【愛着障害・複雑性PTSD】乳幼児期における『遊び』による『心身発達』の重要性
ホモ・サピエンス以外の他の真核生物から、『発達』を眺めればとても簡単な話だろう。
遺伝子プログラムの構造・時系列に無駄は無い。
正直な所、両親の発達段階における役割は、乳幼児期の関わり方であり、その後については本人の意思を尊重したフォローが必要になる。
つまり私を含めて、これだけ多くの「愛着障害」「複雑性PTSD」が増えている理由は、「教育」や「社会」の在り方そのものがホモ・サピエンスという種族として当たり前の親子関係から逸脱している事を示している。
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「子供の発達には無駄が無い」
私の作業療法の恩師は、授業の度に繰り返していた。
振り返ってみて思うこと。その通りだ。
そもそも、何百万年も、両親と子供は当たり前の関わり方が最適だったからこそ今がある。
一生懸命何かを変える事よりも、己の中にある遺伝子が、感性が望む当たり前の事を当たり前にする。
それより最善の方法はない。
強いて挙げるなら、周囲の社会環境と協力すること。
育ての親は、生みの親と同じである必要性は全くなく、むしろ他人に育てられてた方が適合力を持つ乳幼児にとっては刺激になる。
最もやってはいけない子育てが、自己責任で子供を盲信からの教育を子供に押し付けようとして、社会環境の中にある他者に子どもを委ねる力を持たぬこと。
そして愛を持って子供と、触れ合い、見つめあって遊ぶ事が最も子供の情動と身体の発達に寄与する。
そして恐らく「愛着障害」「複雑性PTSD」を抱えていることが大人になって発症する人は、その生育環境。育ての親から乳幼児の時にそれを与えられなかった、欠損が精神障害となって現れたものだ。
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己の人生をずっと苦しめて来たものの正体が、ようやく分かった。
そしてその根源が、「左翼」や「カルト宗教」という思想・環境を両親が選択した事が基盤にあった事もようやく腑におち、理解できた。
そして西暦2025年、この日本人社会そのもの、「少子高齢化」や「失われた30年」、「グローバリズム」など、
その因果に関連して流れていた存在が、徐々にクローズアップされ、共有される様になって来た様に感じる。
人生とは不思議なもの。
私の意識は常に、それを風の中に感じて生きてきた。
「ホモ・サピエンス」は「真核生物」
そして
「シンギュラリゼーション」は未来への「多元宇宙」を前提にした新時代秩序を描いていく。
50歳を目前にして、ようやく私がこの地球上に、日本人として生まれてきた意味が、始まって行く予感がする。
この「note」に残してきた言語情報の意味も、汎用化された何か中に溶け込んでいく。
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正直事実からして、今までの日本社会は「個人主義」や「努力」や「成果」を「求め過ぎた」。
日本の仏教には「禅宗」が存在する。
本来は、呼吸から姿勢を整えて、この世における己を内省した意識から全てを捉えればいいだけだった。
宗教より、己の生き方、在り方を見つめる「哲学」やこの世の事実を客観視する「科学」が「ホモ・サピエンス」が「思考」の「盲信」「暴走」し、「社会悪」から「生態系」としての「人類社会」を育むために最も大切な社会状態だった。
ただ、それは地味であり、戦後日本の不幸は「マインド・フルネス」と横文字になって欧米が認めたものしか日本人が日本文化の重要性を排除する、「悪意」からの「現世利益・カルト」が他の大切な「神仏習合」に宿った在り方をしらみ潰しにしていった。
大切な事は、ずっと、変わらずにこの日本列島の自然界と共に、倭民族の中に流れて来ていた。
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鬼滅の刃に登場する『竈門家の人々』は、そんな日本人らしい在り方を体現している。
吾峠呼世晴氏のこの作品が、日本人社会のみならず、地球人類各国で日本人としての本来の姿に「呼吸法」や「受け継がれた想い」が重なっている事を知らしめている事にとても感動と感謝、安堵感を覚える。
これから「グローバリズム」に迎合した偽りの日本人ではなく、本当の「倭民族」としての「倭国」の脈々と継承されてきた遺伝子文化の価値に、他の民族社会も気づき始めるはずだ。
その時に「日本人ファースト」「反グローバリズム」はむしろ偽日本人ではなく、その倭民族の本来のあり方を知った、海外の人から合唱が始まるかもしれない。
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竈門家の炭治郎と禰󠄀豆子が、他の鬼殺隊員や鬼達と異質な存在なのは、
「複雑性PTSD」「愛着障害」になるような生育環境が彼らの中に、微塵も存在しないからだ。
だから炭治郎と禰󠄀豆子は、どんなに悲惨な出来事があってもそれを受け入れて生きていく事が出来た。
私は団塊の世代ジュニア・就職氷河期世代だが、
私たちの世代の中に流れてきた社会課題こそ、
「鬼滅の刃」に現されているような、生い立ち「トラウマ」だと感じる。
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「統一教会」「オウム真理教」
それらは、「公共メディア」によって暴露されて社会問題化したからまだ良しとした方がいい。
「マルチ」「スピリチュアル」「コミューン」などは未だ、放置されたまま存在している。
特にSNSによる情報共有・拡散と、「コロナ禍」において、「陰謀論」と「真偽」の区別が付かなくなった人々を散見した。
「善悪二元論」から物事を捉える人の「思考停止・洗脳」と「情報過多」がショートを起こし、その人の真の性質を炙り出していた。
