第56回「場の支配の必要性を説いた“晴明”と、その術を身につけた“SEIMEI” ~野村萬斎×羽生結弦~」の記事について。

 みなさん、こんにちは。ねこまさむねのポストに癒しを覚えている大木雄貴です。

 心の中で「ねこまさむねちゃん」と呼び、愛でていました。しかし、よくよく考えてみたら「殿(どの)じゃね? いや、公(こう)か?」と思いはじめ、昼寝ができませんでした。みなさんは「ねこまさむね」を心の中で呼ぶとき、どうしていますか?「ねこまさむねちゃん? ねこまさむね殿? ねこまさむね公? くん?」。シンプルに呼び捨て? はたまた、タソ……。

 先日は「記事の記事」で野村萬斎さんのラジオ番組に羽生結弦選手がゲスト出演した際の前編記事をnoteにあげました。

 前編をあげたんだったら、次は後編ですよね。そんなわけで、今回も「記事の記事」です。ラジオ後編に相当する「場の支配の必要性を説いた“晴明”と、その術を身につけた“SEIMEI” ~野村萬斎×羽生結弦~」の記事について。全文はこちら

 後編では主にSEIMEIについて語り合っていました。羽生選手は「あの曲、あのプログラムに助けられた」とつぶやき、トークが展開されていきました。この言葉についても原稿で考察しているので、読んでいただけたら嬉しいです。

 萬斎さんの「ある種」という口癖が、羽生選手にもうつっていました。聞いていて朗らかな気持ちになりました(笑)。

 SEIMEIについて、羽生選手自身が編集したり、どうSEを入れたら効果的か、逆再生なんかも……etc、などなど語った後の萬斎さんのカットインが、笑いを誘いました。

萬斎:(一連の話を聞いて)……という完璧な作品に私が“割り込む”という(笑)。
羽生:いやいやいやいやいや! とんでもないっす!汗 僕が割り込んでいる方なんでどちらかというと。

 映画『陰陽師』で安倍晴明役を演じた萬斎さんだからこそ、余計に笑い映えするジョークでした。羽生選手のツッコミレスポンスも速かった。

 そろそろ真面目に「記事の記事」へ――。僕が原稿上で、2015年の対談に話を飛ばした理由。それは番組が進行するにつれて、段々と「表現者」対「表現者」の構造が色濃くなっていったから、です。この構造になると、どうしても10年前の対談は無視できないなと思いました。

「ジャンプを表現の一部にすると強く考えるようになったプログラムがSEIMEIでした」とラジオでの羽生選手。ここで、僕は悩みました。2020年2月の四大陸選手権ショートプログラム(バラード第1番)後の会見でのコメントを引っ張ってこようか。

――:今日のジャンプ構成の意図。平昌と違う。
羽生:4回転を前半に2本入れたのは、これが、一番自分が表現しきれるプログラム。今のGOEの幅が増えたという現状で、点数は安定して取れるので、この構成にしました。まあ、でも、正直に言ってしまうと、はっきり言って点数なんかどうでもいいなって思って、何より自分がこのプログラムで何を表現したいか、どう曲を感じたいかを一番大事にしてこの構成を選択しました。

 上記のコメントを原稿で使用するか一瞬考えました。でも、止めました。理由は2つあります。

 1つ目の理由。この時、羽生選手自身、たくさん思い悩むところがあっただろうと察します。シーズンのプログラムを変更してまで、自分の演技を取り戻すことに集中していたと聞きます。僕がこのコメントを聞いて感じたことと、羽生選手の当時の思いが本当に一致しているか? そしてラジオ上での羽生選手のコメントと本当に整合性が取れているのか? と考えた時に、僕の中でGOサインが出ませんでした。ここは書き手として神経を使い、慎重になるべきところだなと思いました。知っているからって何でもかんでもコメントを使っていいわけではありません。

 2つ目の理由。原稿の構成として、「ラジオ現在」→「10年前の対談」→「ラジオ現在」→「notte stellata 2025初日公演後」と時系列がいったりきたりしています。この状態で、さらに2020年の四大陸入れんの? “シュタゲかよっ! オカリンかよっ!”と自分にツッコミを入れて、止めました。いやー、あれで2020年の四大陸まで入れていたら、タイムリープ酔いするわな……(笑)。

 無い方がすっきりしているし、書きたいことが伝わりやすい。これで良かったんだといまも思っています。

 場を支配する必要性と重要性を説いた晴明と、その術を身に付けたSEIMEI。偉大なプログラムであり、2人にとって素晴らしい出会いだったんだなと改めて思いました。テレビの放送も楽しみです。

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