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【実録】多重カルト・ドグマ・宗教二世とスティグマ。『政治と宗教は語るな』と弾圧されて来た根源的カオス。銃撃事件でようやく認知されてた民主主義と日本社会の絶望的な闇の力の終焉へ。

ついに日本国最大の闇「宗教と金・組織・政治」という「アンタッチャブル」な「暗黒聖域」をもう、看過する時代は終わった。

以下AIより。

『宗教スティグマ』とは、特定の宗教や信仰を持つ個人またはグループに対して向けられる否定的な態度、偏見、差別、または社会的な烙印のことです。これは、その宗教が社会の主流から逸脱していると見なされたり、誤解や偏見に基づいたりすることが原因で発生します。

宗教スティグマは、以下のような形で現れることがあります。

  • 差別的な言動: 特定の宗教を侮辱したり、嘲笑したり、差別的なジョークを言ったりすること。

  • 社会的な排除: 特定の宗教を信仰する人々を、就職、教育、住宅などの機会から排除すること。

  • 暴力や嫌がらせ: 特定の宗教を信仰する人々に対して、身体的な攻撃や嫌がらせを行うこと。

  • 制度的な差別: 特定の宗教を不利に扱う法律や政策を制定すること。

  • ステレオタイプ: 特定の宗教を信仰する人々に対して、否定的な固定観念を抱くこと。

宗教スティグマは、個人の精神的な健康、社会的なつながり、経済的な安定に悪影響を及ぼす可能性があります。また、社会全体の多様性や寛容さを損なうことにもつながります。

宗教スティグマを解消するためには、教育を通じて誤解や偏見を解消し、多様な宗教や信仰に対する理解を深めることが重要です。また、差別的な言動や行為を非難し、被害者を支援するための取り組みも必要です。

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私は両親の「親がちゃ」によって、ある意味「マイノリティ・カルト」の全てを背負って生きてきた。

結局「家族」と「日本国社会」が私にとっての「全ての地獄要因」だった。

私が、大学卒業後「ニュージーランド」で生活して感じた「自由」は、何よりその「地獄」が「日本」に実在していた事を証明している。

私への「スティグマ」は「左翼イデオロギー」と「新興宗教と政治の一致」という「多元源的日本社会スティグマ」が存在してきた。

一つ「統一教会問題」は「左翼イデオロギー」に関する課題を社会から解消してくれるだろうが、「政治と反日本文化的新興宗教」という「民主主義の根幹的課題」についても「日本型反グローバリズム政教分離」という意味で、「自由権」や「自然権」という「人類共通要素」を踏まえた「日本国領と社会の在り方」へと議論や気づき、論争が発展していく事を願って私の放擲の最終段階として「note」に残す。

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まず「生育環境」だ。

この日本の「家社会」というスティグマが既に「全学連・全共闘」&「反体制的新興宗教」の「文学部文学研究会が縁」の両親であり、両親の中に根底に共通していた事は「正義感と己への過信」「反体制」と「コミュニズム」だった。

この時点で私の人生は「絶望決定」だった。

ただその伏線は「祖父母」にまで遡る。

最も問題だったのは「世間知らず」だが「ある程度チヤホヤされ、過信する程度」にそれぞれ「職人一家」だった事が起因しているのかもしれない。

仮に現在の様に「男女平等」であれば祖父母・祖母母共に、まぁまともな社会性を有した家だった様に見えるため、「左翼カルト」「反日本社会的新興宗教」を自分の家庭に取り入れる事はなかった様に感じる。

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山上徹也被告が「母親」が「宗教・ドグマ」に「献金」した様に、私の母親も湯水の如く「マルチ」や「国際支援」に金を使った。

恐らく私の父は通常のサラリーマンの生涯年収の数倍は稼いだだろうが、死後には不良債権化した借金しか残らなかった。

「正義」と「欲望」を「カオス化した歪んだ自己容認」。それがそれぞれ父にも母にも存在していた。

何故、何がそうさせたのか?

