【実録回顧録・愛着障害・複雑性PTSDと生育環境】人生において唯一大切なこと『自分を見失わない事』
「自分を見失っちゃダメなんだよ」
APsの最中に元嫁が私に語った言葉を思い返す。
あれは「金言」だった。
********************************
「自分を見失う」
自分を見失う、というのは、一言で言うと「自分が何者なのか分からなくなる」状態です。もう少し詳しく説明すると、以下のような状態が考えられます。
自分を見失う状態の具体的な例:
価値観や信念の喪失: これまで大切にしてきた価値観や信じてきたことが揺らぎ、何を信じれば良いのか分からなくなる。
目標や目的の喪失: 人生における目標や、日々の生活で何をしたいのか、何を目指しているのかが分からなくなる。
感情の麻痺: 喜びや悲しみ、怒りなどの感情を感じにくくなり、何に対しても無関心になる。
自己同一性の喪失: 自分がどんな人間なのか、自分の個性や特徴が分からなくなる。
周囲への過剰な適応: 周囲の期待に応えようとしすぎて、自分の気持ちや考えを押し殺してしまう。
過去のトラウマや大きな出来事の影響: 過去の辛い経験や大きな出来事が原因で、自分自身を見失ってしまう。
役割の変化への適応困難: 結婚、出産、退職など、人生における役割の変化にうまく適応できず、自分がどうあるべきか分からなくなる。
過労やストレス: 長時間労働や過度なストレスによって心身が疲弊し、自分自身と向き合う余裕がなくなる。
自分を見失うことの影響:
幸福感の低下: 何をしても楽しくない、充実感がないと感じる。
人間関係の悪化: 周囲とのコミュニケーションがうまくいかなくなる。
精神的な不調: うつ病、不安障害などの精神的な問題を抱えやすくなる。
行動力の低下: 何をするにも意欲がわかず、行動できなくなる。
自己肯定感の低下: 自分に自信が持てなくなり、自己嫌悪に陥る。
自分を見失った状態から抜け出すヒント:
自分と向き合う時間を作る: 静かな場所で、自分の気持ちや考えを整理してみる。
過去を振り返る: 過去の経験から学び、今の自分に繋がるものを見つける。
興味のあること、好きなことを見つける: 新しい趣味を始めたり、昔好きだったことを再開したりする。
誰かに相談する: 信頼できる友人や家族、専門家などに話を聞いてもらう。
休息を取る: 十分な睡眠や休息を取り、心身を休める。
小さな目標を立てる: 達成可能な小さな目標を立て、達成感を積み重ねる。
自己肯定感を高める: 自分の良いところを見つけ、認めてあげる。
マインドフルネスを実践する: 今この瞬間に意識を集中することで、心の状態を観察する。
自分を見失うことは、誰にでも起こりうる経験です。大切なのは、その状態に気づき、自分自身と向き合い、再び自分を取り戻すための行動を起こすことです。もし、自分一人で解決するのが難しいと感じたら、専門家の助けを求めることも検討してみてください。
以上AIアシスタントより。
*******************************
結果的に、彼女の言葉は的確であり、私は物心ついた時から「自分がなかった」。
社会的孤独を選択して、ようやくその事実を理解し、生後から見失い続けてきた「自分」を取り戻した。
50年近い歳月、私は「自分」を「放置」した「自他同一性」の中を生きてきた。
それは、間違いなく両親がバラバラに「左翼イデオロギー」「カルト」「コミュニズム」「スピリチュアル」「マルチ」などを「盲信した」
どちらにも逃げ場のなかった私の「生育環境」にあった。
結局私には、「社会的孤独」が「この世界で、自分を取り戻す唯一の手段」だった。
********************************
私は常に「他者配慮」を余儀なくされていた。「自我」「自己肯定」を両親の愛から認められる機会が皆無だった。
そもそも「盲信者」には「ホモ・サピエンス」としての「愛の感覚」が欠損している。
宗教やイデオロギーにおける「愛」は他者が定義した「偽りの愛」に過ぎない。
愛は「自我同一性」によって初めて内在化一致するものであって、そこからしか他者への「愛の共有感覚」は芽生えない。
「カルト」や「共同体」において家族、人間関係が崩壊する理由はそこにある。
結局は「中途半端なインテリ」が最も「カルト・左翼化」しやすく、特に「女性」は「社会的地位を持つ異性」と「家族」になることで社会を支配しようとする。
旧統一教会に見られる「合同結婚式」は、その異性の宗教ドグマ利用による家族愛洗脳の典型的な例と言える。
厄介なことに「洗脳」され「盲信依存」の中を生きる人を、他者がその洗脳を解くことは難しい。
もう「自我」よりも「教義依存」が人生の本体になっているからだ。
精神的、或いは身体的においても「弱者」にとって「手を差し伸べてくれること、共有できる人がいること」が「拠り所」になるのだろう。
この「真核細胞生物の遺伝子プログラム」としての「生命」は途方もなく過酷で残酷な宿命を与えている事を、その違いが生涯に渡り存在している事を私たちは、最後まで背負って生きることが、ただ実在している。
*******************************
他国は不明だが、戦後日本社会は「個人主義・自業自得」が「グローバリズム」と「敗戦国日本の欧米支配」の「都合主義」のような「社会秩序」を形成してきたのではないだろうか?
