再考察『チ。地球の運動について』〜恋愛と母子の所在は何処?〜
何度も考察してきたのに、幾つも後から気づきが湧き出て来る。
まず
『母性が存在しない。』
この物語には一歳、恋愛や母娘関係が存在していない。
魚豊さんはわざとそう設計したのだろう。
『ようこそFACT(東京S区第二支部)へ』
では、恋愛を物語の入り口にした彼が今回は使わなかった。
『?』
が最終話のテーマなのだから。
幾つも、辿っていけば本当に、それぞれの中で見つけてほしいテーマを、
そしてもう天動説も地動説も、終わった過去はああそうでしたよね!!!
それよりも皆さん、今ここにある現実を生きてください。
それを自分たちで見つけ出してくださいね!
ってメッセージを主体的に見つけてくれと言っている気がします。
この物語において、
誰も『子孫』は残っていない。
皆、夢の途中で死んでいる。
だから結局誰にも引き継がれていない。
『かもしれない』
物語の仮想現実の空想作品が、私たちに気づかせてくれるもの。
それを、魚豊さんの創作はふんだんに盛り込んでくれる。
それと気になったのは、
『眼』だ。
オープニングにも
サカナクションの『怪獣』が流れるオープニングに最初に出てくる、
各章の主人公達。
『ラファウ』『オクジー』『ドゥラカ』の眼は、
白目が広く、瞳孔は小さく描かれている。
正気ではない。異常者の眼。
彼らはそう、異常なのだ。
・・・・・・・・・・・・・・
私たちは、先入観で物を見る。
その根本にあるものは
『知』
だ。
『チ』のテーマの中にある『地』を敢えてカタカナにした意味は
『血』『知』『智』『治』『稚』『値』『置』『致』『遅』『施』『馳』『弛』
といったテーマをそれぞれの登場人物に体現させる演出だった様に感じる。
正直、娯楽的なアニメを望む人には魅力を感じないかもしれないが、
『ハマる人はハマる』
どちらかといえば、アニメというジャンルよりも文学小説に近く、シンプルなテーマに対する問いを、視聴者側が問われ、求められている。
この物語は全てが脇役で、脇役だけで構成された様に見える。
『チ』
が主人公であって、実態は結局全て損なわれたまま、そして結末は視聴者のあなたが知っているでしょ?といった速球を投げられて終わる。
一周回って、『ノヴァク』という仮想のキャラが好きになった。
恐ろしい異端審問官の悪役が、娘思いの自分を神への信仰を、
正義と信じて疑わず生きた事への気づきと懺悔が、
他の登場人物よりよほど人間らしく、愛おしく感じた。
彼は、娘という人生の希望を自分の、神への信仰、傭兵上がりの異端審問官として自らの信念で潰した。
彼女に、もしかしたら天文学を一緒に寄り添えば、違った未来があったのかもしれない。
『愛とはお互いが見つめ合うことではなく、同じ方向を見ること』
サン=テグジュペリの言葉が胸を突く。
信仰にせよ、仮説にせよ、それらは全て人間のエゴに過ぎない。
この物語の人物はある意味悟ったかもしれないが、
幸福な人生とは到底呼べるものではないだろう。
自らの母達から紡がれてきた、子孫すら残す事が出来なかったのだから。
とてもいいアニメだった。
そして、自分の現実を。彼らではない、私の時代の現実世界の登場人物達と生きる事を大切にしようと思った。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。
