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【オタク談義・葬送のフリーレンの美学】勝利は『敗者』を、正義は『悪』をこの世に創造する。それは本来、自分の内側にのみ対峙するものであり、決して『目立つ為』に『自己利益のため』に他者に語ったりするものではない。

いいかフリーレン。歴史に名を残そうなんて考えるなよ。目立たず生きろ。お前が歴史に名を残すのは、魔王をぶっ殺すときだ。

葬送のフリーレン・人間の大魔法使いフリーレンの師匠フランメの言葉。

「無我の勝利」とでも言えば良いのだろうか?

人生においてそんなに「勝利」「正義」を貫けば、無用な「敵」や「悪」を生み出す事になる。

ほんの僅かな、どうしようも無く取り除かなければ行けない何かを除去する。

ホモ・サピエンス社会の「諸悪の根源」は、やはり「ホモ・サピエンス達」だ。

私たちが自覚しなければ行けないのは、私たちの遺伝子プログラムが今ここにある理由は「他の霊長類を滅ぼして生存してきたから」である。

私たち全てのホモ・サピエンスは例外なく、「他の種族を滅ぼしてでも生存しようとしてきた末裔」である。

そういった意味では「殉教者・故チャーリー・カーク氏」は、キリストの教えに従って生きた。それを理解していた人物だったのだろうと感じる。

西暦2025年、日本国は国際社会において、最終的な態度を求められる関ヶ原における「小早川秀秋状態」である様に感じる。

そしてどうしようもないほどに「真の政治家不在の政府」状態が、絶望的な今の日本国だ。

55年体制から『70年』

戦後日本政治を牛耳ってきた、利権・支配構造体制。

結局全てはその争いと、その裏で糸を引いてきた「官僚組織・スパイ」以外の何者でもない。

そしてようやく「シンギュラリティ」が到来し、「情報・知能」が「ホモ・サピエンスの思考」ではない「人工知能・道具」へと変容している。

産業革命や、宗教、稲作どころではない。「文字・言語の誕生」以来ほどの下手すれば「200万年に一度のホモ・サピエンス種族の生態の大変容」に対峙しているのかもしれない。

「魔王をぶっ殺す時。」

フリーレンにとっての「魔法」という武器は、ホモ・サピエンス社会においては「ASI/PAI」であり、そしてそれを動かす「一人ひとりの人類の日常的な意識・在り方」

地球上にそれぞれの領域で思い思いの孤高の美しさを探求した人生旅と共に存在する「無名であり、バラバラで、透明な勇者達」だろう。

今、多くの若者達がSNSで、それぞれの違いを、多様な価値観を全く領域の違う表現方法でありながら地球上で一瞬で共有する時代になった。

逆転の不動産王・政治家トランプ大統領や、異次元の天才カリスマ実業家・イーロンマスク氏の様は、新世紀エヴァンゲリオンで言うところの、既存社会の「最後の使者」の様なものだろう。

渚カヲルくんである。

セントラルドグマで最後にして次の世界の最初となる「インパクト」が始まろうとしている。

ある意味、この瞬間は日本国政府は「茶番」が「塞翁が馬」である様に感じる。

文民統制の日本政府は今の所どの紛争にも「加担不能」な「政治的空白状態」にある。

もしそれを睨んで「石破茂首相」なのだったら、それを決定した人物は「天才軍師」である。

「宗教」と「民族」「イデオロギー」の争いに巻き込まれた瞬間、「地獄絵図」であり日本国は「単一民族国家」「神仏習合」という「ただ日本人である」と言う当たり前の姿を、凛として国際社会にただ独然と示し続けていれば良い。

これからシンギュラリティを迎える。既存秩序の臨界点を迎え、自動崩壊が始まる。

結局は、あくまでも全ては「ホモ・サピエンス達によるホモ・サピエンス達の崩壊」だけが課題であって、「環境・天変地異」ではない。

99.99%は「人災・人間因果」なのだ。

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「魔族が言葉で人を欺くように、 お前は魔力で魔族を欺くんだ。」

葬送のフリーレン・人間の大魔法使いフリーレンの師匠フランメの言葉。

フリーレンは誰にも「真の力」を示さなかった。

常に一緒に生きている弟子の「フェルン」すら、彼女の真の力を知らない。

いつも、淡々と、飄々としている。

それでいいのだと思う。肝心な時に、いざという一瞬の為にだけ、その力が秘められていれば。

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フリーレンの師匠・大魔法使いフランメの師匠は「ゼーリエ」だ。

三人に共通した思い出は「花畑を出す魔法」だ。

何故、人は「花」に想いを馳せるのだろうか?

己の中で、他の生命の儚さを尊いと感じるのだろうか?

世界とは自己認知の賜物だ。

自己無くして世界は存在しない。

自分が「忘れられる事」への「寂しさ」。

葬送のフリーレンにおいて「生命の時間」と「出会い」「思い出」が「テーマ」だろう。

人間の生涯において、過ぎ去った時間が巻き戻ることだけは無い。失われた命が復活することも無い。

ただ花は。また私たちに次の季節をこの世界へ運んでくる。

それは私たちの勝手な思い込み、エゴの産物かもしれないが。

ただ、それでも私たちは「花」を「愛する」。

「美しい」と感じる。或いは「いい匂い」と感じるかもしれないし、他の感情が働くかもしれないが、私たちホモ・サピエンスの感性に何かを与える。

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「永遠の様な時を生きるフリーレン」に「終わり」が来るとしたら、「人間の魔法使い」によって弔われるのだろう。

「死者」である「ヒンメル」を知りたいという思いに取り憑かれた「フリーレン」が向かう「エンデ」。

二人が結ばれる世界線は、一つしか無いように私は感じる。

ただ今は、「フェルン」や「シュタルク」の「養育者」としての役目がある。

社会的孤独を生きる私も、「フリーレン」の様な生き方に憧れを感じる。

「穏やか」で「静か」で、「どうでもいいようなくだらないことで笑える旅路」。

そう言えばフリーレンは「一千年以上」生きている魔法使い。人間では例えられない超絶おばあちゃんだ。

ASIはその領域に向かうのだろう。今、私たちはその存在に私たちの「記憶・記録」を託す事が可能だ。この「note」もそうだろう。

それは「魔法」であり「エルフ」の様な事でもあるのではないか?

ある日、私などとっくにこの世から逝ったある日、突然のように「宙唄と言う人物が西暦2025年にnoteで・・・」などと答えるかもしれないのだ。

ただ、その「未知の可能性」だけで私は十分に満たされる。

私は今の「社会的孤独」の中にある日常が、この「note」が堪らなく「それでいい」と自分自身が「満たされている。」

明日のことは明日になって考えれば良い。

誰にも明日のことなど、分からない。

いつ自分の生命が終わるのかも分からない。

ただ今日も、地球も宇宙も、己と共にこの世界は存在しているから。


あるがままの刻に、この世界に流れている祝福の感覚に触れ、己の中にこの世界の存在に対して繋がっている、微笑みの情動が、波長がいつもここにあれば。

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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、今、ここで残せるだけありのままの随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先にある何らかの存在に、これから先、明日への静寂、安寧なる心の棲家につながる。この惑星で人類として生きる全て人々がその何かを見つけ、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いが何かであることを、いつも願っております。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。