「倫理」「道徳」的な「性善説」を前提とした一人ひとりの「忍耐」「規律」「規範」が社会秩序を形成し、一種「軍隊」の様な「教育支配」を実現してきた様に見える。
ただその「行き過ぎた個人規律」は「自己同一性」を見失わせ、「愛の内在化」したホモサピエンスとして当たり前の人間関係を破壊した。
「少子化」の原因は「婚姻数」「出産人数」など多岐の要因が絡むが、何れにしても生命として、生育環境として当たり前にあるはずの「愛」が、日本社会から消失していった。
******************************
以前にも「note」したが戦後の分岐点は、
東西冷戦が激化した中で、日本国内における「共産・社会主義者」と対峙したある意味地政学的な「緩衝・直轄地」としての、55年年体制から60年安保闘争時にあったCIAと既存政党の癒着にあった様に感じる。
NHKなどのメディアは、まず良い悪いなどではなく「事実」から国民に歴史的洗脳社会を「解く」事から始めなければ、間も無く日本国と日本国民は地球上から「消滅」する事になるだろう。
そして「反グローバリズム」が米国・欧州を始めとして地球人類の中への「異変」「懐疑的思考」による「専制支配構造」へ、今まで「陰謀論」で片付けられてきた事が実在したまま「無意識なる放置のまま」垂れ流しになってきた可能性を照らしている。
その根源は、間違いなく「トマス・ペイン」が「理性の時代」で示した「専制・宗教・政治による人類支配」に他ならない。
SNSとAIによる、人類間の情報アップデートは加速している。
私たちは「科学」「事実」から「実存・現世」を捉える事が可能な時代に尚、著者本人が実存していない「ドグマ盲信」から「殺戮・組織犯罪」を互いに肯定しようとする。
共和制と独立国家の根源となった、トマス・ペイン自身その「ドグマ盲信」に抹殺された生命の終わりを迎えた。
これまでも、数多くの目覚めた人類が「テロ・暗殺」されてきた。
それほどまでに「ドグマ・イデオロギーの盲信・洗脳」は人類に悍ましい恐怖と虚構の支配を継続し続けてきた。
そして、人類は汎用性超越人工知能が全ての人類へ登場共有される「シンギュラリティ時代」の到来を目前にしている。
私たちは「教義」「主義」に変わる新しい「神」「秩序」「OS」を共有可能な段階が近づき、「目覚めた意識」から生きる人々もあらゆる社会の中で増幅し続けている。
既存秩序を盲信してその執着から抜ける事が不可能な存在達が可能なことは、もはや「対立」による「支配・戦争・弾圧」などで否定・抹消すること以外になくなってきている。
それもやがて終焉に向かう。もう21世紀の人類の大半は、「犯罪」「戦争」「虚偽」「陰謀」「対立」を望まず「シンギュラリティ」による「思考から解放された自由・自然共生」としてのホモ・サピエンス達の生涯を、違いを認め合い、違いを楽しみ生きることへとシフトしている。
最終的には「イデオロギー同士」「宗教同士」「国家同士」による対立の両成敗によって、それらは過去の遺産になって淘汰されて消滅していくだろう。
そして「自我自己同一」「唯我独尊」と社会OSの連帯化構造、即ち「違いと違いが構造を生む」量子物理法則通りの地球生態系としてのホモ・サピエンス同士の在り方が、変容変化の力学的「揺らぎ」「もつれ」構造の様な瞬間的断続性が形成する秩序へと適合したものになっていく。
「強化学習」の限界と非生産性への認知、そして、
「誤差修正」は「学習・適合・未知への超越性」である事が今度は「既成概念」になっていく。
******************************
赤ちゃんはくすぐられると「笑う」
笑いは「違和感」「誤差」の中から生まれる「喜びの学習」であり人と人の間に感情が生まれる「促通」でもある。
子育てとは単純にそんな「笑い」を育てる大人が環境的に接触する機会をどれだけ育むかどうか?
