読書散歩|檀林皇后私譜 上・下|杉本苑子|中公文庫
歴史小説、特に古代から鎌倉時代までのものが好き。
平安時代を舞台にした小説は、中期(藤原氏全盛期)のもの、後期(武士台頭で鎌倉幕府に続く)ものはいろいろ読んできたけれど、前期のものは数少なくてよく知らない。
と思い、かねてから読みたいと思っていた杉本苑子さんの「檀林皇后私譜」です。
平安時代 794〜1185年
桓武天皇の平安京遷都から鎌倉時代成立までの390年間。広義では長岡京遷都の784年からの400年間。
◈前期:794年〜9世紀末 天皇親政時代
◈中期:9世紀末〜11世紀末 貴族(摂関政治)時代
◈後期:11世紀末〜12世紀 院政時代(武士の台頭)

桓武天皇の平安遷都から藤原氏(北家)黄金時代の始まりまで、檀林皇后こと橘嘉智子の生涯とともに時代の流れがとてもよく解りました。
檀林皇后 橘嘉智子(786〜850年)
第52代嵯峨天皇皇后
父:橘清友
母:田口氏の娘
配偶者:嵯峨天皇
子:仁明天皇(第54代)、正子内親王(第53代淳和天皇皇后)
物語は少女・橘嘉智子が従兄・橘逸勢に手を引かれ、森の奥深くにひっそりと身を置く祖父に会いに行くところから始まります。
嘉智子と逸勢の祖父....(-ω- ?)
橘奈良麻呂、生きとったんかーい!!!!
(設定です)
橘奈良麻呂(721〜757年?)
奈良時代の公卿
父:橘諸兄・葛城王
母:藤原多比能(藤原不比等の娘)
天平勝宝9年(757)、打倒・藤原仲麻呂「奈良麻呂の乱」を企てて失敗し、祖母・橘三千代(県犬養三千代)、父・橘諸兄と続いた橘氏を三代目にして没落させてしまった橘奈良麻呂。
清友(嘉智子の父)、入居(逸勢の父)ら、子どもたちからも存在を抹殺、ひた隠しにされながら生きていたという設定です。
嘉智子と逸勢、互いに想いながら素直になれずにいるまま(//∇//)
嘉智子は橘家の汚名返上、名誉挽回を一身に背負って神野親王(のちの嵯峨天皇)のもとに入内します。
・すでに世継ぎとなる二人の子を産んでいる正妻・高津王妃の存在
・平城上皇(兄)vs嵯峨天皇(弟)、平城太上天皇の変(薬子の変)
藤原薬子、坂上田村麻呂、空海、、藤原良房、小野篁
そして、次々に抹殺されていく親王たち(阿保親王、高岳親王、業良親王、惟喬親王、恒貞親王…)
いま知りたい興味のある人々、私の中のオールスターが総登場 (*≧∇≦)ノ楽しい!
国母に登り詰めた檀林皇后(橘嘉智子)最後の決断…
同じ屋根の下で育ち、生涯の想い人だった(と思う)橘逸勢を死に至らしめる結果となった承和の変 (*T^T)ああ、無常
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「三筆」嵯峨天皇、空海、橘逸勢の三人が揃う場面は愉しげでおもしろい。(空海&逸勢バディ小説求む!)
小野篁が師と仰ぎ慕っていたといわれる橘逸勢のことが知れた。(似た者同士やん!)

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とても面白く読んだあと、気になる存在になった橘逸勢
感想はこちら
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古来(ヤマト王権時代)より続く重臣・大伴氏がこの時代に淳和天皇の諱「大伴親王」との同名を避けるため、「大」の字を外し「伴氏」となった経緯をはじめて知る。(^^)d 勉強になった。
そして、藤原良房らは承和の変で(目の上のたんこぶ的な)大伴氏をも一掃できて藤原氏全盛期へと邁進していくのですね。
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昨年12月、京都・東山を訪れた際、六道珍皇寺から六波羅蜜寺に向かう途中にあった西福寺。

桂光山 西福寺
京都市東山区松原通大和大路東入2丁目轆轤町81
「自分の死後は亡骸を野辺に捨て置き鳥や獣の餌にせよ」と言い残したといわれる檀林皇后。
西福寺には、その亡骸が朽ちていく様子を描いた『檀林皇后九相図』(江戸時代・作者不明)が現存しているそうです。
通常は非公開ですが、毎年8月7〜10日「六道まいり」の期間中に特別公開されるそうなので機会があれば訪れてみたい。
上巻 目次
森の奥
夕占問う尼
蝦夷祝唄
闇にひそむもの
若菜
呪う神たち
夜の牡丹
遺勅
大同元年
長恨歌
屍臭
饒舌な指
退位
船のうちそと
二所朝廷
下巻 目次
杏の庭
将軍塚
王妃壊滅
夢想忉利天
清濁併せ呑む
嵯峨源氏
せがれの嫁、むすめの婿
菱の花
浦島子
去る者、来る者
小野篁
松樹折れる
承和の変
四大元空
皇室略系図
橘氏略系図
坂上氏略系図
藤原氏略系図

2026年6月6日(土)読了
最後までご覧いただきありがとうございました。