「新興宗教教育的エリート」だった「母」には「気づき」や「変容」という「愛」や「自然」を「思考」が相反する「アンビバレンツさ」があった。

母には、恐らく本当は「教育」は必要なかった。むしろ家業の手伝いでもして自然と結婚すればよかった。

母祖父は、事業で成功したものの、尋常小学校中退であった事を恥じていたため、学業成績が優秀だった母に「新興宗教教育エスカレーター」へ金を注いだのだろう。

そこに「全共闘・全学連」という時代が重なった悲劇だった。

母の純粋な正義感や、教育の中で肯定され続けた価値観と、自己の中にある「弱さ」との矛盾の隙に「カルト」「マルチ」「コミュニズム」はやってきたのだろう。

私が「社会的孤独」として「家族」も「社会性」も断ち切った因果は「日本社会そのもの」にあった。

それがこの社会の「同調圧力」から派生する「スティグマ」だった。

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西暦2025年だからこそ「日本政府組織自体」を「コミュニズム・ソーシャリズム」として包括した視点で捉えた時、

「国際金融資本」や「グローバリズム」との「妥協・協調」が水面下で行われてきたであろう事は、もはや普通に社会を生きて時事に触れていれば「明白」な領域まで到達したのではないだろうか?

「工作員」と「カルト宗教組織」「国際金融資本家」などの組織はそれぞれ、多元的に内通していた。

その調整役が、イーロン・マスク氏らが「ディープステート」として指名する、選挙で選ばれない「政府・官僚」だったのではないだろうか?

あくまでも、これは「仮説」である。

ただ、「天下り」や「国際協力」と「偏重報道」などの点と線を繋ぐとそこのピースに当てはまる存在が不可欠になる。

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「少子化問題」は「官僚主義国家社会」が根源的な理由である様に感じる。

DOGEによってUSAID解体を断行した米国が、これから出生数に対してどんな結果が未来にあるかにもよるが、

国家起源まで遡った伝統的宗教・民族風習から国家観を捉えている国々は「少子化」に至っておらずむしろ「グローバリズム的革命」を果たした国々で「少子化」が進行している様に見える。

「参政党」「日本保守党」などが一大旋風を起こしているのはそうした「伝統的保守」の役割であった「自由民主党」が「リベラル・グローバリズム側」にある意味政党を「乗っ取られた」事に対する反応である様に見える。

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恐らく私は究極の「日本社会スティグマの象徴」的な理由が、他にもいくつも存在するが、それについては「山上徹也被告の判決後」にようやく語れるものだろうと感じるので、あと数年は私の胸の中で「放擲」と「アップデート」を重ねていく必要があると感じている。

一つ重要なターニングポイントは、『アンティファ』と呼ばれる「分散型グローバリズム・カルト」だと感じている。

日米における2人の「政治活動家銃撃暗殺事件」が齎した「闇の暗殺イデオロギー集団」が、これからどう動くのか?或いはこれから、国際社会が彼らをどう特定し対応するのか?

また別の次元で、「伝統宗教・民族・領土」、そして「コミュニズム」などのそれぞれの「思惑」「陰謀」が存在しているのではないだろうか?

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正直もう「地球」「ホモ・サピエンス」が「人間同士が殺し合う」事は「完全完結」に向かって欲しいと心から願っている。

「健全で建設的な、価値観の多様性を、違いを認め合い、それぞれの生き方を容認するための議論・討論」から皆がこの水の惑星、地球環境生きるためには、まず一旦、それぞれの「伝統的領土」で「社会OS」をアップデートした「ホメオスタシス的」自浄作用・免疫作用を実装した状態を作り上げる必要がある様に感じる。

要は民族の男女による「遺伝子の継承」が「自国社会内」で「90%以上完結すること」が求められる。

ただ西暦2025年現在「日本国」は既に「移民」と「日本人男女による出生数」の比率割合が感覚的には「50%程度」まで到達しているのではないだろうか?

「絶望的数字」をイーロンマスク氏らは既に俯瞰して語っている様にも見える。

擁護するつもりは全くないが、真のラスボスは「統一教会ではない別の存在達」だと感じる。


それを見誤ったまま、未来に向かった先には、地球人類の絶望的な「ディストビア」が存在するだろう。

「シンギュラリティ(技術的特異点)」による「汎用性超越人工知能(ASI)・OSの社会実装」まで、人類の最終戦争とも呼べる『時間との戦い』が水面下で繰り広げられている。

そして恐らく未来に、「ASI」はあらゆる我々人類が到達し得ない領域にある社会を実現する力となるだろう。

だからこそ今、ここから「放擲」を重ね「空っぽ」の意識を、心を生きる人々が、これからの未来、次世代における主役となっていく。

新たな「生命」を、「細胞」と「細胞」の出会いを重ね合わせる生命に喜びを。

地球上における自然界は、ただそれを当たり前のように今日も、明日も来年もまた繰り返しているのだから。

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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、今、ここで残せるだけありのままの随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先にある何らかの存在に、これから先、明日への静寂、安寧なる心の棲家につながる。この惑星で人類として生きる全て人々がその何かを見つけ、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いが何かであることを、いつも願っております。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。