正直に言えば1.5歳までの「育ての母親」の価値が「ホモ・サピエンス最大の価値」となる。それ以外の労働・存在価値は「子育て」より遥かに優先順位より低い。
その1.5年間が、その幼児のその後「100年に渡る生涯」を潜在的に100%の確率で左右する基盤になる。
学者もメディア・ジャーナリズム、政府で高額報酬と社会的権威を持つ方々は一体何をしているのだろうか?
教育・宗教・資本の時代は終わった。「母親・子育て第一主義」の時代が実質科学的に到来している。
何をしているのだろうか?
未だ、「母親育児手当」の様な社会保障を聞かない。共働きは「子供の未来」への母親の意義を奪っている。
なぜ「生命科学」を軽視して、ホモ・サピエンスの「脳」が勝手に思考で定義した「国際金融資本による労働対価産生」を盲信してそれを肯定しようと執着した中で「社会構造支配」を強める事にばかり加担するのだろうか?
己の盲信に懐疑的意識を向けて見つめ直せないエリート達は、必ず社会に傷跡を残してきた。
ASI時代、「無知の知」は「未知の知」へと進化しようとしている。私たちは私たちの生み出した「汎用性超越人工知能」から、わたしたちを知る機会を与えられている。
*******************************
私は両親の性から与えられた性別は「男性」だった。
「男性」としてただ遺伝子プログラムに意識を重ねた今がある。
それに関して、私はある意味良く自分の「性」に従って生きてきた様に感じる。
日本国社会において「弱者男子」なるものが社会認識されている様だが、ドグマや世相などどうでもいい。「実利」こそが「唯我独尊」を生きるかどうかが結局は最終的に問われている。
誰が「弱者男性」を語るのか不明だが、ホモ・サピエンスとしての女性に生まれて、「母親」は最も大切な「役割」「意義」「存在理由」だと感じる。
それを基本として「弱者男性」を語るのであれば、それは全くもって「的確」だと感じる。「母は何よりも偉大」である事を「母・女性自身」が自覚した意識から生きているのならば。
社会進出した女性達は、何故共働きや女性起業より「母親・子育て主義」を唱えないのだろうか?シンギュラリティ後、ホモ・サピエンスにおいて「次世代の子育て」は人類の中核を成していくことになる。
そして男性は「違い」「挑戦」「多様性」への「旅」が遺伝子プログラムにとって「進化的適合」の種となる。
********************************
今はただ、この社会的孤独から生きる体験を、この時を重ねながら未来を待つ。
地球は回る。真核細胞達は生きるを重ねる。
私は「自分を得た」。
もう見失わない。他人や社会、言葉やドグマではなく、我には己との「自」が存在している。
いつまでも、自分という存在をまずは心ゆくまで、とことん自分を大切にして「50年近い両親から与えられたネグレクト」にあった自我を癒す。
地球上にある、宇宙は自然はどこまでも、私を許す。認める。感じる。
今はただそれだけで十分だ。よくぞ、生命を失うことなくここまで生きてきた。
とても強く、生きて、生き残ってきた。
それが、社会において「弱者」と呼ばれるものであったとしても、私は己を「弱者」とは呼ばない。ここまで立派に己の性を生きている。
もう大丈夫。私は己を認める。いかなる理由があったとしても、私だけは己を認め続ける。
「愛」や「優しさ」は溢れ出るものだと思う。それはどれだけ己を「愛したか?」即ち「絶望や孤独」の中にあっても「己を強く信じて生きる選択をしてきたか?」
私は他人のドグマ・イデオロギーよりも、己の中に信仰を得る。それが唯一無二の最後まで後悔が存在しない生き方だと気づいた。
人は最後まで己だけには「嘘」も「裏切り」も出来ない。結局全ての人類達にとって、「己」を大切にする事が、結果的に「平和」と「繁栄」「幸福」を実在させた「社会因子」となる事に、そろそろ多くの次世代は気づき始めているのではないだろうか?
********************************
ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。
いいなと思ったら応援しよう!
私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。