を意味する。その姿は大きな魚の皮を纏った人間や、鳥の頭で翼を生やした人間として表現され、紀元前16世紀頃からのバビロニアやアッシリアの美術に現れる。彼らは7人おり、原初の人類に文明と知恵を授けたといい、悪霊に対抗するための呪文などでその名を唱え、像を地中に埋めて魔除けにすることが長く行われた。レリーフでは「生命の樹」に花粉や水をやっている姿も描かれている。

 紀元前3世紀初頭のカルデア人ベロッソスが記した『バビロニア誌』によると、人類の初代の王はアロロスと言ったが、彼の治世の第一年目に次のようなことが起きた。

 第1年目に、バビロニアに似た場所に、エリュトラ海[ペルシア湾]から、名をオアンネスという動物が現れた。全体は魚身で、頭の下、つまり魚の頭の下に、もうひとつ別の[人間の]頭が生えついており、足は人間のそれと等しく、魚の尻尾のところに生えついていた。声は人間のそれであり、これの似像は今も守り伝えられている。この生き物は、彼[ベロッソス]の謂うには、昼間は人間といっしょにすごし、何の食べ物ももたらさなかったが、人類に文字や学問やさまざまな術知の経験知を伝え、諸都市の集住、神殿の建設、諸法の導入、測地法[幾何学]を教え、要するに、人生において日々なすべき事柄すべてを人類に伝えた。この時代以降、他に余分なものは何ひとつ見出されていない。太陽が沈むと、この生き物は再び海中にもぐり、夜間は海洋ですごした。オアンネスは血筋と国制について書き記し、このロゴス[言葉]を人類に伝えた。(以下『エヌマ・エリシュ』に相当する創世神話が続く)

ベロッソス『バビロニア誌』よりの引用の引用

 またベロッソスによると、アロロス以来10人の王が続いたが、その間にオアンネス、アンネドトス、エウエドコス、エネウガムス、エネウブルス、アネメントゥス、アノダフス(オダコン)という7体の半人半魚の怪物が海から陸に不定期に上がって来た。そして第10代の王クシストロス(Xisuthros)の時に大洪水が起き、古い人類は滅ぼされたという。このクシストロスは、シュメールの洪水伝説における主人公ジウスドラ(Ziusdra)のことだ。

 ベロッソスの記す大洪水以前の王の名は、『シュメール王名表』とほぼ一致する(1人の王を誤って2人に分けたりもしているが)。オアンネスはアプカルの筆頭のウアンナに相当し、その他の名もシュメール名のギリシア訛りに過ぎない。また最初の王から10人目に大洪水が起きるというのは、『創世記』ではノアアダムから数えて10世代目にあたるのに対応する。ジウスドラ/クシストロスの洪水伝説はノアのそれとほとんど同じだから、バビロン捕囚の時に、ユダヤ人がこの神話を自分たちの神話に取り入れたのだ。とすると「大洪水の前に人類に文明と知識を授けた」存在とは、『創世記』におけるベネ・ハ・エロヒムに他ならない。『エノク書』では天から山の上に降臨したということになっているが、もともとは海から上陸したのだ。

 シュメール文明はティグリス・ユーフラテス川がペルシア湾に注ぐあたりに生まれた都市文明で、その最古の都市とされるエリドゥも海にほど近いところにあった。だから「海から来た半神的な賢者たち」が文明を伝えたということになるわけだが、しかし、シュメール時代にはそうした神話はない。アプカルたちが描かれるのもシュメール文明がセム系のアッカド人に征服され、さらにアッカド人が築いた古バビロン王朝がカッシート人という外来民族に滅ぼされた後だ。これ以前に見える魚の皮を被った人間っぽい連中は、どうも半神の精霊というよりは神官たちを描いたものらしい。

エンキ

 ただし、シュメール時代にも類似の神話はある。ジウスドラに洪水が迫っていることを密かに教えた神、エンキ(En-ki/大地の主)の神話だ。彼は天地両神の子ら(アヌンナキ)の一柱で、神々の王となったエンリル(En-lil/風の主)の弟にあたるが、大地やその下の淡水/深淵(abzu/apsu/abyssos/オヒガン)と縁が深く、知恵と魔術をおさめた賢い神であったという。

 エンリルは下級の神々イギギ(Igigi/見張り)たちをこき使って上位の神々に奉仕させたが、怒ったイギギたちはストライキを起こしてしまった。そこでアヌンナキたちは相談し、エンキと地母神ニンフルサグが神々の新たな奴隷となる生き物として人類を創造した。彼らはたちまち地上に増えひろがったが、その騒がしさに怒ったエンリルは飢饉や旱魃や疫病をもたらして人類の数を減らそうとした。しかしエンキは飢饉に対して麦の栽培(農業)を、旱魃に対して灌漑を、疫病に対して医療を教えて人類を救った。

 ムカついたエンリルは「大洪水を起こして人類を皆殺しにしよう」と計画した。そうするとまたイギギに労働が押し付けられて元の木阿弥だ。そこでエンキは一計を案じ、シュルッパクの王ジウスドラに「大洪水が来るから大きな船を作れ」と託宣を下した。こうして彼とその家族は生き残り、人類は再び繁栄したという。ギリシア神話におけるプロメテウスとデウカリオンの話も、ノアの洪水伝説も、これに由来するに違いない。ユダヤ教ではヤハウェの他に神がいては困るので、洪水を起こすのもノアを導くのも唯一神になっているが、本来は多神教世界に伝わっていた神話なのだ。人類に知恵を授けるのは「見張り」ではなくエンキだが、彼は大洪水後にエンリルをなだめるため「悪霊を使って人類を間引く」と提案しているから、『ヨベル書』のマステマがやってることに似ている(マステマは人間を間引くというより、誘惑して堕落させようというのだが)。

 またエンキは地下の深淵の神であるから、天から降りてくるよりは海から上陸したと解釈できる。アプカルたちはこの神話と結びつけられ、海から出現して人類に知恵を授けた半神的精霊とみなされたのだろう。7人いるのは7惑星(七曜)とかになぞらえたものだと思うが、これがゾロアスター教では七柱の善神アムシャ・スプンタとなり、『エノク書』に入って七大天使になったのだ。エンキ(アッカド名エア/生命)やアプカルへの崇拝はバビロン捕囚時代どころかペルシア時代やヘレニズム時代にも続いていたから、長年バビロンにコミュニティを築いていたユダヤ教に取り込まれても不思議はない。キリスト教が古代の神々をイエスやマリアや聖人たちに仮託して取り込んだように、ユダヤ教も多数の古代の神々や神話を取り込んでいる。

 近頃のオカルト界隈では、だから一神教は借り物の嘘っぱちだとか、人類の味方であるエンキを崇め、人類を滅ぼそうとしているエンリルを拒否せよとか言われている(noteで検索してもそんな与太話ばかりだ)。しかしエンキだって人類を神々の奴隷として創造したのだし、悪霊を用いて人類の数を適当に調整しているのだから、人類の創造主で飼い主ではあっても味方とは言いがたい。プロメテウスは人類の味方かもしれないが、あいつが人類に火や知恵を授けたせいでことがややこしくなったともいえる。神々かニンジャか知らないが、いつまでもそいつらに頼り切りではよくない。おれたちには自由意志があるのだから、未来は自分たちの手で切り拓くべきではないか。

◆TOUGH◆

◆BOY◆

【以上です】

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