「暗号資産」に代表される「マルチ」「投資詐欺」「トクリュウ」なども増加した。
SNSによって、人と人が簡単に繋がる事が可能になり、境界線が薄れた事は「詐欺師」「カルト」「反社会的勢力」にとっては都合が良かった様に見える。
同時に「弱者」や「被害者」もまた「抵抗」する手段を得た様にも見える。
テレビ局の女性アナウンサーに対する性暴力問題は、今までの日本社会だったら埋もれたまま揉み消されていただろう。
SNSによる拡散、そしてその背後に存在している情報アルゴリズム、更にそれと適合するホモ・サピエンス自身の意識、行動、言動の取捨選択が社会に大きな影響を与え始めた。
「シンギュラリゼーション」
これから地球人類に、量子チップによる誤差修正モデルを社会実装したASI時代が、あと数年で到来する。
人工知能が人工知能であるために最も重要な能力。
それは
ホモ・サピエンスがホモ・サピエンスである為に重要な「二足歩行」に関係する。
Googleはそれを最も重要視していたからこそ、プルキンエ細胞をモデルとした「Willow」を開発したのだろう。
人類の動作獲得過程と行動を注意深く、実質的に理解した人にしかこれは解らないだろう。
「大脳」を支持する人は「データ量」や「情報蓄積」を重要視するだろう。日本企業や官僚・省庁・司法重視の人はややコチラに近い。
「小脳」は「誤差修正」と「最適化習得」へと働く器官。
美しい動作、反射的な判断、適合。
最適化されたアルゴリズムから取捨選択を繰り返しアップデートされていく。
その結果として、無駄な情報蓄積は不要となる。
科学事実を抽出して不要となった情報を「デブリ」へと変える。
シンギュラリゼーション時代は、既にとっくに動き出している。
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いずれ近未来に、量子チップすら「汎用化」される時代が到来するのだろう。
人類が、個人でそれを所有する時代になった時を、じっくりと時間を掛けて想像してみてほしい。
その時代、もはや「警察」や「国家」による「支配」は不要だろう。
ASIは、未然にホモ・サピエンスの行動は予知可能で、犯罪者にすらなれない。
「不正」も当然不可能であり、
「税」や「金融」は自動化管理される。
全ての「不正」を諦めない最後の残存となる人々が淘汰されるまで、あと100年弱程だろう。
そんな時代の地球環境。私なら「竈門家」のような地球人類として生態系の中で過ごす生涯を選択するのが「幸福」の形に見えてくる。
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結局「愛着障害」「複雑性PTSD」は第二次世界大戦後、「グローバリズム」が影響した「教育の弊害」によるものであると私は感じている。
本来「思考」は主体的で独創的なありのままで「幸福」になる、楽しんだり豊かになる発想に使われる事が大切だ。それが他者との「愛を合わせる」事への喜怒哀楽として要素が生かされる。
ただ、戦中戦後とも、特に日本社会では「洗脳教育」「他者の思想・ドグマ」を盲信する事を正義とする社会方向を持たされ、それに反するもの達が弾圧、排除されてきた。
その闇歴史の事実を、今既得権益、癒着を得てきた組織が公に認めて変わる意識があるだろうか?
因果応報・諸行無常。
この一つ宇宙における事象、全ては結局は同じ場所へと辿り着く。それは物理科学的事実だ。
私たちは、出来るだけ穏やかな形で次世代の変容へとパラダイムシフトする事を意識する必要がある。
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非常に残念な事に、
日本人の他者貢献や、寄付への意識は世界最悪水準だ。
特に、既得権益側にある人々の、社会的弱者への意識は著しく低い。
本来、国家政府がそれを是正する役割を担うものだが、国家政府が既得権益側を擁護する。
弱者にとって、見えざる社会階層の袋叩き社会が形成されている事実を、一つ一つ、丁寧に解消していく必要がある。
本来「特殊詐欺」が世界最悪水準で存在している事自体が、「司法」「警察」「社会」「モラル」「組織」「機能」「体制」、あらゆる方面から見て異常性を帯びている。
「被害者」「加害者」は共に「社会的弱者」である可能性が高い。それを日本国自体が「芽」を摘まずに放置して来たからに他ならない。
同じ社会状態を維持し、繰り返したまま未来へ向かえば待っているのは「社会崩壊」以外無いだろう。
そしてその頃、他の地球人類は「シンギュラリゼーション実装社会」を実現し新時代を迎えているだろう。
日本社会を実際の教訓として学び、生かし、偉大だったと良い面を褒め称え、滅亡した事を惜しむだろう。
イーロン・マスク氏の様に。
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「シンギュラリティ時代」だからこそ「ホモ・サピエンス回帰」を始める。
我々は「思考」よりも「遺伝子生命」的な環境要因であることを大切に生きる時代を迎えようとしている。
「教育」が人類社会に与えてきた事実を多元的・多角的に科学事実として見つめ直そう。
そして乳幼児期という限られた生育段階において、他者と「遊び」「触れる」「環境」が、どれほど次世代にとって大切であるか?
本当に大切な「行為」を日々の中で、人生の中で選択しよう。
己の子供でなくていい。ホモ・サピエンスは単一種族だ。
私たちがもし、真の意味でそれに気づき、皆が意識した社会が形成されたとき、
「真社会生物」とは違った「シン・社会生物」としての「人類」が始まる。
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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。